ミニ小説 氷結の鯨
とある時代、真冬の海を一隻の旧式潜水艦が潜航していた。
その先の海域からは、別のとある隣国の空母が向かって来る。
その空母は、旧式潜水艦を所用する国へと侵攻を試みていたのだった。
かつて大戦時代に多くの犠牲と損失を残した両国は、終戦と平和条約を結び和解していたのだが、実際は水面下で長年互いを警戒し続けていたのだった。
レーダーを見るや否や、こちらに向かって来る旧式潜水艦に対して、空母に乗る艦長は余裕の笑みを浮かべていた。
「フン、やはりこちらの動向に感付かれていたか。
しかし、そんな事はどうでもいい。
直ぐにこの海の底へと沈むだけの話だ」
「艦長、前方の潜水艦から妙な周波数の音が聞こえます」
管制官の一人が艦長に報告した。
「それがどうした。あんなオンボロ・・・いや、もはや海洋生物の化石に何が出来る?
それより、さっさと魚雷の発射体制に入る様に伝えろ」
艦長が命令したその時、旧式潜水艦は全てのスクリューの回転を止め、静かに海中を静止し始めたのだった。
「はぁ?何やってんだアイツら。
すぐさまお行儀よく降伏したのか?」
艦長がクスクスと笑い出した。
しかし、その馬鹿げた笑い声は緊張が走る中、部下達をただただ不快にさせるだけでしかなかった。
すると、海の何処からか無数のイルカの群れが現れ、その旧式潜水艦の周りをウヨウヨと泳ぎ始めた。
「今度は何だ?邪魔なイルカどもだなぁ、さっさと魚雷を発射してしまえ!」
先程より口調が荒々しい艦長だったが、空母は魚雷を発射する事が出来なかった。
なぜならその国は、絶滅が危惧されつつある海洋生物の保護を目的とした国際協定に署名をしていた為、イルカ達に囲まれた潜水艦を攻撃できないからだった。
すると、先程まで泳いでいたイルカ達が突如潜水艦からバラバラに散るように離れていった。
「・・・ん?まさか、まずい!全員に告ぐ!直ちに・・・」
レーダーを見た艦長が察知したが、時すでに遅し。
イルカ達が離れた一瞬のタイミングを見定めた潜水艦は、魚雷を一斉に空母に向けて発射したのだった。
すぐさま応戦しようとした空母だったが、旧式潜水艦から放たれた魚雷を避ける一切の隙もなかった。
その旧式潜水艦の名は、フロスト・マリソン号。
かつての大戦の最中、極秘に開発されていた潜水艦だった。
その形態こそ当時の型式の潜水艦そのものだったが、とある装置が内部に搭載されていた。
その装置とは先端に大きな角笛のようなモノが3本付いており、それぞれ独自の周波数を放つことで海洋生物を誘い出したり、逆に追い払う事ができると言われていた。
しかし、実験投入を開始しようとしたその翌年、終戦協定が結ばれた事により、一度も潜水することもなく長年放置されていたのだった。
フロスト・マリソン号によって破壊された空母は、無様にも多くの乗組員達と共に沈没し、被害を受けた隣国のみならず、全世界を恐怖に陥れたのだった。
まさに、極寒の海へと突き落とされたかの如く。
END