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細胞培養ラボの効率的な運営方針

はじめに

研究者の時間の使い方やラボ運営に、悩んでらっしゃるでしょうか?
私がPIだったのは、もう7年前までになりますので、時代が違うかもしれませんが、まとめると、以下のことをやっていました。

1. 基本的な運営方針

  • デスクワークで済むことは、在宅勤務か、休みを取ってやる。

  • 夏休み、冬休み、5月の連休はしっかり休む。

  • 培養細胞の培養期間は3か月ごとに区切る。

  • 1ヶ月に1度はラボメンバーとは1対1で1時間の時間を取って、ノートを見ながら打ち合わせをする。

  • 打ち合わせで、ラボメンバーと実験計画を合意し、しっかりと実験計画を練ってもらい、スケジュールを組んで実験してもらう。

  • 週末の培地交換は、当番を決めて、ラボメンバー同士助け合うシステムをする。

  • 基本的な試薬の管理、作り方などは、ラボ内でプロトコールを作り、共有する。

  • 週末は実験しない。

  • 培地交換を週末やる担当者は、昼間に行う。

  • 平日も9時以降は実験しない。

2. 海外での経験とその影響

私も、イギリスでの研究生活を経験するまでは、どっぷりと日常すべてが研究時間でした。朝から晩までラボにいて、深夜になることもありました。でも、イギリス・シェフィールド大学に行き、ラボのヒト達の研究する姿を見て、変わりました。

シェフィールド大学では、スタッフも大学院生も夏休みも冬休みも、それぞれしっかり1ヶ月、合計年間2か月間の休みがあります。もちろん、テクニシャンも秘書も事務もそれぞれの都合で休みを取ります。秘書や事務員は、代わりのヒトが来ますが1週間タイムラグがあったりします。そして、そんな場合、引継ぎがないので、その人が仕事に慣れるまで1週間ぐらいは事は進まない。消耗品の注文ができず、実験できないので、休むしかなかったりするのです。

9月に夏休みから帰ってきたら、しばらくは休み中にあった出来事をお互いに披露する日々が続きます。1週間ぐらいは実験なんてそっちのけ。そして、12月初旬には冬休みが来る。

一体彼らはいつ実験するんだろう? そんな事で研究は進むのか?と思っていました。 ところが、進むんですよね。 研究時間は圧倒的に日本人より少ないのに、なぜ彼らは、研究が進むんだろう?

3. 効率的な研究のポイント

それは、様々なポイントがありました。

  • 論文をしっかり読む。

  • 事前にしっかりと実験計画をたてる。

  • 集中して実験する。

  • 無駄な実験はせず、実験を効率的に行う。

4. 具体的な事例

シェフィールド大学には、2005年4月に行きました。サバティカルで1年か、延長できて1年半。その間に、ヒトES細胞の無フィーダー、無血清培養の条件を開発して、特許を出願するというのが、私のタスクでした。その当時は、まだ、誰も無フィーダー・無血清培地は発表されていませんでした。

1年間しかないから、頑張らなくちゃ。 焦りしかなく、4月に着任早々に、みんなからヒトES細胞の培養を学び、試薬をもらって、実験を開始し、まもなくデータが出始め、うまく開発できそうな結果が出てきたので、教授に報告をしました。

当然、結果を喜んでくれると思いました。 ですが、言われたのは、

まず、座って、よく考えろ。

でした。びっくりしてしまいました。 良い結果が出たなら、まずは、その結果を見るのが先決ではないか? しかし、教授は、まず、しっかりと実験計画を練るべきだ、というのです。

もっとも、私の結果をすぐには信じられなかったらしく、実際に結果を見たら、すごい勢いで質問されました(笑)

私は、その時は、内心、若いポスドクじゃないし、座って考えなくても、歩きながら考えられるのよ、と思いました。

しかし、1年いるうちに、その考えは変わりました。

院生やポスドク達は、最初に、ラボに来た時は、全く幹細胞の知識もなく入ってきます。ですが、半年が過ぎると、様々な過去の論文の内容が頭に入っていて、それらの結果を踏まえたロジカルな実験計画が立てられていて、地道に着実に実験し、10カ月ぐらい経った頃には、すでに論文の元となる起案ができているのです。 そして、1ヶ月で論文を書いて、論文投稿し、博士号を取って卒業していきます。 その内容も素晴らしいものばかり。

教授は、23か国が参加するヒト幹細胞の国際プロジェクトをオーガナイズしていました。その中で連携して行う実験は、コアメンバーでしっかりと話し合いをして実験計画をたて、使用する材料を決め、どこから入手するかも決める。これは、国際プロジェクトだからとも思いましたが、ラボのメンバーの実験をする様子を見ると、それが彼のスタイルのようでした。

そして、どんな結果が出ても、論文になるような実験計画を立てる。
実験するために読んだ論文を元に、総説を書く。

なるほど、と思うことばかりでした。
教授も夏休み、冬休みは、たっぷりそれぞれ1ヶ月で、合計2か月休みます。 ですが、休みの半分ぐらいは、共同研究者を自宅に呼び、ディープディスカッションをして、項目だてをして、論文の原稿を書いていました。

笑えるのは、ラボにあるでっかいデスクトップコンピューターを自宅に持って帰えるんですよね。

確かに、PCの使用感が違うと作業効率が下がります。いつも使ってる作業環境を自宅でも再現することは大事かもしれません。

5. 帰国後の実践

様々の学びがあり、無事にヒトES細胞の無フィーダー・無血清培地の開発はでき、特許出願し、帰国しました。

帰国後、3年後に自分のラボを持つことができました。そこで、イギリスでの得た学びを元に、しっかりと休みを取って、論文を読んだり、論文を書いたりしました。 PIがしっかり休むので、ラボメンバーも休みを取りやすかったようです。 週末の培地交換を当番制にして、通常は、週末を休むようにしてもらったことは、ラボメンバー同士のコミュニケーションの促進、スケジュール管理、試薬の管理にもつながりました。 週末にどの培地にどの試薬を入れて、培地交換を頼むのか?間違いなく当番のヒトに伝えられるように、みんな工夫をしていました。また、週末に継代が来ないようにスケジュールするようになり、実験計画を綿密に立てるようになったと思います。

まとめ

若い時は、無我夢中で実験するのが大事だと思っていました。ですが、週末に脳を休めることで、効率性が上がるようになりました。オンオフは大事だと思います。 また、昨今、コンプライアンス上も、深夜の作業は不可だと思います。

私のラボで、週末の培地交換の担当者が、夜遅くに来て、CO2インキュベーターのガラス戸を割ってしまい、手を怪我してしまったことがあり、慌てました。近隣に住んでいるラボメンバーがいて、救急センターに車で連れていってくれるなど、サポートしてくれました。平時は問題ありませんが、こういう事故対応が必要になることもあるので、深夜や休日の作業はできる限り発生しないようスケジュールを組むように、実験計画を立てる必要があると思います。

そのためには、1年間のスケジュールも立てておくことが必要になると思います。 1年の始まりに、参考になれば、幸いです。