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カマックハープ 50年のあゆみ

木で作る弦楽器作りは200年前にはほぼ完成したものも多く、いまだにそれを超えられないものもあります。ハープの世界でも100年以上の歴史を持ち、同じモデルを100年以上製作し続けているハープもあります。それほど成熟した業界に50年前に参入し、毎年のように進化しているフランスのハープメーカーの物語です。


1972年 カマックハープの誕生

カマックハープの創業者、ジョエル・ガルニエは1940年に生まれ、フランス海軍で電子工学技術者としてミサイル開発の研究していました。若いうちに退官してバグパイプなどの民族楽器を作る会社をブルターニュ地方のムゼイユという町で興しました。

ブルターニュといえばケルトの地であり、ケルティックハープも需要がありましたが当時は日本の青山ハープがほとんど独占していました。そこでハープの製造を思い立ち、1972年に22弦のトルバドールを発売しました。これは歴史的なアイリッシュハープの「ブライアン・ボル」からインスピレーションを得たもので、彼が32歳のこの年にカマックハープが誕生しました。

Troubadour                          Brian Boru harp

ちょうどこの時期にフォークロック・ハープのアラン・スティヴェルがスターとなってスタジアムで数千人の前でハープを演奏するようになりました。そのような状況下でハープの音をスタンドマイクで拾うのはむずかしく、ガルニエは彼のために各弦にピックアップマイクをつけて響板を持たないソリッドボディーのエレクトロハープを作りました。クリスタルハープと名付けられたこのハープは現在スコットランド国立博物館に展示されています。この成功がハープの需要を後押しし、34弦と36弦のレバーハープを発売してフランスを代表するハープメーカーに成長しました。

Alan Stivell
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1983年に第1回ワールド・ハープ・コングレス(オランダの名教師フィア・ベルクハウト氏の提唱で、各地持ち回りで開催される「世界ハープ会議」。以下WHC)がオランダのマーストリヒトで開催されました。彼はそこに参加してはじめて世界中の多くのハーピストと交流し、グランドハープの世界を知りました。そこでグランドハープの構造を知り、自分ならもっと現代的な技術でグランドハープを作れる、とコンピューター制御の楽器を作ることにしました。このハープは7つのペダルを譜面台につけたコンピューターでペダル操作を予めプログラムし、接続された油圧システムを駆動して7つのペダルを瞬時にあらゆる位置に動かすことができます。

Memory harp

メモリーハープと名付けたこのハープは1985年に完成し、エルサレムで開催されたWHCで発表してセンセーションを巻き起こしました。しかし称賛されましたがこれを演奏するには従来学んできた演奏方法は役に立たないために演奏者には相手にされず、またあまりに価格が高額となってハープのコンコルドといわれたこの楽器も航空機のコンコルドと同じく一台で引退して現在はパリの音楽博物館にある20世紀の楽器コーナーに展示されています。ジョエル・ガルニエは現代技術を駆使したグランドハープを作ろうと思い立ち、わずか2年でそれを完成し、自信満々に発表するや演奏者に受け入れられないことを知る、という紙一重の人でした。

彼の奇人変人ぶりの逸話はいくつか聞いています。お客との会食中に何かを思いつき、紙とペンを取り出して一心不乱に書き出してお客も食事も忘れてお客を困らせてしまった、とか。ある席で祝辞を述べているうちにハープの木の話を熱くなって延々と話し出し、司会者と聴衆に止められた、とか。

Joel Garnier

 しかしその二年後の1987年には伝統的な作りのグランドハープ、アトランティッドをウイーンで行われたWHCで発表しました。ここでも前柱の芯にカーボンファイバーを使用して軽量化と耐久性を試みたり、といくつかの革新を取り入れています。

最初のハープ Atlantide

彼は実にユニークで豊かな想像力を持っていましたが音楽家ではなく、ハープも弾けませんでした。彼は、彼の技術に芸術的なスキルを統合する必要性からハープ奏者のジャケ・フランソワを1988年に迎え入れ、以後二人は理想的なパートナーとなりました。

Jakez Francois

すると2年後の1990年にピエゾ・ピックアップ・システム(圧電素子を用いて弦の振動をそのまま出力するピックアップ)をグランドハープの響板に取り付けたブルーハープをパリで開催されたWHCで発表し、自然なアコースティックハープの音にエレクトリックハープのパワーと正確さを融合させることに成功しました。どうして名前がブルーなのかというと当時ジャケ・フランソワが掛けていた眼鏡の枠が青かったから、だそうです。

The Blue / Jakez Francois
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1996年 新世代のハープ、誕生

