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3/14 中高科分級 Web版
主なる神さまの御名を賛美します😌
中高科・田村義民です。みなさんは、そろそろ春休みでしょうか・・🤗
今日の分級で与えられた聖書は、イエスさまが弟子たちと食事した場面、「最後の晩餐」に続くところです。
■ マルコによる福音書 14章
14:27イエスは弟子たちに言われた。 「あなたがたは皆わたしにつまずく。『わたしは羊飼いを打つ。すると、羊は散ってしまう』と書いてあるからだ。
📗 イエスさまは弟子たちに、『あなたがたは皆、私につまずく』とおっしいました。これは、どういうことでしょう❓
つまずくというのは、イエスさまに従い続けることができなくなるということです。弟子たちの信仰がつまずくと言ってもいいかもしれません。
📗 イエスさまは打たれて(十字架に向かわれて)、弟子たちは散ってしまう(ばらばらになってしまう)ということを旧約聖書に基づいて宣言されているのです。
羊飼いを失うと羊はばらばらになってしまう。イエスさまが失われると弟子たちは、ばらばらになってしまうという意味です。それが、弟子たちがつまずくということですね。
😄 今日は旧約聖書(ゼカリヤ書)と新約聖書(マルコによる福音書)を行ったりきたりします❗️ ついてきてくださいね 🤗
■ ゼカリヤ書 13章
13:7 剣よ、起きよ、わたしの羊飼いに立ち向かえ わたしの同僚であった男に立ち向かえと 万軍の主は言われる。
羊飼いを撃て、羊の群れは散らされるがよい。
わたしは、また手を返して小さいものを撃つ。
📘 弟子たちをつまずかせたのは、羊飼い(イエスさま)が十字架に向かわれたことです。十字架に向かうイエスさまに、弟子たちは従い続けられなくて、つまずいたということですけれども、それもすべて主なる神さまの御手のうちの出来事です。
主なる神さまの御業は、この弟子たちのつまずきも、神さまの御計画と言えるのだと思います😐
■ ゼカリヤ書 13章
13:8 この地のどこでもこうなる、と主は言われる。三分の二は死に絶え、三分の一が残る。 13:9 この三分の一をわたしは火に入れ銀を精錬するように精錬し金を試すように試す。
彼がわが名を呼べば、わたしは彼に答え「彼こそわたしの民」と言い 彼は、「主こそわたしの神」と答えるであろう。
📘 神さまに「主こそわたしの神」と答えるように、神の民を立ち上げてくださるということですね。
さて、またマルコによる福音書にもどります😀
■ マルコによる福音書 14章
14:28 しかし、わたしは復活した後、あなたがたより先にガリラヤへ行く。」
📗 しかし、イエスさまは十字架に向かわれた後に、復活して、弟子たちよりも先にガリラヤに向かうとおっしゃっています。これは、まさにイースターの出来事ですね😄 およみがえりのイエスさまは、ばらばらになった弟子たちより、先にガリラヤ向かわれて、弟子たちに出会ってくださる❗️まさに「主こそわたしの神」と答える、神の民として弟子たちを立て上げてくださるということですね。
🛐
つまずきを乗り越えて、神の民としてくださる神さまの御業を賛美します。私たちのつまずきも、すべては、主なる神さまの御手のうちにあります。すべてをご存知なお方が、主なる神さまです。
イエスさまは、私たちのつまずきをすべて背負って十字架に向かわれました。十字架を見上げるとき、私たちには新しい道、新しいいのちが与えられることを感謝します😃
およみがえりのイエスさまは、私たちを招いてくださっています😃 主の光の中を歩むものとさせてください。アーメン。