見出し画像

自動化のための細胞培養法を考える時が来た

9月19日、20日に、つくばのアステラス製薬で開催されたLaboratory Automation Developers Conference 2024に参加しました。AI分野、機器メーカー、製薬企業の方、アカデミア、など様々な分野の方がフラットに参加して、とても楽しく、刺激的な研究会でした!
主催者の皆様、お疲れ様でした。

私が以前にラボラトリーオートメーションに取り組んでいた主な目的は自動撮影と解析でしたが(笑)、今は「自動培養装置」に大変興味があります。月例勉強会では、自動培養に関してぼんやりと「こういう方向性もあるな」と感じていましたが、今回のLADECに参加して、本気で自動培養装置とその未来について考える時が来たと実感しました。

細胞培養には多くのパラメーターがあります。自動化できるとしても、すべての要素を一度に検討するのは現実的ではないように思います。まずは要点を絞り、重要な条件から深掘りしていかないと、いつまでも検討が終わらないのではないだろうと思います。


自動化への最大の期待は何?

AIを使った実験条件の最適化ソフトなどが提案されています。ソフトはきっととても優秀だと思います。ですが、「培養できる人」が、気を付けるべき点を提示することも大事なのではないかと思いました。

残念ながら、培養ができると思っている人と実際にできる人は異なる場合が多いです。私の経験では、10人中5人が正しく培養できるようになりますが、残りの5人はそうならないこともあります。経験年数に関わらず、培養技術は人によって差が出るのです。

私は幸か不幸か、培養が得意です。以前、シェフィールド大学でヒトES細胞の無血清培地開発に携わっていた時、私の培養した細胞は非常に安定しており、「Miho’s Hand」と呼ばれるほどでした。しかし、私一人が特別にうまく培養できても、それは産業応用には繋がりません。誰もが再現性を持って培養できる技術が必要です。

自動化の最大の期待は何でしょうか?「週末に作業をしなくても良い」という点も魅力ですが(笑)、最も重要なのは「誰が作業しても安定した再現性のある結果を得られること」ではないでしょうか?

誰が作業しても安定した再現性のある結果を得られるためには、どうすればいいのか?

ヒトがやっても、機械がやっても安定して培養できるのが一番いいですよね。ヒトがやって安定して培養できるためには、どうすればいいのか?特別なことをするのではなく、些細なことの積み重ねです。
具体的には、以下のことが大事です。

  • 速やかに作業を済ませる
    作業を無駄なく迅速に行うことにより、細胞へのストレスを少なくでき、安定した結果を得ることができます。

  • 適切なタイミングで培地交換をする
    培地交換が遅れたり早すぎたりすると、細胞の状態に悪影響を与えます。適切なタイミングで行うことが必要です。

  • 適切なタイミングで適切な細胞密度で継代する
    適度な細胞密度で分散することにより、酵素による分散時間が一定となり、細胞へのダメージが軽減できます。

  • 播種時は適切にピペッティングをする
    播種時に適切なピペッティングを行った後に、速やかに播種することで、均一な細胞分布が得られます。

  • 作業が問題なかったことを確認する
    作業の確認を徹底することで、エラーを未然に防ぐことができます。

当たり前のことなのですが、これを確実にできている方は実は少ないように思います。

適切性を判断するためのパラーメーターを決める

GCCP 2.0 (1)でGCCP Acceptance Criteria (GAC; GCCP受入基準)が提言されているように、パラーメーターを決めて、その適切性を判断する必要があります。

(1) Pamies D, Leist M, Coecke S, Bowe G, Allen DG, Gstraunthaler G, Bal-Price A, Pistollato F, de Vries RBM, Hogberg HT, Hartung T, Stacey G. Guidance document on Good Cell and Tissue Culture Practice 2.0 (GCCP 2.0). ALTEX. 2022;39:30-70. doi: 10.14573/altex.2111011. Epub 2021 Dec 9. PMID: 34882777.