ジョエル・ガルニエとジャケ・フランソワはハープのメカニズム、メンテナンス、人間工学的な演奏性など、ハープに共通する問題を解決するため伝統的なハープの構造を一から考え直し、操作性と音質に多くの革新を取り入れました。その結果身体に負担が少なく、高音まで指が入りやすい腕木の設計で演奏の容易さが、ヘビーユーザーでも20年交換する必要のないペダルチューブの採用で耐久性が、ペダルの戻りを下から押すのでなく上から引いてペダルの動きをスムーズにする工夫が、ディスクをネジでなく真空圧着で止める、などの独自の技術で音に濁りがなく、分離がよくて遠くまで音が届く現在のカマックハープが完成しました。ネジは隙間があるから回りますがそのわずかな隙間が音の振動エネルギーを奪うと考えてネジをやめたのです。

その結果、1996年にカマックがニュー・ジェネレーションと呼ぶ新世代のハープ、アシーナ(2020年生産終了)、クリオアトランティッド・プレステージ(現在は単にアトランティッド)が誕生しました。特にアトランティッド・プレステージはハーピストだけでなく、フランス国立管弦楽団やワルシャワ国立歌劇場管弦楽団(3台納入)、パリ音楽院など、世界のオーケストラや学校に納入されました。指揮者のピエール・ブーレーズが、彼が創設した室内オーケストラのアンサンブル・アルテルコンタンポランでの次のコンサートでどうしてもこのハープを使いたい、と予定されていた購入者と交渉してハープを持ち去ったという話もあります。

Atlantide Prestige

 カマックが目指したのは、繊細で丸みのあるクリアなサウンドと最高の演奏性を両立させることでした。また特に正確で雑音が出ない、調節しやすいメカニズムにも取り組みました。ハーピストが自分で調整できるようにマニュアルと工具も付属しています。

1999年にはプラハで開催されたWHCでこれらの新世代にトリアノンオライアンが加わりました。しかし翌2000年に創業者のジョエル・ガルニエはがんのため60歳の若さで死去し、ジャケ・フランソワが社長に就任しました。すぐにガルニエの遠縁にあたるマーケッティングの専門家であるエリック・ピロンをプロの経営者として招き、現在は彼 がCEOとなって二人で運営しています。

Eric Piron

2009年には実験的に最新のデジタル楽器であるMIDIハープ(ジャケ・フランソワの念願でした)を完成しました。それによって演奏されたエリザベート・ヴァレッティの作品、「ハープ俳句」によってロンドンでクオーツ賞の技術革新部門でマックス・マシューズ賞を受賞しています。

MIDI Harp / Valletti: The Cat Haiku
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 2010年にはアメリカの奏者、デボラ・ヘンソン=コナントとのコラボレーションによるカーボンファイバー製の超軽量エレクトリックハープのDHC(ブルーライト32)を、

Deborah Henson-Conant
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またグランドハープでは偉大なエラールハープとフランス楽器製造の黄金時代へのオマージュとしてデザインされたエリゼヴァンドームを、翌2011年はコロンビアのアルパ奏者、エドマール・カスタネーダとのコラボレーションでアルパ・ジャネーラを、とたて続けに新しい商品を開発しています。特にエレキハープのDHCは初のウェアラブルハープ(身に着けて演奏できるハープ)として画期的なものでした。  

Edomar Castaneda(クリックでYouTubeに移動)
一人でメロディー、伴奏、ベースとリズムの4役をこなす 

2017年 新世代から「ヌーヴォー・ソン」(新しい音)へ

ガルニエとフランソワ二人によって14年間にわたりエラールハープの共鳴胴を研究してきた集大成としてキャノピーアール・ヌーヴォーの2モデルを2017年、香港でのWHCで発表して「ヌーヴォー・ソン」の時代を向かえました。

 左  Canopee in pear wood and ebony
右  Art Nouveau            

その結果クリアでリッチ、かつモダンでパワフルなサウンドが生まれ、この新しいカマックの音はすぐにウィーン・フィル、パリ・オペラ座、アムステルダム・コンセルトヘボウ、バイエルン国立歌劇場、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団など多くのオーケストラや歌劇場に選ばれて納入されています。

カマックハープがオーケストラに選ばれる理由は音に濁りがなく、直進的に音が進むのでオーケストラの中でも埋もれることなく存在感を発揮できるからです。オーケストラの楽器の中で持続音を出せない唯一の撥弦楽器であるハープがオーケストラに埋もれてしまっては意味がありません。
 
2020年に新しい共鳴胴の構造を発展させてハープの将来を予感させるエジェリーを発表し、2022年には創業50周年を迎えて記念モデルとして彫刻のように壮大で多面的なジュビリーをトーマス・アワーダンのデザインで発表しました。

