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繰り返し訪れたくなる場所で

新しいモノが好き、新しいコトが好き。

そんな気質が似た者同士の夫婦だから、2人で出かけるとなると同じ場所に行くことがあるとすれば相当の理由がある場合だ。

同じく時間とお金をかけるなら「新しい場所」に行ってみたい気持ちが強いのだが、そんな私が繰り返し訪れたくなる場所がある。

中学校の修学旅行で訪れた場所でもある大宰府天満宮もその1つ。

中学生の頃は甘い食べ物が苦手で「梅が枝餅」を食べられなかったことや、何の変哲もない(=どこにでも売ってそうな)「梅干し」をお土産に買ったことなどなど、それらの思い出を含めて懐かしい場所だ。



当時の私は甘い食べ物を一切受け付けない体だった。

「女の子なのに甘い食べ物が苦手だなんて!」

そんな言葉を異口同音に言われ続けて多感な時期を過ごした。

私とは逆に、男なのに甘い食べ物が好きなことを変わり者のように言われながら育ってきた人もいるだろう。

そもそも、女だから甘い食べ物が好きだとか、男だから甘いものが苦手だとか、そんな根拠はどこから来たのだろうか。

スタンダードな「女子」枠、スタンダードな「男子」枠に入り切れない人間にとっては、全く迷惑な迷信でしかない。




実のところ、今は、甘い食べ物が食べられるようになっている。

40歳を過ぎてから勤務したブラック気味の職場は、「目上の人が勧めた食べ物は有無をいわずに食すべし!」という圧力があった。

そのおかげで甘い食べ物を食べられるようになったのだ。

最初はお茶で流し込みながら味わうことなく押し込みつつ。腹を下しつつではあったのだが、いつしか食べても平気になっていった。

おかげで今では、それほどに甘い物が食べられないことを「女らしさから逸れている」といって責められることはなくなった。

だが、甘い食べ物を食すたびに、ぼんやりと思うのだ。

「甘い物を食べられるようになったけど、私の中身は、かつての私と何も変わってないのだけどなぁ」と。




繰り返し訪れたくなる場所で、変わらぬ自分を思う。

と同時に、繰り返し訪れた場所で、変わった自分を確かめる。

ブラック気味な職場で辛い思いもしたけれど、外からの圧力がなければ、今でも甘い食べ物を受け付けない体だっただろう。

甘い物が食べられずにいたほうが、健康的な暮らしができたかもしれない。今のような体重超過に悩まされずに済んだかもしれないのだが。

変化は必ずしもよいことばかりではないとはいえ、変わったことで得られた「新しい力」を体感してみよう。

梅が枝餅を食べながら。