IT活用でソーシャルセクターを変えていく「STO」とは? ③低引 稔さん(フローレンス→カタリバ→個人事業主)・後編

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プロジェクト管理スキルの磨き方

他にシステムに詳しいスタッフもいない中、どのようにして低引さんはスキルを身に付けたのだろうか?

「それはもう、体当たりで。失敗しながら学ぶ形です。中でも一番学びが深く大変だったのは、労務環境の整備でした。法令を学んでルール設計を進めたり、給与や仕事に対する皆さんのスタンスの違いを対話を通じてつなぎ合わせたりする作業は、苦しかった反面、完成した時の喜びも大きかったです。」

現場に入る行動力や法令面にも及ぶフォーカスの広さは、まさにSTO的な働き方だ。また、スキル習得においては、3年ほど伴走してもらったSVP東京の支援も大きかったと言う。プロジェクト進行に必要な観点や業務設計、データベース構築の作法等、育成を支援されたという面で、この時のSVP東京もまたSTO的であると言えるかもしれない。

カタリバでもSTOとしてシステムの導入を牽引

その後、低引さんはフローレンスの中核メンバーとして代表の駒崎氏とともに組織の成長ステージを迎える。そこで「社会課題を事業で解決する」取り組みを目の当たりにし、より大きな構想を描くようになる。それは、誰もが課題に気づき、声を上げ、行動を起こすという、市民社会のあり方を生み出すアプローチだった。

そこで関係性を深めたのが、定期的に情報交換をしていたNPO法人のカタリバだ。ちなみにカタリバ代表の今村氏とフローレンスの駒崎氏は、学生時代からの盟友でもある。

認定NPO法人カタリバ | 未来は、つくれる。

「カタリバさんに、個人事業を始めようと思っていますと相談したら、ちょうどカタリバがシステムの導入を考えているので、サポートしてくれないかと。それで、向こうで管理部門を統括していたスタッフと2人で、情報を整理しながら導入する業務に当たりました。まさにSTOの役割ですね。」

かくして、低引さんはカタリバで新しいキャリアを歩み始める。当時の情報管理は全てExcel、それを処理するスタッフが2名いるだけで、システム担当は不在だった。そこから何をどう改善していくのか?経営者的な視線が求められた。

低引7経営者の気持ちで提案

「システムを導入したら、どれぐらい業務工数が圧縮してコストが削減されるか。その浮いた分をこういった業務に振り替える事で、カタリバとしてどう成長できるか。経営者の気持ちで提案し、システム開発の案件を任せてもらいました。投資の意思決定に使ってもらえる情報を提供できたかなと思います。まずは学校情報とボランティア情報の管理をSalesforceに移行するという事で、ひとまず3カ月の契約を結びました。」

当初は比較的短期に終わる想定もあり、カタリバでの勤務は週3日、残りは個人事業主で働いていたという。

311の発生を受け、カタリバで7年半を過ごす事に

しかしカタリバでのシステム開発は長期化、追加の延長契約を重ねるうち、低引さんは最終的に7年半ほどカタリバに在籍する事になる。業務の増加に伴い個人事業主の看板も一時おろし、フルタイム雇用に移行する。

「カタリバを通じて高校生が大きく変化する、出張授業を届ける大学生たちも大きく変化して行く。そんな彼らの成長を見るのがすごく楽しかったし、それを支えるシステムの開発ができる事にわくわくしていました。」

さて、当初は短期の想定だったプロジェクトが長期化した原因は、2011年3月の東日本大震災の発生にある。

「震災を受けて、プロジェクトには2つの大きなミッションが加わりました。1つは、被災地での学習支援が始まった事で、お子さんの情報や学習情報の管理・蓄積が必要になり、さらに心のケアの機能まで組み込もうとなった事。そして、それまで学校さんからの事業受託で運営していたものが、東日本大震災後は大口の法人や個人の方々からの寄付で賄う形になり、そのための情報管理と経理体制が必要になった事です。」

計画における初期のフォーカスは、学校情報、ボランティア情報、寄付者情報、そしてメルマガ会員の管理だった。そこに被災地支援での情報管理と経理体制が加わり、求められるシステム環境が一変したのだ。

「僕が参画したのはカタリバが創業して10年目ですが、その時点でシステム導入はほとんど行われていない状況でした。しかし現在では全ての事業で基本的にSalesforceが入っており、勤怠や経費の承認フロー等、あらゆる業務がシステム化されています。」

岩澤さん(STOインタビューその2)との出会い

低引さん主導によるシステム化が進む中、カタリバに入ってきたのが、前回のインタビューに登場した岩澤さんだ。低引さんは現場を彼に預けて一歩退き、経理、人事、労務、法務等の全体統括に軸足を移していく。しかし岩澤さんを開発にこもらせる事はしなかった。

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「彼は学生の時にボランティアに取り組んでいたので、現場経験をシステムに反映する事はできるだろうと。しかし私たちには、寄付者や所轄省に向けて情報を正しく報告・発信して次の支援につなげる、適正に運営している事を認めて頂く事も求められます。そういった屋台骨を支えるシステム担当者になってもらうため、会計周りや認定NPOとしての報告周りも一部担当してもらいました。」

NPOからキャリアをスタートした低引さんに対し、岩澤さんは一般企業出身。そこに違いはあっただろうか?

