温度で性質が変わる物質から地球にやさしい建材をつくりだす研究【チャレンジフィールド北海道 研究者プレス#2】
この世界はまだまだ謎に満ち、「常識」を超えたおもしろいものが存在しています。例えば、温めれば温めるほど水に溶けなくなり、冷やすと水によく溶ける物質。その正体は、「下限臨界溶液温度(LCST)」をもつ分子です。温度によって性質を変える物質を研究し、世界を変えるかもしれない材料を開発しているのが、室蘭工業大学の馬渡康輝准教授と学生たち。今回のインタビューは実験から始まり、研究のきっかけから今後の展望までをお聞きしました。
温めれば温めるほど水に溶けない物質、発見!
―馬渡先生の研究について教えてください。
私の専門は高分子化学です。主に、分子の構造を解析したり、分子のかたちを操作して新しい物質を開発したりしています。いわゆる「ナノテク」ですね。今日は、ちょっとお見せしたいものを持ってきました。
<<<実験中>>>
ここに「室蘭工業大学」のマークを印刷した紙があります。その上に、透明の液体が入った透明の小袋を重ねます。さて、この小袋の表面をヘアドライヤーで温めると——。
―あ! マークが消えましたね!
そうです、冷たくなると元の透明に戻り、また温めると白く濁ります。実験は以上です。
この液体は何かというと、水に、ある物質を溶かし込んだもの。この溶かし込んでいる物質が、私の研究対象です。
いまお見せした液体には、炭素をベースにした化合物、つまり有機化合物を溶かし込んでいます。今回用いた物質は、37℃以上になると水に溶けなくなって濁り、それ以下の温度になるとまた溶けて透明になります。このときの「濁る」は、サラダドレッシングに例えると、水と油が分離している状態です。一方、「溶ける」は、水と油が混ざった状態をイメージしてください。専門用語では「分散」といい、液体の中に、溶かし込んだ物質が均等に散らばっている状態を指します。私たちがつくっているのは、きれいに分散する分子です。……つくっているというか、たまたま見つかったというのが、正確なのですが。
―「たまたま見つかった」の「たまたま」の状況を伺えますか。
私の研究室では、分子のかたちをいろいろと操作する実験をしていますが、そのなかで学生たちが見つけました。
そもそものきっかけは、2018年、研究留学していたアメリカでの研究です。滞在中につくった物質を水に溶かし、もう少し多めに溶かそうと水を温めたら、溶けるどころかどんどん濁ってくる。温めても温めても溶けません。その日は諦めて、溶液をそのまま冷蔵庫に入れて帰り、ドーナツを食べました。次の日、見てみると冷蔵庫の中で全部溶けている。そこで、また温めてみたら、ゴワゴワと析出(※1)してきてですね、これは温めるほど溶けない物質なのだと気づいたのです。その偶然の発見がきっかけとなって、このかたちの分子は温めると溶けない性質があるのだと気づきました。そのとき、これを何に使うのかという話になったのですが、使い道はよくわからない。でも、まあ、何かに使えるかなあと思いながら、帰国したんですよね。
※1 析出=液体に溶けた物質が分離して現れること
植物の力を借りて、環境にやさしいサスティナブル材料をつくりたい
―ドラマチックな発見秘話でしたが、その後、使い道は見つかりましたか。
当時の物質から着想を得て、帰国してから新たにつくった物質なのですが、“スマートウィンドウ”に活用したいと考えています。
スマートウィンドウは、ガラスの透明度を切り替えられる窓で、空調の省エネ化を図り、CO₂排出量を削減できるとして期待されています。ところが、主流のエレクトロクロミック(※2)型は、電気エネルギーが必要です。2020年にシンガポール の研究チームが開発した温度応答型は、電気エネルギーを必要としませんが、石油由来の物質を使います。一方、私たちの考案した温度応答型なら、もっとCO₂排出量を抑えられるはずです。
※2 エレクトロクロミック=電界あるいは電流を加えた箇所だけ可逆的に色が変わる性質
―なぜ、馬渡研究室のスマートウィンドウは環境負荷をさらに減らせるのですか。
それは、植物由来の物質を使うからです。