    Egelie in mahogany   と   Jubile in Tiffany blue             

レバーハープ

グランドハープは保守的で、弦の素材や本数、張力はどのメーカーも同じで決まっていますがレバーハープにはそれがありません。カマックではそれぞれにコンセプトを持った個性的なモデルを多く製造しています。初期はガット弦とナイロン弦だけでしたが新素材のカーボンで作られたアリアンス弦が発売されるとそれに特化した34弦のエルミン、次にその進化系のアジリーズを発売しました。アジリーズは旗艦モデルとして現在ではカマックの代名詞となっています。

Aziliz

また持ち運びやすい27弦モデルとして2007年にバルディックを作りましたが、このモデルは売れすぎてほかのハープの製造に支障をきたすという理由で2018年に製造を打ち切ってしまいました。現在はオデッセイがこれを引き継いでいますがいまだにバルディックを求める方も多く、オークションでは当時の定価より高く落札されたこともあります。また新たにフルオロカーボン弦が出るとその弦の特性に合わせて力強いエクスカリバー、軽量のテレンカディー(製造工程が多くて時間がかかりすぎるという理由により2年で製造中止)など、次々と発表しています。

どれもモデルに専用の弦を使いますが、はじめての試みとしてイゾルデでは2種類の弦(アリアンスとフルオロカーボン)のどちらかを張った性質の異なる2つのタイプがあります。ナイロン弦の明るく柔らかい音を好む人のためにジャネットメルジヌの2機種が、またガット弦を張ったコリガンテレンマドモアゼルも昔ながらの音を好む方のために健在です。

新しいところでは軽量を追求して響板以外がカーボンファイバー製のユリスが加わりました。ユリスはチューニングピンがチタン製のエレアコ仕様で、気軽に外に持ち出せる全天候型のハープです。多彩なラインアップからお好みのモデルをお選びいただけます。

初期のレバーはプラスティック製でしたが、2002年に現在の合金製になりました。この弦を擦らないから弦が傷まない、同じ理由で雑音が出ない、レバーを上げても音色が変わらない、さらに動きがスムーズで摩耗しないカマックレバーは大好評で世界の多くのハープメーカーにも採用されています。しかもこのレバーは開発から製造まで自社製で、工場の一部屋で日本製の機械から24時間自動で作り出されています。

ガット弦も自社工場で作っています。ですから標準の太さのスタンダードゲージのほかにエラールやナーデルマンハープに使える細いイングリッシュゲージも、握力が強い人用に太いヘビーゲージ、さらに特定のレバーハープ専用のフォークガットなど、太さの異なるガット弦も作って発売しています。直径1.09mmのC線を、などという注文にも答えてくれるかもしれません。

いままで特注の色をつけたハープやブビンガ材で作ったハープ、響板に特別な模様のハープなど、お客様の要望に沿った注文を受け付けています。だからと言ってお客様本位ではありません。会社がふさわしくないと判断するとお断りしません。返事をしないで無視します。そういうところはフランスです。

工場とショールーム

ムゼイユの工場は週休3日制で勤務時間に決まりがなく、夏などは夜明け前に出勤して暑くなる昼には帰ってしまう職人もいます。また7月下旬から約一ヵ月間、全社でバカンスを取って注文も問い合わせも受け付けていません。この本社工場のほかにパリにはコンサートができるスペースを持ったショールームがあり、世界中から楽器を求める人が訪れています。さらに24時間営業のスタジオを開設して、深夜便でパリに到着した人が直行してそのまま練習することができる設備もあります。

本社工場

 カマックハープは創業から50年でこれだけの発展を遂げてハープ界に仲間入りすることができました。誕生した1972年とは沖縄がアメリカから日本に返還されて「戦後」が一段落した記念の年です。そこから50年で私たちの生活も環境も、そして音楽も実に大きく変わりました。50年前の人には想像もできなかった世界で今私たちは暮らしています。今後もさらに急速に変わっていくでしょうが、これからも変化しながら留まることなく音楽文化と音楽家に貢献していけることをカマックハープは誇りに思っています。

お読みいただき
ありがとうございました。


 2006年:フランス政府より「生きた遺産企業」の称号を授与
Enterprise du patrimoine vivanteの称号は、職人技と製造の分野で卓越した業績を上げ、それによってフランスの文化的・経済的アイデンティティを支えている企業、とフランス政府が認めたもの。
 
2022年:フランス楽器協会より「フランスの弦楽器製造者」ラベルを授与
Luthiers et facteurs de Franceはフランスにおける弦楽器の製造と修復の技術が一流と認定されたもの。(ルシアーとはバイオリンやギターの製作者のことで、ピアノやハープの製作者はファクターと呼ぶ)

 

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