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【バイオミミクリー生体模倣建築】30セント・メリー・アクス -30 St. Mary Axe


  この記事では、カイロウドウケツ(Venus’ Flower Basket)の生態的仕組みに類似する点の多い生体模倣建築(バイオミメティクス建築)「30 セントメリー アクス(30 St Mary Axe)」の話をしていく。カイロウドウケツはその特殊なガラス繊維形成により、建築・ナノテクノロジー・光学への応用の可能性がよく話題になる海綿動物、いわゆるスポンジである。詳しくはこちらのWIKIまたは下記参考文献を参照してほしい。


30 St Mary Axe is London's first environmental skyscraper.

Foster + Partners

  ノルマンフォスター(Norman Forster)によるイギリス、ロンドンの金融中心にある建築「30 セントメリー アクス(30 St Mary Axe)」は、カイロウドウケツの生体模倣例の一つとして取り上げられることが多く※、そのガラス繊維でできた強固な骨格構造、形態、素晴らしい環境調整機能にヒントを得て開発された。 海綿が海流の圧力に耐える必要があるのと同様、30 セントメリー アクスのような高層ビルの建物はビル風などの外気の圧力に耐えさまざまな条件を満たす必要がある。カイロウドウケツの生存のための工夫がいかに建築設計に着想を与えたかをみてみよう。

  ※一般的に30 セントメリー アクスはカイロウドウケツの生体模倣例の一つとして取り上げられることが多いが、生体模倣建築のMichael Pawlynによる名著「Biomimicry in Architecture」においてPawlynは30 セントメリー アクスがカイドウロウケツの生体模倣例であることは建築家から事実確認がされていないと記している。この記事はそのことを踏まえたうえで、単純に双方の類似性を論じていきたいと思う。

生体の特徴と応用の利点 -バイオミミクリーによる学際的デザインストラテジー


30 セントメリー アクスは、カイドウロウケツの形態(1)、環境制御の方法(2)、構造面(3)の3つの特徴で類似している(下図)。

30 St Mary Axeの建築における生体模倣-生体の特徴と解決点

1 形態的類似:曲面✕テーパード(tapered)形態


Biomimicry as an Alternative Approach to Sustainability (cc-by)

  類似点の1番目の特徴は、その機能性を兼ね備えた形態においてである。 カイドウロウケツと別名「ピクルス[The Gherkin]」と呼ばれる30セント・メリー・アクスはどちらも曲面で上下で細くなるようなーテーパード(tapered)ー形態をしている。

  問題:ビル風
  30セント・メリー・アクスの形態の背景には、都市空間における高層ビル建設でよく問題とされるひとつ、ビル風があった。直線的な形態では、気流の向きに垂直である見付面積が広く、ビル風の具体的な被害であるたわみや吹き下ろし現象が懸念される。その有効な対策として、曲面をもつことが一般的な方法の一つであるが(不動産環境センター)、30セント・メリー・アクスもカイドウロウケツに学び、曲面やセットバックの一種であるテーパード形態を使用し、見付面積を狭くすることにより、気流を分散させ、高層ビルの欠点を克服したようだ( Archello ) 。
以下にこの形態による利点を挙げた。

形態による利点
ArchitecturaViva

2 環境コントロール:空洞バスケット - Hollow Basket

  2番目の特徴は、1番目の特徴の利点「内外の外圧差による換気システム」と連動した環境制御に関する特徴である。

Left: J. Berman, University of Wellington, New Zealand. (ResearchGate: Deep-sea sponge grounds: Reservoirs of biodiversity) Right: Massey, J. (ArchDaily: The Gherkin : How London’s Famous Tower Leveraged Risk and Became an Icon (Part 2))

  カイドウロウケツはアスコン型 [Asconoid](上図左) の海綿で、水の通路(水溝)[ostia]を通して海水をろ過し体内、つまり胃腔内[spongocoel; cavity]にプランクトンなどの栄養を取り入れ吸収(濾過摂食)、最終的にのこりは上の開口から排出するという仕組みで生命を維持している。その仕組みと同様に、30 セントメリー アクスも 換気ファサードシステム [Exhaust facade] と シャフト(空気の通り道) を有し、周囲の環境条件に適合する機能を兼ね備えていている。フォスターによると、このビルは同等のタワービルが一般に消費するとされる電力の半分の使用で補えるように設計されているという (Foster + Partners) 。

This system reduces the building’s reliance on air conditioning and together with other sustainable measures, means that it uses only half the energy consumed by a conventionally air-conditioned office tower.

Foster + Partners
Diagrams and photos: Arup ; Archdaily ; Fosters + Parteners

  具体的には、換気ファサードシステム は、外側の三角形の複層ガラスパネル(開口部付き)と内側の長方形の単層ガラスパネルの2つのシステムを組み合わせたユニークなカーテンウォールによって実現され、平面図に6つのボイド空間に シャフト(空気の通り道)を形成している (Archdaily) 。このシャフトは、夏においては断熱効果のある複層ガラスパネルによって、排熱効果が増大し、冬はパッシブソーラー暖房の原理でビルを暖かく保つ事ができるようになっている(Wikipedia) 。

Photos: Steemit ; ArchitecturaViva ;