ちょっとご説明しますと——。アメリカで偶然できた物質は、希土類元素(レアアース)と有機物から合成しました。希土類元素は、少量を添加するだけで耐熱性や強度などを向上させ、製品の性能を高めます。でも、希少価値が高く、手に入れにくい。そこで、希土類元素を使わず、同じような働きのある物質を植物由来でつくろうと考えました。完成したのが、冒頭の実験でお見せした物質です。あれは37℃で物質が溶けなくなりましたね。その温度を「下限臨界溶液温度(LCST)」といいます。スマートウィンドウに使うためには、LCSTを制御できなければいけません。うちの研究室の大学院生が、その研究をずっと続けてきて、ついに制御できるようになったんですよ。植物に含まれる「没食子酸」を使って、10℃から50℃の間でLCSTを制御できるようになりました。
炭素でできた人間だから考える「脱炭素社会」とは
―新しい取り組みを始められたそうですね。
はい、2022年6月、同僚たちと室蘭工業大学内に「カーボンポジティブラボ」を立ち上げました。名称には、カーボンニュートラルの先を目指すという決意と、カーボンを悪者にしたくない思いを込めました。私たち人間も炭素でできていますから。
問題は、炭素そのものではなく、「炭素を使う速度」と「炭素が移動する速度」です。なので、この速度を緩めて「炭素をゆっくり動かす社会」にできればいいのかなと。
いま、私たちが考えているのは、衣食住の「住」に炭素を固定すること。数十年は使い続ける建物やライフラインの資材に炭素を留めれば、大気中の炭素を減らせます。家が、CO₂を吸収して炭素として体内に貯める植物や海藻の役割を担うイメージですね。
―「脱炭素社会」より「炭素をゆっくり動かす社会」の実現のためには?
まず、材料開発です。植物が持つ炭素固定の力を借りて、科学の力で新しい材料をつくりたいと考えています。うちの研究室のスマートウィンドウに使用した物質とか、植物由来のプラスチックとか。
次に、専門分野も組織も超えた幅広い連携です。例えば、私たちはスマートウィンドウの開発まではできるけれど、実用化には製造会社や建設・建築会社との協業が欠かせないと思うのです。あと、実現可能性は度外視して、私たちが開発した材料の使い道などについて、いろいろな分野の人たちとアイデアを出し合いたいなあ。いま、ラボには経済学者もいますが、さらにいろいろな分野の研究者や企業の方々とつながって、ラボがカーボンポジティブ社会のハブになるのが理想です。
「実験に成功も失敗もない」、ただ自然の摂理があるだけ
―馬渡先生が研究でいちばんわくわくするのは?
「分子修飾」——例えば、ある分子のこの位置に炭素を1個くっつける、次は2個……と、条件を変えながら、分子の構造を少しずつ操作することをいいますが、分子修飾をして、予想もしない性質が出たときは気分が盛り上がりますね。
ただ、発見はそれほど重視していません。人がやらないことをやって、人が気づかないことに気づければいいなあと。なので、「メカノケミカル」という、例えるとハンマーでガンガン叩いて物質をつくり出す手法を用いて、ガラス製品をつくるみたいな実験もどんどんやっていますよ。実験に成功も失敗もないですから。
―実験に成功も失敗もない!?
私が恩師に言われた言葉であり、学生たちにもよく言うのですが、実験に成功も失敗もありません。実験とは、私たち人間が設定した条件に対して、自然がアウトプットしてきたものを正確に観察して記録すること。それが自然科学の方法です。そこには、成功や失敗という概念がそもそもない。実験結果に対する人間の欲望が、成功や失敗という評価を生み出しているだけなのです。
だから、学生たちには結果を恐れず、どんどん実験してほしい。自分の研究や研究対象に愛情を持って、楽しく必死にやっていれば、アイデアがふと降りてきて、思わぬ成果が出たりするものですから。
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馬渡先生は、子どものころ、レゴブロックで遊ぶのが好きだったそうです。自分でパーツを組み合わせて、頭に描いたものを形にしていく。それは、分子修飾から新たな物質を生み出すという、いまの研究に通じるものがあるような気がします。
馬渡先生の話ぶりから伝わってくるのは、とにかく研究の楽しさ。それは、「新しい発見があったから」「新しい物質ができたから」といった条件があっての楽しさではありません。未知なることを知る楽しさ。その背景には、人間の限界を知っているからこその自然に対する畏敬の念があるように感じました。化学や科学は、実験室にこもって最新の機器を駆使しながら実験結果や化学式と向き合うという、どこか自然とはかけ離れたイメージがあります。でも、そもそもは自然を探求する学問。その研究対象である自然と仲良くしながら、また、分野横断しながらいろいろな人たちと会話を重ねながら、馬渡先生の研究は続きます。
■研究者プレス