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【対談#7】project tokachi ×チャレンジフィールド北海道「北海道を変えていく方法」
「将来世代のために、希望あふれる地域社会を共につくりたい」
「人と組織と地域が『自分ごと』として関わり、共に成長したい」
そのために私たちができることとは、どんなことでしょうか?
第7回の対談相手の井村さんは、都内に拠点を置くシンクタンクに勤務しつつ、チャレンジフィールド北海道(以下CFH)の産学融合アドバイザーを務めていただいています。
井村さんとCFHの付き合いは、実は2020年にCFHが始まる以前から。CFHの生みの事業である経済産業省「産学融合拠点創出事業」の立ち上げに関わっていたのが始まりです。なので、もしかしたら山田総括エリアコーディネーターよりもずっと、CFHを見守っている立場にあるのかも?
そんな井村さんが、今夏に北海道の十勝地方で官民共創プラットフォーム「project tokachi」立ち上げに参画したとのこと。幼い頃のできごとをきっかけに「課題解決」を強く意識し、行動し続けてきている井村さんと、山田総括に、北海道を変えていく方法について語り合っていただきました。
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―――井村さんは大学卒業後からずっとシンクタンクに勤務されていますが、どんないきさつで「project tokachi」に参画したのでしょう?
山田総括(以下山田):まず「project tokachi」とはどんなものですか?
井村さん(以下井村):ひと言で言うなら、「十勝から地方の新しい未来を創るプロジェクト」です。地方というと衰退するイメージが強いですが、地方だからこそ新しい未来が創れるのではないかと考えています。project tokachiは、そのための「官民共創プラットフォーム」という位置づけで、十勝の挑戦者と支援者のバーチャルな集まりです。具体的な活動として、十勝の先進的な事例の見える化と、挑戦者を後押しするような機会の提供、事業やプロジェクトの立ち上げ、成長支援を行っていきたいと考えています。
project tokachi
山田:始めようと思ったきっかけは何だったのですか?
井村:仕事で十勝の多くの先進事例について知り、実際に事業に関わる人に話を聞きにいくことがありました。その中で皆さんの思いを知るにつれ、その挑戦を支援していきたいと思ったのがきっかけです。
山田:本業以外の活動にも関わらず、project tokachiにコミットしようとするその原動力はなんですか?
井村:project tokachiに限らず、私の行動の原点にあるのは、拓銀(北海道拓殖銀行)破綻による北海道の大不況の経験です。その時私は中学生でしたが、私の父もリストラにあい、自宅の居間で昼から酒を飲んだくれていました(笑)。
そのうち父は個人事業主として不動産業を始めたのですが、父のもとには不況によって事業が立ち行かなくった方々が相談に訪れてきました。自分が居間で食事をしている目の前で、財産整理や自己破産の話などをしているわけです。父はボランティアでその相談に乗っていました。困っている人が直面する現実に国や社会を変えていかなければいけないと思ったと同時に、お金を稼ぐこと以外にも意味がある仕事があることを父の姿から学びました。これが私がproject tokachiにコミットする原動力の一部かもしれません。
山田:財産整理や自己破産といった場に直面するのは、中学生にとってはかなり衝撃的なことでしょうね。
井村:父は「人を救うためには法律の知識が重要だから弁護士になれ」と常日頃から言っていました。ただ、私は日本や社会を変えるには法律を作ることができる政治家になるしかないと思い、政治学を学ぶために上京しました。大学時代には総理大臣を5名輩出した雄弁会に所属するとともに、国会議員事務所で政治家秘書も4年間経験しました。でも実際に政治の世界に身を置いてみると自分の考えていた世界とは大きく違いました。
山田:国や社会を変えたいなら、政治家じゃないと気付いたということですね。
井村:はい。国や社会を変えるためには、今の政治の仕組みの中で行うのではなく、外部から代替案を提案することが必要ではないかと思うようになり、提案をして課題解決を行うコンサルタントという仕事に興味を持ちました。そこで新卒では、新しいものを生み出せそうなIT領域と、グローバルを経験したいという思いからIBMに就職しました。でもここからが紆余曲折で。
公共系の仕事を志望するもなかなかその機会は訪れず、公共部門の営業職に社内転職をしましたが2年ぐらいで部署が無くなってしまいました。その後、社会課題解決のためにはスタートアップの力が有効ではないかとの仮説から、デロイトトーマツに転職し、経済産業省にも1年出向させてもらいました。ただ、出向から戻ってきたら会社が大きく変わっており、自分のやりたいこととのギャップが大きく、ほとんど社内ニートの状況を経て、6年前に今のシンクタンクに何とかたどり着きました。
山田:でも信念を貫くための、紆余曲折だったわけですね。
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井村:信念とまでかっこよく言えるかはわかりませんが、「どうやったら世の中をよくできるか、そのためにはどう行動すべきか」という思いは常にありました。
山田:心が折れることは無かったですか?
