ラボにセルバンクを作りませんか?
培養細胞を使って研究しているのあれば、自分たちでセルバンクを作ることをお薦めします。
最初は少し面倒ですが、メリットが沢山あります。
1. 6カ月以上、細胞を継代をしているなら、違う細胞になってるかも?
かつては培養細胞を凍結せずに、ずっと継続的に培養する方が良く、美徳と考えられていた時代もありました。
ですが、近年は、長期間にわたる継続した培養がストレスとなり、細胞の形質が変化したり、ゲノム変異することが懸念されています。
また、作業期間が長くなれば、マイコプラズマなどの微生物の汚染のリスクや、違う細胞がコンタミしてしまう“クロスコンタミネーション”のリスクが増します。
今は、できるだけ長期間培養しない方がいい、と考えられています。
そして、
細胞を入手した後、自分たちで実験するために、セルバンクを作ることが推奨されているのです(1,2)。
2. HeLa細胞問題
ヒト細胞認証試験
多くのジャーナルが論文投稿時に、使った細胞が本当にその名前の通りの細胞かどうかの証明書とマイコプラズマ感染有無の証明書の提出を条件にしています。
論文投稿するために、細胞の同定検査をしてみたら、違う細胞だった!
という話は、実は良くあるのです。私は公的セルバンクの運営を行っていましたので、この問題は切実でした。
実際、私が大学院生の時に使っていたヒト唾液腺癌由来の細胞HSG, HSYは、近年の解析で、HeLa細胞だったことが判明しています(´;ω;`)ウゥゥHSG, HSYを分化させる条件で培養したら、アミラーゼを検出できたんですけどね~。
シングルセル解析をしたわけではないので、すべての細胞がHeLaだったのでははないと信じたいです。ですが、目下、使用できない細胞株となっています。
細胞のクロスコンタミネーション
初めて報告されたのは、1967年でした。Stanley Gartler博士が、HeLa細胞が、他の細胞にコンタミしていることを発表しました(3)。
Gartler博士は、1965年に、グルコース-6-リン酸デヒドロゲナーゼ(G6PD)はの電気泳動変異体について研究していました (4)。そして、ヒト細胞株のG6PDおよびホスホグルコムターゼ(PGM)の電気泳動多型のアイソザイム分析法をしたところ、19のヒト細胞株に明らかにHeLa細胞が混入していることが明らかになったのです。
ですが、多くの研究者は、 Gartler博士の報告を問題視しませんでした。
ウォルター・ネルソン=リース博士が、その重要性を認識して、再検査したところ、多くの細胞株に、HeLa細胞がコンタミしていることがわかりました(5,6,7)
今でもHeLa細胞のコンタミネーションは発見され続けています。
もちろん、HeLa細胞以外にも、多くの細胞がクロスコンタミネーションしています。かつて広く使用されていた有名な細胞も、クロスコンタミネーションしいたというものもあります。ラボで古くからストックされている細胞があれば、一度、検査した方が良いと思います。
英語版のウィッキペディアには、クロスコンタミネーションの細胞リストが掲載されています。
https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_contaminated_cell_lines
2012年に、国際細胞株認証委員会International Cell Line Authentication Committee(ILAC)が設立され、クロスコンタミネーションされた細胞株や誤認された細胞株の登録簿と、認証テストのリソースの Web サイトを維持しています。
ICLAC の誤認細胞株登録簿には、世界中の研究室や細胞株保管庫の作業から生じた 400 種類を超える既知の偽細胞株がリストされています。
3. 細胞培養を何ヶ月も継続して行うのは、止めましょう
細胞培養を何ヶ月も継続して行うのはよくありません。
細胞が増殖中に遺伝子や表現型が変化する可能性があります。
そして、ヒトの作業には、ミスはつきものです。
うっかり別の細胞と混ぜたり、バクテリアをコンタミさせたり、培地交換を怠って細胞を死なせてしまったり。一度や二度は、細胞培養をしていると経験してませんか?
そんな時、細胞ストックから解凍しますよね。
でも、その細胞ストックは、本物ですか?
4. セルバンクって、何?
セルバンクの意味、お分かりいただけたでしょうか?
