3つの財布
SNS界隈で一定周期で見かける夫婦間でのトラブル、「私の稼ぎ」と「夫の稼ぎ」問題。
どうしてそういうトラブルが起きるのか?
正直なところ疑問が多い。
というのも、我が家では、そういう問題は、ほぼ問題なく過ごしているからだ。一緒に住み始めてから数か月はあった。だか、最初の数か月で解決して以来、問題なく過ごせている。
解決策は、私の案ではない。雑誌の結婚特集か何かに書かれていたもの。
お金が貯まる結婚、貯まらない結婚とかいう感じのテーマであったと思う。
その雑誌に、いろいろなパターンの家計の配分が記されており、私たちは、その中から3つの財布案を採用した。
3つの財布とは
勘のよい方ならピンと来ているだろう。
夫の財布、私の財布、2人共有の財布という3つの財布に分けて考えるという方法だ。
2人の財布に、毎月、お互いが同額を納めていく。その中から日々の家計費などを出しているのだ。
ただ、それだけでは事務的過ぎるし、諸般の事情を鑑みて、月々1万円弱の予算を、お互いがお互いのために別途負担してる。
具体的には、夫はネット回線の料金を負担していたりするし、私は、オーバーぎみな家計費を補う形で負担しているといった具合だ。
互いを「個」として尊重する
3つの財布のうち、共有の財布の中身については、お互いが知っている。
時々、旅行などに行くときには、交通費などは共有の財布から出すが、それぞれのお小遣に関しては各自が負担する決まりだ。
大きな出費などは、相談しながら共有の財布から捻出する。
具体的には、台風15号で傷んだ夫の車は、夫の車両保険で修理をすることにしたのだが、その結果として増えた保険料金分は、2人共有の財布から出した。
私の父が他界した際、夫婦揃っていくことになったときは、いわゆる「冠婚葬祭」の費用として、2人共有の財布から出している。
もちろん、私が1人で行くタイミングでは私の貯金から捻出した。
3つの財布のバランス感覚は
出費の住み分けは、その都度、夫婦2人で話し合って決めてきている。
だから、今では、おおよそ「この出費はどこからの財布で出すのか?」について、話し合う前に、お互いが判っていることが多い。
それでも、一応、確認なんだけど……と相手に確認をする。バランス感覚を確かめ合うという意味合いもあるし、2人共有の財布からお金を動かしますよという合図でもある。
2人は互いに別々の人間だから、その時々で、感じ方が違うこともあるから、その辺は特に慎重に進めているいるのだ。
お金が大事。その理由を考えたことがありますか?
お金が大事。それは、そのお金の使い方でその人の考え方や人物像が透けてみえるから。私はそう信じている。
夫との結婚には「夫が無職」という大きな問題もあったし、それ以外にもここには書けない問題が山積みだった。
けれども、お金の使い方から透けて見える夫の人となりが「理解できる違い」であったから、一緒に生活できると私は思ったのだ。
そういう見極めをしているということが「3つの財布」の大前提ではある。だから、誰にでも活用をとはいい切れないのは確か。
だから、私達のような方法が誰にとっても正解だとはいわないが、各自の稼ぎにラベルを貼って、自己主張をしなくてもよくなる工夫の仕方はあると思うのだ。
尊重するとしても抑えるべきポイントはある
夫のお金の使い方には、私と大きく違う点がある。
その違いを乗り越えて、判断を尊重するために、夫には1つ行動の約束をしてもらった。
それぞれの財布をお互いが秘密にはするが、その流れを誰にも見せないからこそ、自分自身が「確実に」管理できるよう「現金出納帳」をつけるという約束をさせたのだ。
夫の財布の中身は知らないとはいえ、私は時々夫に尋ねている。「現金出納帳はつけているのか?」と。
もちろん、私も現金出納帳をつけている。毎回自己反省をするわけではないが、お金の流れを「常に自分が見ている」という意識が、お金の管理にとても有効なことを知っているからだ。
現金出納帳歴40数年という私的な経験は裏切らないと確信している。だから、夫のお金のやり繰りには口出しをせず「現金出納帳はつけているのか?」という言葉だけでよいと思えるのだ。
「私の稼ぎ?」それとも、「夫の稼ぎ?」
この疑問を持つ人たちは、家庭に財布が2つしかないような印象を受ける。
そうだとしたら、どちらが多く負担しているのかという争いが起きても当然だ。
それぞれの稼ぎから出すお金を夫婦同額にするのが難しい場合もあるだろう。
実際、私も、同額を出すのが厳しいと感じるときがある。払えない理由が病気でというのなら、また話は別だが、そうでもない限り、私は自分の貯金を取り崩してでも2人共有の財布に夫と同額を入れている。
それが私達の目指す新しい夫婦の形だからだ。
夫婦の決まりは自分で決められる
夫婦のルールは夫婦が決めてよい。
他人がごちゃごちゃいう必要はない。
と同時に、グダグダと不毛な戦いの観客席に他人を巻き込むこともないだろう。
どっちの稼ぎが多いとか、そんなことで揉める理由は何か?
私には「争いたいから争っている」ようにしか見えない。
妻がパートで稼ぐ云々、在宅で妻が稼ぐ問題、それらを夫が面白くないという話題でも思うのだが、妻は自分が稼いだお金を夫婦の財布にプールしているのだろうか?
パートや在宅で稼いだお金は「私のお金」といってラベルを貼り、夫の稼ぎと別にしているのではないかと勘ぐっている。
それをしていたら、夫は面白くないに決まっていると思う。
妻の収入を全額を入れよといはいわないが、夫婦のお財布にいくらか入れたらよいだろう。
そして、対等を手に入れるのだ。
対等をどうやって手に入れるかは、各自考えるしかないこと。
夫婦の決まりは夫婦が決めるしかないのだから。
3つの財布ではうまくいかないというのなら、5つでも6つでも財布を作ったらよいのだ。
お金は人生の切り札にもなる
本当にこのことに尽きる。
私は、お金を人生の切り札としても捉えている。
だから、夫との同権を求めるために、貯金を取り崩してでも同額を払う。
同額を払った上に、家事も多めにしている「ドヤッ」といった風に。それで夫との関係が自分の思うような関係に維持できるのであれば、安いものだ。
そうやってお金を使う。
3つの財布の夫の中身に触れないのも、もっと大きな目的のため。
勘のよい方は、もうお気づきだろう。
私の財布の中身を見せないためだ。
相手に見せないことで、大きな切り札になると考えているから。
お金は「対等」を手に入れるための切り札なのだ。