モジュラー演奏部たきおん! (通称: もえぶた)
*この物語はフィクションです。
*既存の実在・非実在の人物とは無関係ですので悪しからず。
「にゃっはろー、わたし、社梅(やしろうめ)!」
「百舌鳥螺(もずら)高校2年生で、いまはモジュラー演奏部の部長をやってます!」
「ここにあるモジュラーシンセサイザーを使って演奏するのがわたしの役目!」
寂寥とした部室に、音量抑え気味の独り言が反響した。
百舌鳥螺高校モジュラー演奏部はかつては全国大会ベスト8まで行った歴史ある部である。
しかしいまやその面影はなく、部員は社梅ただ一人なのであった。
ふっ、と社梅はニヒルに笑う。
それを見る者も誰もいない。
「でも、ここにあるモジュラーは全てわたしのもの、ありがとう先輩と先輩方が払ってくれた部費達!」
そうしていつものようにモジュラーにパッチケーブルの森を作りつつ、謎の音響に浸っていると、
ガチャリ
ふと音がして、社梅は反射的にミキサーのフェーダを全下げした。
赤い女だった。
赤い女が部室のドアの前に立っている。
おかっぱの頭髪は赤く、赤いフレームのメガネにさらに赤いカラーコンタクト、赤いスカーフに赤いミニスカートのセーラー服を着ている。
明らかに校則違反であった。
「ここがモジュラー演奏部?他の部員はどうしたの?」
社梅はコミュ障である。
蛇に睨まれたカエルのように怯えながら(しかし社梅はそんな光景を見たことがないが)、答える。
「あ・・・、わたし一人だけ・・・です」
「それは見ればわかるわ。他の部員はどこにいるかと聞いているのよ」
「だ、だから、部員はわたしだけ・・・でs」
赤い女は部室を見廻し、いっとき部室にあるモジュラーの壁を眺めながら考え事をしているようだった。
「なるほど・・・ね。ねえ、わたしは赤井ハイジ。あなたは?」
「や、社梅・・・」
「ねえ、社、わたしとモジュラーバトル、しない?」
モジュラーバトル。
全国のモジュラー使いの高校生達が、その青春を捧げる戦いである。
モジュラーから出る音の良し悪しはもちろん、パッチングのアイデアなどの独創性なども評価される。
定期的に地区大会や全国大会が催され、そのたびにモジュラー高校生の勝ったり負けたりの悲喜こもごもが発生している。
社梅も、かつての先輩達が流した涙を忘れることができない。
「で、でもモジュラーバトルなんて、わたしやったことがなくて・・・」
赤井はそれを聞いて、ふうんと息を吐く。
「ところで、部活って部員が3人以上必要なんじゃなかった?」
社梅は、ぎくり、と身を震わせた。
「あなた、学校に申請する部員数ごまかしてるでしょう?」
ぎくり、ぎくり。
「学校に通報してもいいんだけど、」
そこで赤井は獰猛な笑みを浮かべた。
「わたしに勝ったら見逃してあげる♡」
そうして、社梅と赤井ハイジのモジュラーバトルが始まった。
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生徒Aは百舌鳥螺高校の一般生徒である。
その生徒Aのスマホから通知音が鳴った。
スマホの通知欄にはこうある、
「モジュラーバトル・デュエルスタンバイ!」
生徒Aはスマホからモジュラーバトル観戦アプリを起動する。
開催場所は、百舌鳥螺高校モジュラー演奏部の部室、とある。
(まさか、この学校でまたバトルが行われるなんて!)
生徒Aは3年生である。
かつて、この高校で盛んにバトルが行われていた時代を知っている、いわば歴史の生証人でもある。
(いや、アプリのバグかもしれない・・・。しかし行ってみないことにはわからない!)