顕微鏡観察


ヒトにおいて主に使われるのは、顕微鏡下における細胞観察です。
例えば、サブコンフルエントで継代する、という場合、ヒトは顕微鏡観察で、容器の中で細胞が占める割合が70~80%になっているか、あるいは細胞と細胞の隙間がどのくらいあるか?で、判断しています。
容器の中で細胞が占める割合が70~80%になっていることを判断するのは、目視が一般的ですが、自動化の場合には、画像を取得して画像解析をし、細胞が占める面積率を算出する手法が取れます。
一方で、細胞が偏って分布していて、一部は細胞と細胞の隙間がほとんどない状態、あるいは、コロニーが集まっていて融合し、大きなコロニーをつくってしまっている場合も継代が必要です。多能性幹細胞もそうですが、ケラチノサイトや唾液腺細胞などはこの辺りを気を付ける必要があります。この場合、自動化で行う場合には、工夫が必要かと思います。もちろん、トライ&エラーでデータは蓄積されると思いますが、そういうことがあるとわかって設定する方が効率的だと思われますが、どうなんでしょうか?

特定の物質のモニタリング


タンク培養など観察ができない培養系の場合、特定の物質をモニタリングすることにより、培地の添加や交換の必要性を判断するなどが行われているのかと思います。最近は、接着培養においても、乳酸値やpHにより培地交換のタイミングを決める手法も広がりつつあるのでしょうか。

既知の成分からなる培地条件の設定

自動化で期待される再現性を確保するためには、既知の成分からなる培地条件が望ましいのではないでしょうか。血清を使うのはリスクがあります。ロットが変われば、増殖速度も、接着性も変わります。生物由来原料で精製されない成分が入ってる場合も、リスクが大きいです。

なぜか日本では、無血清培地に対する関心が薄いのですが、欧州では2006年頃にすでに無血清培地のデータベース (2) が設定され、ガイドラインでも再現性ある培養のためにも無血清培地を使用するのが望ましいとされています(3)。

(2) FCS-free Database
(3)
誰でもできる・はじめての細胞培養 第18回 何のために無血清培地を使うのか?  Pharm Tech Japan 2023年 39  号: 13  ページ: 2585-2589 

無血清培地と言われているものであっても、動物由来成分で成分が不明なものが入っている場合や、成分が公開されていない場合も多く、既知の成分からなる培地条件を使用するのは簡単ではありません。

私がPIだった時にラボから神経幹細胞誘導培地の条件を検討した論文を出していますが、論文には34条件の検討結果を出してます。

https://ijdb.ehu.eus/article/sup/180161mf/IntJDevBiol-180161mf-SuppMaterial.pdf

Suga M, Kii H, Ueda N, Liu YJ, Nakano T, Dan T, Uozumi T, Kiyota Y, Furue MK. A morphology-based assay platform for neuroepithelial-like cells differentiated from human pluripotent stem cells. Int J Dev Biol. 2018;62(9-10):613-621. doi: 10.1387/ijdb.180161mf. PMID: 30378385.

実際には120条件ぐらいを検討しました。これを4~5回繰り返してます。人力でやるのはなかなか大変でした。

株式会社ナレッジパレットさんでは、大規模トランスクリプトーム解析技術と人工知能技術により、目的細胞をより活性の高い状態で増殖させる培養条件を探索しています。これは彼らだからこそできていることだと思います。

バイオロジー側から考えるべきこと

自動化を考えているヒト達だけでなく、バイオロジー側からも、自動化するるための培養法をもっと考えていくべきだと、今回の研究会を聞いて、もっとも感じたことでした。

バイオロジストは、
・「手培養」で安定した再現性を実現し、その方法を具現化していくこと。
・「自動化するからこそできる培養方法」を開発していくこと。
この2点が必要だと思います。

このnoteでは、引き続き培養法について考察していきたいと思います。

細胞培養ゲームもよろしく(^_-)-☆