湯シャンはじめました。
冷やし中華始めました。のイントネーションで脳内で再生されます。
これまで、数回挑戦しては、挫折してを繰り返して、何回目かの湯シャンチャレンジ。
前に始めた理由は、身体に良さそうだから〜なんとなくしてみよう。ぐらいの軽い気持ちでした。
今回は、何故人は働くのか?のanswerとして、生きるため。とした時、純粋な生きる意外にお金をかける箇所が他人軸だなぁと感じたから。衣食住が生きる基本とした時のストレス発散のための行動とか。
昔、なんかの本で女が化粧をするのは、他人の為。他人に不快感を与えないよう、化粧をして、着飾るのだ。自分の為じゃないのよ。的な文章を読んだことがあった。
社会で、他人と共存していく上である程度、他人の目線を気にするのは仕方がないとは思う。スッ裸で外に出ないとかね。でも、好きな服ではなく、不快感を与えない服。肌がボロボロでも不快感を与えない化粧。って、なんなん?
歳を重ね、白髪が目立ち、カラーリングをしていたのも、他人から目線を考え、社会に適応するのが一番の理由。若い頃の茶髪に憧れるのとは、目的が異なる。カラーリングは、その時は綺麗になり、嬉しいが、時間と共に喜びも感動も薄れる。そりゃあ、軸が自分にないからそうなりやすい。
シャンプーは、臭いとか言われないようしている部分が大きく、他人の事が自分よりも先にくる。シャンプー液は自分の好きな物を選ぶから、そこは自分が先だけどね。
数年前から、タモリさんや福山さんの話を聞いて、身体を石鹸などで洗わないようにしている。それで、困ったことにはならず、逆に乾燥で皮膚トラブルを起こしてたのが、改善されて良かった。感染対策は別です。そこから、派生して、シャンプーの必要性を考え、検索してみると、湯シャンでも、髪は臭くならず、見た目には大差がないようだと思った。
シャンプーなどの髪に掛かる費用を考えてみても、要らないならその分他に回せる。
そこで、自分はシャンプーが、したいのか?と問うと、好奇心からの湯シャンの結果が見てみたい。シャンプーしなくていいなら、今後の生き方の幅が広がる。買い忘れなどのストレスが減る。
それなら、また挑戦してみて、駄目なら戻ればいっかと軽い気持ちで始めてみた。自分の好きを選ぶためにやり始めた。
湯シャンを始めて、3週間程度経った。最初は皮脂で、オイリーな感じがあったけど、余分な皮脂が分泌されなくなり、オイリー感が減っている。夏季ではないため、臭いは気にならない。
文章として、纏まっておらず、伝えたい事が上手く伝えられてない気がします。拙い文章で、ごめんなさい。一面だけみて、考えて行動したのではなく、色んな角度から考えて始めたのが伝わるよう書きたかったのですが、文章力不足です。