井村:性格的なものだと思いますが、「やり遂げないと気持ち悪い」と思ってしまうんですよね。ただ、自分の行動や判断は正しかったのか悩まない日はないですし、毎日反省ばかりです。
――――社会を変えたいと思う中で、なぜ十勝をフィールドとしようと思ったのですか?
井村:中学生の時から国や社会を変えなくてはいけないと思ってきましたが、変えるべきなのは世界なのか、日本なのか、北海道なのか、というのは自分の中でなかなか定まりませんでした。ただ仕事を通じていろいろな経験をする中で世界、国だと大きすぎると感じ、地域、特に北海道だなと思うようになりました。CFHが始まる時にはちょうどそう思っていた頃だったので、CFHの立ち上げに携わったことは自分にとってとても大きな経験でした。
ただ、CFHを通じて北海道の各地域の産業や特性の違いが分かってくると、北海道ですら変えるには大きいと感じるようになりました。もっと小さな地域でしっかりコミットできる場所はどこかと考えた時に、自分の原点でもある十勝に行きつきました。
山田:国や北海道という単位はひとり分の力じゃ手に負えないと。十勝でやるからには成就するぞってことですよね。ところで、井村さんの愛着は「十勝という地域」ですか?「十勝に住む人」ですか?
井村:「人」ですね。いま挑戦している人たちを応援して、結果的にまわりにいる人たちにも波及していけばいいなと思います。
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山田:井村さんにお尋ねしたことは私自身への問いでもあるんです。私は常々「借りた恩は違った形でも返す」と公言してきました。自分を育ててくれた故郷や恩人たちには返したくても返せない。それならば、いま置かれた環境の中でできるだけ恩を返そうと、つくばでも北海道でも活動してきました。
逆に言えば、井村さんのような強いこだわりは持ててないですね。とはいえ、CFHでも応援したい気持ちは同じで、信念をもって挑戦をしている人も、また課題意識はあってもなかなか動けない場合も、いろいろな関わり方で支援していきたいと思っています。
井村:仕事で北海道、十勝以外の地域課題解決に携わることが多いです。その中で、project tokachiのような「官民共創プラットフォーム」の存在を求めている地域は多いと感じます。project tokachiは始まったばかりでこれから成果を出していかないといけませんが、そこで得た気づきや苦労した点などは十勝に閉じることなく、他地域にもオープンにしていきたいと思っています。十勝「外」の挑戦をしたい人たちも応援していきたいですね。
――――十勝から東京に出て、広い視野から改めて北海道や十勝を見ている井村さんから、改めて北海道の課題はどのようなところにあると思いますか?
井村:第一に、北海道は広すぎて地域ごとに産業、気候、文化などの面で特性がばらばらなため、統一的な計画が立てにくいところがあります。第二に、札幌の一極集中という難しさもあります。第三に、自治体の数が多く、その中でも過疎に悩む自治体が多いことが挙げられます。これらの課題を解決していくためには、自治体という行政区分で物事を考えるのではなく、例えば産業の特徴が似ているといった広域的な連携が重要になってくると考えています。
山田:北海道の各経済区は均質化できないし、統一して考えるのも得策でもなく、地域ごとにそれぞれの個性や強みを活かして発展していくのがいいですよね。
十勝は確かにエネルギーがあると感じます。そんな十勝で何かを達成しようとした場合、井村さん自身はどのように関わっていくのが良いと思っていますか?
井村:本業で首都圏の大企業が持つニーズや、別の地方自治体の課題、中央省庁の長期的な方針などを知ることができるのはとても大きいと思っているので、まずは十勝になるべくリアルタイムで生の情報を届けたいと思っています。また、十勝内外の十勝ファンを増やしていきたいです。
project tokachiは、最初はひとりでもいいからやろうと思っていました。でも「やります」と発信してみたら、思わぬつながりから十勝内外のいろいろな人が関わってくれるようになり、味方がどんどん増えてきました。このように十勝内外の支援者や関係人口を増やしていくことがまず自分がやるべきことだと考えています。
山田:それを組織化するとなると、役割、裁量や自由度などの点でまた新しい悩みが出てきますよね。次の段階は「ゆるいコミュニティ」というのがいいのかもしれませんね。
井村さんはボランティアという立場でコーディネーター役をされていますが、個々のプロジェクトに対してどういう価値を提供できますか?そこが実はCFHでずっと考え続けている悩みでもあります。
井村:東京にいるからこそリーチできるリソースを十勝につなげていくことが自分の価値だと思っています。いま、某政府機関と十勝と首都圏の大企業、大学、自治体とをマッチングするイベントを企画しています。単なる名刺交換で終わらずに、参加者同士がきちんと求めるものをアピールしあい、実際の取引につながる機会にするつもりです。
東京に住んでいるからこそ比較的気軽に政府機関や大企業と出会えるので、こうした出会いを十勝につなげることで、十勝に提供できる価値はまだまだあると思っています。ただ、都市から地域への一方的な押し付けにならないようにしなければ、とはいつも考えています。
山田:同感です。道外に目を向けていただいて、たくさんの仲間やイノベーションの可能性があることを知ってもらいたいですね。イベントにも是非、関わらせて下さい。
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――――ここまで井村さんの考えにふれてきました。その上で展望を教えてください。
井村:いま興味があるのはイギリスのLEP(Local Enterprise Partnerships)です。LEPは、官民連携による地域経済開発の政策で、福岡地域戦略協議会(FDC)がそれに似た形としてあります。FDCのように、ある程度の経済圏が独自に戦略を立て、自立的に資金を集めて、その地域の発展に貢献していく形態は、今後日本の至るところで出てくるのではと思っています。そのひとつがproject tokachiから生まれれば良いなと思っています。
山田:project tokachiやLEPは民間中心に動かすということでしょうが、産学官や地域、それぞれの人たちがどんな役割を果たせばいいと思いますか?