セルバンクというと、ATCC、理研、ECACC、JCRBなどの、セルバンクを思い浮かべるかもしれません。
ですが、細胞のストックのことも、セルバンクと言います(8)。
そして、細胞ストックを作る一連の作業をセルバンク化すると言います。
医薬品を製造するために定義された言葉ですが、研究開発の現場でも、同様にこれらの言葉を使います。
医薬審第八七三号には、下記のような内容が記載されています。
セル・バンク(Cell Bank)
均一な組成の内容物をそれぞれに含む相当数の容器を集めた状態で、一定の条件下で保存しているものである。個々の容器には、単一の細胞プールから分注された細胞が含まれている。
マスター・セル・バンク(MCB)(Master Cell Bank)
単一の細胞プールからの分注液で、一般的には、選択されたクローン細胞株から一定の方法で調製され、複数の容器(アンプルやバイアル)に分注され、一定の条件下で保存される。
ワーキング・セル・バンク(WCB)(Working Cell Bank)
WCBは、MCBから一定の条件で培養して得られる均一な細胞懸濁液を分注して調製される。
5. 学習用のノベル・ゲームを作りました
学習用ゲーム
細胞を入手したら、すぐに実験に使うのではなく、できるだけすぐに細胞ストックを作ってセルバンク化し、いつでも元の細胞に戻れるようにしておくと、実験計画を立てやすくなると思います。
具体的な例をご紹介するために、ノベル・ゲームを作りました。
是非、下記にアクセスして、ノベルゲームをやってみていただけると嬉しいです!
↓↓↓↓↓ ”ワーキング・セルバンクを作ろう” ↓↓↓↓↓
☆株式会社じほうから「はじめての細胞培養」が出版されます。
https://www.jiho.co.jp/products/56396
PHRAM TECH JAPANで連載していたものをまとめたものです。
培養初心者の方だけでなく、培養経験者の方にも是非、お読みいただきたい内容になっています。
今回の話は、本の中の下記の項も参考になると思います。
普段使いのために、細胞ストックを作成しよう
コンタミしないための七か条
リスクマネージメントな培地交換
皆様の研究が、うまくいきますように!
参考文献
(1) Inamdar MS, Healy L, Sinha A, Stacey G. Global solutions to the challenges of setting up and managing a stem cell laboratory. Stem Cell Rev Rep. 2012 Sep;8(3):830-43. doi: 10.1007/s12015-011-9326-7. PMID: 22038333; PMCID: PMC3412080.
(2) Geraghty RJ, Capes-Davis A, Davis JM, Downward J, Freshney RI, Knezevic I, Lovell-Badge R, Masters JR, Meredith J, Stacey GN, Thraves P, Vias M; Cancer Research UK. Guidelines for the use of cell lines in biomedical research. Br J Cancer. 2014 Sep 9;111(6):1021-46. doi: 10.1038/bjc.2014.166. Epub 2014 Aug 12. PMID: 25117809; PMCID: PMC4453835.
(3) Gartler SM. Genetic markers as tracers in cell culture. Natl Cancer Inst Monogr. 1967 Sep;26:167-95. PMID: 4864103.
(4) LINDER D, GARTLER SM. DISTRIBUTION OF GLUCOSE-6-PHOSPHATE DEHYDROGENASE ELECTROPHORETIC VARIANTS IN DIFFERENT TISSUES OF HETEROZYGOTES. Am J Hum Genet. 1965 May;17(3):212-20. PMID: 14295491; PMCID: PMC1932600.
(5) Nelson-Rees WA, Daniels DW, Flandermeyer RR. Cross-contamination of cells in culture. Science. 1981 Apr 24;212(4493):446-52. doi: 10.1126/science.6451928. PMID: 6451928.
(6) WALTER NELSON-REES WINS LIFETIME ACHIEVEMENT AWARD. https://www.sivb.org/InVitroReport/issue-39-1-january-march-2005/lifetime-achievement-award/
(7) Henrietta Lacks, HeLa Cells, and Cell Culture Contamination. Arch Pathol Lab Med (2009) 133 (9): 1463–1467.https://doi.org/10.5858/133.9.1463
(8) 医薬審第八七三号「生物薬品(バイオテクノロジー応用医薬品/生物起源由来医薬品)製造用細胞基剤の由来、調製及び特性解析」https://www.pmda.go.jp/files/000156150.pdf