永い夢の終わりに 自遊空間・ろさ 帰天の日

 時の流れとは非情なもので、今日を以て2022年度は終わりを告げる。
 同時に、多数のバーチャルの命が画面の向こうに霧消していった。ある者はより輝ける世界を求めて旅立ち、またある者は残酷なリアルに押し潰され────バーチャル世界とて諸行無常の理から逃れられないことを身に沁みて思い知らされる季節である。

 自遊空間公式VTuber・ろさ。彼もまた、今日、バーチャルの世を辞した。彼が最期に語る言の葉の一片を残したくて、ペンを執らずにはいられなかった。本稿は、彼の最終配信のスナップショットである。

 冒頭、これまでのろさスタに無かった「提供」があった。これはチャンネル開設以来スーパーチャット、メンバーシップ等により金銭支援をした者の全てだという。いよいよ今日が最終章であると思わせる、重い一枚であった。

 いつもとは逆の画面右側に立つろさ。実は自分がゲストの側に立つという構想は開始半年からあったという。長年の悲願を最後に叶えられて良かった。

 活動開始は2020年7月26日。今では信じ難いが、初期のろさスタは綿密に台本を練り、それでも緊張で汗が流れたという。979日の日々を駆け抜け、今日ゴールを迎える心境は如何ばかりか。

 VTuberを始めた理由は「会社命令」、こんなことを言うVが企業公式Vにすらそういるかどうか。当時は店内清掃中、社用携帯に突如着電した電話でVTuber業務をせよとの命令が下り、1時間半かけて説き伏せられたという。本人にとっては青天の霹靂であっただろうが、今振り返れば自遊空間本社は聡明であった。

 超一流絵師、美和野らぐの手がけたこの傾城の美少年に出会える日が来ることはもうない。

 Quality is never an accident(上質は偶然に成らず)────彼はそれを体現した。

 VTuberになったことは人生最大の成功でもあり失敗でもあるという。歴史にifはないが、ろさというVTuberが無かったら、彼自身は、バーチャル世界はどう違っていたのだろうか。

 「表立って」という一語を差し挟んだ意味を彼はこう語っている。
 「こういうとき必ず『陰ながら応援していました』という人が出てくる。気持ちは解るが応援される側は感知できないので応援になっていない。表立って応援してくれた人は忘れないが陰ながら応援してた人は覚えられない」
 今バーチャル世界を観測する我々にも突き刺さるのではないだろうか。

 番組後半は視聴者からの投書コーナー。一発目には自空本部のカラおじ!デビュー当初、Tシャツのみの姿で配信させていたことを気に病んでいたらしい。

 一番印象に残ったVは成田なる。ろさと同様トークが強烈だったという。才有る者にはやはり才有る者が惹かれあうのであろう。
 ろさスタ史上記憶に残ったエピソードは虎落もがりぶえコーラ便器破壊事件新田しんだらいむ旅先食い過ぎ寝ゲロ事件という。同じ経験を一生のうちにする人間はこの世にいないほうに賭けてもよいぐらいの個性的なエピソードだ。

 ろさがやり遂げたと感じる配信は「アザミ推し」アザミのファンであるVを集めてオタクトークをアザミ本人に聴かせるという企画。推しを語る姿を推しに見てもらうというオタクの究極の願いを職権で叶えてしまったろさの行動力には惜しみない賛辞を浴びせるしかない。

 ろさにとってのバーチャル世界とは……仕事。
 これまでの配信で幾千回と語られたことではあるが、最後まで彼のスタンスは一貫していた。彼は「VTuberであること」に対して適度に心理的距離を取り続けていた。ロールプレイはほぼなく、素の人格をさらけ出し、VTuber活動はどんなに楽しくともあくまで「会社の命令によってやっている」「業務の一環」というスタンス。その飄々とした姿に私は惹かれたのだ、それを思い出した。

 最後に、引退にあたってのメッセージは「チャンネルの定期更新は今日が最後となりますが、これからもろさを、自遊空間をよろしくお願いします」とあっさりとしたものであった。
 彼は引退の後、自遊空間のVTuber企画担当としてバーチャル世界を観測する立場として存在し続けるという。ならば、VTuberという肩書があるかないかは大きな問題ではない、そういうことであろうか。だとすれば、実に彼らしいと感じた。
 配信者として一線を退いてなお、自らの知見と経験という灯りを以て人類文化の行く末を照らす彼に、最大限の祝福が与えられんことを祈る。


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