懐かしきうずきを胸に、生徒Aはバトルの舞台へと駆け出した。
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観戦アプリには、バトル開始の通知の他に、投票の機能がある。
投票とは、選手のどちらかに「よいね」を送る機能である。
「よいね」は何度でも送ることができるが、一度「よいね」を送ると、その後の10秒間は送れなくなる。
10分間の演奏の間に、より多く「よいね」を獲得した選手の勝利となる。
生徒Aが部室に到着した時、すでに生徒B、C、D、etcの生徒達が固唾を飲んでバトルの開始を見守っていた。
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社梅はバトルのための初期セットアップをしている。
モジュラーシンセサイザーは、ケーブルを各モジュールに繋がなければ音が出ない。
ケーブルをモジュールに繋ぐことをパッチングという。
よって、通常はバトルの前にある程度パッチングを行っておき、音が出る状態にしておくことが普通である。
しかし、隣にいる赤井は自前の赤いモジュラーシステムの前に何もせずただ立っていた。
モジュールにはなにもパッチングされていない。
「もうそろそろ始まりますけど・・・」
恐る恐ると声をかけてみるが、赤井は平静な様子である。
「これがわたしのやり方だから」
時間が来て、赤井は観戦アプリの「バトルスタート」ボタンを押した。
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テレレレテレテテ
すでにパッチング済みの社梅のシステムから、シーケンスフレーズが鳴り響いた。
シーケンサーからVCO、VCF、VCAへと繋がる、典型的なパッチングである。
対して、赤井のシステムからはまだ音が出ていない。
この時点で、すでに社梅には3つの「よいね」が集まっているが、赤井はゼロだ。
(もしかしてパッチングの仕方がわからない?まさかそんなはずない・・・)
そう思ってチラリと隣をみると、赤井はちょうど最初のケーブルをモジュールにパッチングするところだった。
ブー!!!
突然、爆音で超低音の鋸波が鳴り響いて、社梅のシーケンスフレーズはかき消された。
(う、うるさい)
いつの間にか集まっていた観客達も、思わず手で耳を塞ぐ。
「あーごめんごめん」
赤井は呟きながらまたパッチングをした。
ドゥンドゥン
すると、先ほどまで超低音の鋸波が、歪んだキックドラムのサウンドに変化する。
心地よい低音が社梅や観客達の体に響く。
先ほどまでゼロだった赤井に「よいね」がつき始めた。
さらに赤井はパッチングをする。
ドゥーギュキャドゥーキュ
今度はキックドラムとアシッドベースの音が鳴り響いた。
しかもよく聴くと、同時に鳴っている音は一つである。
一つの音が、タイミングによってキックドラムやアシッドベースに変化しているのである。
(そんなことができるの?)
社梅が茫然としている間に、さらに赤井はパッチングをする。
テテンテレテテテテレテテ
グラニュラー・ディレイを掛けられたランダムシーケンスが荘厳に部室に響き渡る。
赤井のシステムはよくみるとシーケンサーがない。
どうやら、クロックディバイダーやランダムソース、それにミキサーを駆使してフレーズを作っているようだった。
気がつくと、赤井にはすでに100以上の「よいね」がついているのに、社梅には最初につけられた3つの「よいね」しかないままだった。
(このままじゃ負けちゃう・・・!)
社梅が焦ってパッチングをしようとすると、
カチッ、ギューーーーーーン
社梅のシステムは断末魔のような高音から低音までのスイープ音を響かせて停止した。
焦ったあまり、電源スイッチに手が当たってしまったようだった。
(もう終わりだ!)
そうして俯いた社梅の視線の先に、消毒用のアルコールスプレーがあった。
社梅の脳裏に、かつて観たアングラなモジュラーライブのシーンがフラッシュバックする。
(それなら・・・!)
社梅はケースにマウントされているモジュールを一度全て外し、全て「裏表逆向きに」マウントし始めた。
その間にもライブの時間は刻一刻と経過する。
そうしてそのまま電源をONにし、社梅はモジュールの回路を直接触って演奏を始めた。
モジュラーシンセは温度変化に対して過敏である。
社梅がモジュールの基板に触ることにより、その体温でオシレーターのピッチが不安定に上下する。
さらに、社梅の身体自体が一種の抵抗とコンデンサを含んだケーブルのように働くことで、モジュールを基板から直接パッチングしているような状態になっている。
ズギュズ、ズズ、ゴゴゴ
社梅のシステムからノイズサウンドが響き渡る。
「なにやってるの!モジュール壊れるよ!」
赤井が警告を発するが、社梅は止まらない。
さらに社梅はモジュールの基板にアルコールスプレーをブシャーと吹きかけた。
アルコールの気化熱により、基板が冷やされ、さらにサウンドが変化する。
ズゴ、キュキュキキキキギャギャ
社梅はライターを取り出した。
「さよなら、先輩の部費達・・・」
そしてモジュールに火をつけた。
ギュルギュルギュル、ブッブブブブーン
断末魔をあげながら、5万円のオシレータが、3万円のVCFが、10万円のエフェクトモジュールが次々に炎に包まれていく。
「火事だー!」
けたたましいベルの響きとともに、天井からプシャーとスプリンクラーのシャワーが降り注ぐ。
そして、芸術的なタイミングでライブ終了の通知音が鳴り響いたのだった。
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このライブは一種の伝説となった。
社梅は謹慎処分となり、モジュラー演奏部は廃部になった。
しかしこの日以降、夜な夜な小さなクラブで奇怪な音を出す少女二人組が目撃されるようになったということじゃ。
それはまた別のお話。