光の万華鏡

21 裁判と賊

 気付くと、私は大空間の壁にくくりつけられていた。その大空間には他にも人がいるようだが、しかしあまりにも広いためよく見えない。
 私は裁判の被告である。これは無数の私による法廷で、私は「自分を殺すことを企てた罪」により死刑を言い渡されそうになっているのである。
 もしも処刑されたとしても、対外的に私という人間は今までと同様に活動してゆくことだろう。だが、今ここでくくりつけられている私という意識の一分子は、消えてなくなってしまうのである。

 私は必死に自分を擁護した。しかし、私を殺そうとする私はやはり多くの私にとって害であり、容易には許されない。だが、私はさきほどまでのシュプレヒコールを取り上げて、私のような自分を殺す意志をもった私をも、私は容認し受け入れなければならないと宣言したはずだ、と抗弁した。

 そうこうしていると、大空間の一部に大きな風穴が開いて、何かが暴れはじめた。それは巨大な怪物じみた巨人で、それもまた私なのである。この私は裁判そのものに反対であり、そのため暴力的に破壊することを選択したのだった。
 そこから法廷全体が慌ただしくなってきた。法廷を破壊する者。早々に罪を赦される者。赦されない者。そして、騒ぎに乗じて乱入してきた賊。
 賊は私ではないようだった。彼らは別の人間の「私」の一群で、そこで断罪されたために行き場をなくし、そのため他人の身体を乗っ取ることにしたようだった。彼らは呼吸で身体がゆるむタイミングを見計らって体内に侵入しようとする。私は、その度にハッチを閉めて侵入を防ぐ。
 「ハッチを閉める」と賊の侵入を防ぐことができる。これは具体的には、唾を飲み込むような運動とともに舌を口内の空間の天井に押し付けることで、そうすると喉の奥にあるフタのようなものが閉まる感覚があるのである。
 しかしいつまでも閉めておくことはできない。だが賊の方もしつこいので、ハッチの開閉のため私は口の筋肉を酷使することになる。そうする内に、突然顎が硬く動かなくなってしまう状態になってしまう。
 このままでは、賊に乗っ取られてしまう。どうしようと色々方法を探った結果、奥歯の奥の上の歯と下の歯の間の肉がつっかえ棒のように固くなっていて、それで口が閉まらなくなっていることが判明した。そこで、私は指を口につっこみ、肉のその部分を直接マッサージすることにした。

 賊が来る。ハッチを閉める。賊が来る。ハッチを閉める。あ、顎が動かない。指で肉をほぐそう。賊が来る。ハッチを閉める。・・・・・・私はそのようなルーチンを繰り返した。

***

 気がつくと、私は黒いベッドの上にいた。手を見ると、これも真っ黒になっていた。看護師、いや看守が巡回にきた。このままでは裁判にならないので、囚人は一度収容されることになったのだろう。だが、この施設そのものが賊の手におちつつあるようでここももう無事ではない。
 逃げることはできない。ただ制圧されるのを待つしかないのだろうか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?