逃避。それは人間に許された素晴らしい能力だから
人事を尽くして天命を待つ。
台風19号が猛威をふるう中、そのような気持ちでいる人は私だけではないだろう。
うなりをあげて、繰り返し繰り返し風がガラス戸をたたく。次のうなりでガラス戸が割れてしまうかもしれない。そう思うと気が気ではない。体の芯が冷たい水の中に侵されたような、心細い気持ちになる。
隣家の屋根に乗せられた土嚢は、昼間に見た場所とは違う場所に移動している。ブルーシートが風にあおられ、遠くの灯りが点滅を繰り返す。
どこもかしこも不安だらけだ。
別の隣家からは電話がかかってくる。
「うちのブルーシートがはがれていないか見てもらえませんか?」
そちら側は、すりガラスで見ることができない。夕方5時頃に外から確認したときには微動だにしていなかったことを伝え、不安をやわらげることに努めた。
そこらじゅうが不安に包まれれている。
どうして、こんなことになったのだろう?
そんな疑問形が脳内にリフレインする。
だから自分自身に自分にいい聞かせるのだ。きちんと準備をしたのだから大丈夫。
段取りをつけながら台風に備えてきた数日間の行動を反芻して自分の気持ちをなだめてみる。
それでも、不安に耐えられなくなったら、現実から逃避するしかない。
テレビを見たり、音楽を聴いたり。明るい未来を心待ちにする自分を演じてみたりする。
逃避。それは人間に許された素晴らしい能力だから。
この状況を耐えるためにその能力を使おう。
あと少し、あと少しの辛抱。
朝になったら、また厳しい現実と向き合わなければいけないのだから。