「すごく勉強になりました。先々メンテナンスを続けた時、どんな所に課題があるのか、それを潰そうと思ったら開発の時に何を検討するべきか、二手三手先まで読んでいる。その読みのすごさを感じました。企業でそういう事を潰すノウハウが身に付いていると、実に効率良く、後々のメンテナンスまで容易な開発ができる事を学びました。岩澤君のようにサーバ周りやセキュリティを担当できる人材がこの業界に来てくれるのは、すごく大きな事だと思いました。」

今後のミッションは先進的な事例を作っていく事

今、低引さんはカタリバを離れて個人事業主として活躍している。それはソーシャルセクター全般を見据えて、システムに限らず管理部門全体を統括できる人材が少ないという課題意識があるからだ。特に注目するのが、寄付者や利用者の情報を管理するデータベースの構築だ。

「例えば今、コレクティブインパクトで、フローレンス、キッズドア、RCF、日本ファンドレイジング協会等が連合体を組んだ「こども宅食コンソーシアム」というプロジェクトに携わっています。しかし複数の事業者がリソースを持ち寄り、システム管理や会計管理、法務の整備等を担う事務局を作ろうと思った時、参考になる前例は殆どありません。そこで事例をしっかり作るという事です。」

低引さんが目指しているのは、後から他の事業者が同じような事をやろうとした時、同じ課題で躓かないようにする事だ。確かな前例があれば、参考になる。そこで必要なのは、ある程度ルールが決められ、真似がしやすいようにパッケージ化されている事。しかしそこはまだ、試行錯誤をしている段階だと言う。

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「あまり戦略は持てていないのですが、まずは色んな先進事例を作らなくてはなりません。人材の要件を作ったり、事例を発信したり。そこで、STO創出プロジェクトのように新たな職種の役割や業務を定義する取り組みを参考にさせて頂きながら、僕も広げていきたいなと思っています。」

STOに必要な考え方や資質、スキルとは?

低引さんはSTOとしてNPOの相談に乗る時、大事にしている対応が2つあるという。

「まずは話を聞いてみる事。会話の中で相手の考え方が変われば、それだけで解決していく事もあります。もう1つはハンズオンで入っていくやり方です。この場合、組織の中に定着・継続できる担当者がいなければなりません。STOが抜けたら回らないのでは意味がないからです。週1回や月2回等の頻度で半年や1年をかけ、その担当者へのアドバイスを通して、システム構築や業務の改善を進めます。」

実際にIT導入を提案する際は、誰にでもイメージがしやすい既存業務の効率化から入る形が多いという。

「まずは分かりやすい事からです。その先にデータ活用やコミュニケーション、コラボレーション等の取り組みがあります。システムは多くの方を巻き込み、課題解決のプレーヤーに入ってきてもらうためのインフラです。そういった活用法を多くの事業者さんに提案したいと考えています。」

容易にマウントポジションに立てるからこそ人間性が問われる

こうしたSTO人材が持つべきものは何だろう?

低引5変革力

「まずは、しっかりと専門性を持つ事。そして業務改善をしっかり主導でき、システムを活用すればここまで事業にインパクトを出せる、というビジョンを示せる事でしょう。特に変革を主導するスキルはすごく重要だと思います。」

さらに、NPOと関わる際は人間性も焦点になる。

「謙虚さ、寄り添っていく包容力。NPOでは、システムを分かるだけで「ありがとうございます」と言ってもらえます。他の方には分からない情報も持つ事で、容易にマウントポジションに立てるため、一方的に力を誇示する事にも成りかねません。教えて欲しいと言って下さる方の気持ちや不安に寄り添う事、ITの活用や、それを踏まえた経営的な課題へのアプローチでも、上から目線ではなく、一緒に取り組む姿勢が求められます。」

STOを目指す人は、事業と現場への共感を入り口に

「エンジニアでSTOに関心を持つような人は、その時点で、既に社会課題への思いが強いはずです。なので「こういう課題を解決したい」から更に一歩進んで、実際の現場に対する共感を持ってください。」

課題に取り組む団体のビジョンやミッションは美しい。しかし現実には、それほど単純に課題が解決できるわけはない。現場では本当に色々な苦労、様々な予期せぬ出来事が起こっている。

「一回の現場だけで、すべてが変えられるわけではありません。無数の積み重ねの中で、初めてビジョンが実現していきます。長い目で一つ一つの現場に寄り添える、現場で起こっている小さな変化に向き合える、そこに共感できる姿勢があると良いですね。ここまでたどり着くと、きっとすぐに良いSTOになっていくんじゃないかなと思います。」

NPOの中からSTOへのステップを踏むなら…

低引11最後

「私のようなキャリアを辿る人がいたら、それは多分、より多くの社会的インパクトを出したい人でしょう。現場で一つ一つ解決していく人たちをサポートしたい。そういう人がたくさん集まればインパクトを出せると思っている。だから、そのためにITをうまく活用してインパクトを広めるのが、次のステップとして考えやすいでしょう。現場のマネージャーから組織作りの担当になった瞬間、私寄りといいますか、STO寄りのメンバーになっていくんじゃないかと思います。」

低引さんのように、団体の中からITを活用し、組織作りやインパクトの実現に関わりたい、あるいは既にそうした担当になっている、そんな人はぜひ今回の低引さんのコメントを参考にして欲しい。また一般のエンジニアの方は単なる技術支援ではなく、変革を主導する視点も大事にして欲しい。

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取材:山口(STO創出プロジェクト)
編集:松原(Code for Japan)

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