井村:政治や大学といったシステムはそれぞれのロジックで動いており、なかなか同じ方向に向かうのは難しく、特に全体の目線からそれぞれのプレイヤーにロジック外の役割を求めるのは難しいと考えています。少し悲観的な考えですが、この考えは大学時代に所属していた雄弁会で研究していたドイツの社会学者ニコラス・ルーマンの社会システム論(※)の思想が根底にあります。
ただしそれぞれの組織のロジックを理解した上で、それぞれの組織とコミュニケーションを取れる第三者的な人になれる可能性はあり、私もそういう人間になりたいと思っています。
※ルーマンの社会システム理論。社会システム理論 - Wikipedia
山田:CFHでは、セクターを越えた共創プラットフォームとして、ひとつのビジョンのもとに様々なステークホルダーがチームになって課題解決に取り組むことを目指し進めていますが、そういった考えや取り組みも難しいとお考えでしょうか?
井村:個人の仮説ですが、組織、業界といったシステムのロジックはかなり強靭で、ひとつのビジョンでチームをまとめていくには乗り越えるべきハードルはかなり高いと思います。project tokachiではこのハードルを回避するために、あえてひとつのビジョンは持たず、あくまでバーチャルなものであることを意識しています。山田さんがおっしゃったやり方が良い悪いという訳ではなく、その難しさを回避するようなやり方を考えることも重要だと思います。
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山田:「インテグラル(摺り合わせ)型 vs モジュラー型」の議論もありますよね。製造業における日本の高度な発展は、暗黙知の共有などによる細かい部品の「摺り合わせ」ができたからだと。一方それができない欧米は、モジュラー型といって、既存部品の組み合わせで創造的な製品を作り出し、結果的に日本の競争力は落ちました。
それを考えると、どちらかと言えば「第三者的な立場の調整者による数珠つなぎ」が摺り合わせ型で、「プラットフォーム」がモジュラー型だとすると、いずれ摺り合わせ型はモジュラー型に負けてしまうんじゃないですか(笑)?いずれのアプローチにとっても調整者(コーディネーター)が重要であることは共通ですね。
井村:そういった調整者(コーディネーター)には、きれいに整っていないもやっとした物事を抽象化して整理したり、議論をわかりやすく見える化するスキルが必要だと思います。
山田:私は大企業にも属していて、社会に対する自分や組織の役割を模索してきました。感じるのは、他の立場を知り経験するには、副業や兼業が効果的ではないかということです。その点においても、井村さんの生き方は先を走っていますね。生活のための労働に加えて生きがいのための労働の両立ができるようになると、社会や地域もずいぶん空気が変わると思っています。
井村:副業や兼業を通じて、視野を広げることは個人の立場でも、組織の立場でも得るものはたくさんあると思っています。それこそ社会の複雑性が増すにつれて、それぞれの組織のロジックを理解した上でコミュニケーションを取れる人の重要性は高まると思うので、それらを学ぶための良い機会だと思います。
山田:社会を広く知り、経験するためには、敷居を下げて多くの方々に参加していただくことが一番ですよね。その点、有志の活動というのは無理のないバランスです。十勝や北海道を希望あふれる地域に近づけようという思いは共通ですので、これからもproject tokachiとCFHが力を合わせてゆきましょう。
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今回の対談は、山田総括が籍を置く(株)日立製作所の、中央研究所(東京都国分寺市)にお邪魔して行いました。「協創の森」と名付けられた研究開発拠点は、いち企業の社屋とは思えないほどの環境。自然と対話が生まれるコミュニケーションエリアや創造性をかきたてられるブックラウンジ、そしてこれまで歴史と最先端技術を知ることのスペース。一歩出れば東京とは思えないほど自然豊かな庭園に囲まれています。「これは何かが起こるに違いない」とわくわくさせられる場所でした。
新たなものを生み出すには、それぞれの人がもつ力が最大限発揮されること、それを応援する人がいること、そしてそういった人やリソースが自然と集まり、営みが次々と起こるプラットフォームが必要です。procjet tokachiもチャレンジフィールド北海道も、そういったわくわくするプラットフォームをめざしていきたいと思いました。(和田)
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