3 構造:特殊(正方x斜め)格子の外骨格 - Lattice Like Exoskeleton

  3 番目の特徴は、構造面に関してである。 
  1番目の特徴に加えた一段階上の構造的剛性を与えることができるのがこの3つ目の特徴「特殊(正方x斜め)格子の外骨格」である。過去数十年にわたり、生物学、マテリアル科学や工学などにおいて、カイドウロウケツに関して多くの研究がなされているが、その理由として一番に挙げられる特徴が当特徴であり、その構造とそれを形作る材質的な構成要素は、工業発展において大きな可能性を秘めている。
  Pawlynによる生体模倣建築の名著「Biomimicry in Architecture」にカイドウロウケツの特殊格子の外骨格の構造に関して次のように書いてある。

[和訳]カイドウロウケツの構造は格子状をしていて、スピキュール(シリカから作られた四角い星型の要素) の複雑な集合体である 。この正方形の格子には、市松模様のように斜めの筋交いが入っており、すべての節が固定され、開口から濾過摂食することができる。この生物を研究している科学者たちは、「せん断応力を受ける同様の二次元構造において、最適な材料使用のための理論的設計基準となる特徴を共有している」とみている

Pawlyn, Michael

  つまり「特殊(正方x斜め)格子の外骨格」の正体とは、正方格子に2本の斜め格子[ダイアグリッド構造 Diagrid Structure]を加えた特殊構造をさしていて、それらはガラス繊維であるスピキュールという要素[component]で構成されているということである。自然は材質と構造を切り離して創造しない、という一例になる。こちらのDW NewsのYouTubeビデオハーバード(Harvard John A. Paulson School of Engineering and Applied Sciences)によるビデオを見るとよく分かると思うが、下図のように構成された特殊な正方格子(緑)と斜め格子(青)の組み合わせによる特殊格子の強度には目を見張る物があり、各種荷重実験によって得られた結果は、“….could withstsand heavier loads wihtout bucking, impoving its overall structural strenght by at least 20 percent[和訳:座屈することなくより重い荷重に耐え、全体の構造強度を少なくとも20%向上させることができた]”(Harvard)、という。また、こちらのネイチャー掲載のMatheus氏による論文には他のタイプの格子との強度比較も存在する。

六放海綿綱カイドウロウケツの格子骨格システム Matheus C. Fernandes | Nature Materials (Nature.com)

  これは一般的な建築構造理論においても、正方格子が水平方向の荷重に弱いため、横からの荷重対策として筋交い[bracing]構造を適用することと理論は一致する。特に高層ビルの構造では、一般的に重力等の縦方向の荷重のみならず、風や地震による横荷重を支える構造システムが必要になる。高さが増すと風の強さに耐えられなくなったり、座屈という形で形が崩れたりするからだ。30セント・メリー・アクスもこの特殊格子構造を用いてて、具体的には外壁の斜め格子が横・鉛直の荷重を支え、内側の正方格子のコア構造が垂直の荷重を請け負うという2重構造とっている(Vikram)という。

Diagrams and Photos: Vikram

 「特殊(正方x斜め)格子の外骨格」がもたらす利点を挙げた。

「特殊(正方x斜め)格子の外骨格」による利点

最後に

  最後に、カイドウロウケツと30セント・メリー・アクスの類似性において、まだ触れていない事柄について言及して締めくくろうと思う。それは一連の螺旋状の隆起と、上部の硬い「フィルタープレート」である (Book Pawlyn) 。Pawlylnによると、いずれもカイロウドウケツが生体破損防止を目的にし効果的に自分の形態を剛体化した結果だという 。

  30セント・メリー・アクスにおいて、隆起はないとしても螺旋が存在している。外壁の斜め格子の性質上螺旋は自然に生成されるものであり、それにそってシャフトが作られたとしたら、螺旋状が30セント・メリー・アクスにも共通する特徴であることは肯定できる。ただ、30セント・メリー・アクスの場合は空気力学と換気の観点から螺旋状である利点を論じる必要があるかもしれない。一方、上部の硬い「フィルタープレート」に関しては、著者の研究は及んでいないので読者の研究に委ねたい。


PVAS Patterns and Variations of Applied Systemからの抜粋
建築デザインのGHチュートリアルやデザインのためのアイデア


参考文献

カイロウドウケツについて

Book Pawlyn: Pawlyn, Michael. Biomimicry in Architecture. United Kingdom, RIBA Publishing, 2016.

Nature Material (Nature.com): Matheus C. Fernandes, Mechanically robust lattices inspired by deep-sea glass sponges

AskNature: Building Material Inspired by Marine Sponges Harvard

Harvard John A. Paulson School of Engineering and Applied Sciences: Youtube Marine sponges inspire the next generation of skyscrapers and bridges

QuantaMagagine: The Curious Strength of a Sea Sponge’s Glass Skeleton

ResearchGate: Ole Tendal +, Deep-sea sponge grounds: Reservoirs of biodiversity

ナゾロジー:「ガラスの骨格を持つ海綿」偕老同穴からより強固な建築物を作るアイディアが得られる

30セント・メリー・アクスや関連知識について

Foster + Partners: 30 St Mary Axe

Wikipedia: The Gherkin

Archello: 30 St Mary Axe Tower, London

ArchDaily: The Gherkin: How London’s Famous Tower Leveraged Risk and Became an Icon (Part 2)

Texas A&M University: 30 St. Mary Axe Case Study

Slideshare Research Paper: Vikram Bengani Structures Seminar The Gherkin, London

不動産環境センター:ビル風の対策

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