騙そうとするグラフに騙されないスキル
グラフは便利なツールですが,人を騙す情報にもなり得ます。統計学の基礎の授業で,グラフの作成方法を教えることがあります。たんに作り方を覚えてもらうだけでなく,メディア・リテラシーと関連させて,グラフを見るときの注意点についても話しています。今回は,騙そうとするグラフに騙されないスキルについて書きます。
グラフは何のためにあるのか
一般に,得られたデータをそのまま示すと,数字の羅列だけになってしまい,情報として伝わりにくくなります。そこで,視覚的にわかりやすくするためにグラフが用いられます。グラフは自分の考えていることを伝えるための有効な手段だといえます。
グラフには,棒グラフ,折れ線グラフ,円グラフ,帯グラフなど,いろいろな種類があります。それぞれのグラフにはメリットとデメリットがあるため,適切なものを選ぶ必要があります。
時系列的な変化を示したい場合には折れ線グラフ,量の大小の比較を示したい場合には棒グラフ,2つの変数の相関を見たい場合には散布図といったように,状況に応じて使用すべきグラフというものはだいたい決まっています。
鵜呑みにせずに考えられるスキル
テレビやウェブ上の記事でたまに登場するのが,わかりやすく伝えるためのグラフではなく,伝えたい内容のために意図的に作成されたグラフです。このようなグラフは,情報を正しく伝えるものではなく,むしろ人を騙すものだといえます。
メディアから受け取る情報を批判的に捉えるスキルとしてのメディア・リテラシーの重要な構成要素のひとつが,騙そうとするグラフに騙されないことだと思われます。受け取ったグラフの情報を鵜呑みにせず,「このグラフってちょっとおかしくないか?」と気づくことができれば,騙されずに正しく情報を解釈することができます。「批判的に捉える」というのは,何でも疑って信じないということではなく,論理的におかしい点を指摘したうえで信じないことに決めたり,そのような点について作り手に質問できたりする,ということです。似たようなことがよくいわれていると思いますが,このようなスキルは今後ますます重要になってくると思われます。
グラフの縦軸に注意
ここから架空のデータを用いて,具体的に見ていきたいと思います。最も有名なのが,縦軸を意図的に操作したグラフでしょう。ここでは,仮に架空の塾である「エリート塾」が広告で,夏季講習後の偏差値のデータを折れ線グラフで示してきたとします。
架空のデータを以下に示します。塾の講習に通っていた生徒と学校が行っていた講習に通っていた生徒の偏差値(平均)の変化を表にしたものです。
表1 夏季講習後の偏差値の変化
広告に載っていたグラフが以下のようなものだったとしましょう。9月の試験で大幅に成績アップしたように見えます。これは縦軸の値の幅を意図的に小さくしているという例です。
図1 エリート塾の広告
実際には偏差値で1しか差がありません。次に,縦軸の最小値を0,最大値を60にしてグラフを作成してみます。
図2 偏差値の変化
図1と図2の両方とも,同じデータをもとに作成された折れ線グラフです。異なるのは縦軸の値の幅だけですが,グラフの形がまったく違います。同じデータでも縦軸を操作することによって,外見をまったく異なるものに変えてしまうことができるというわけです。正しい見方としては,どちらの講習に通っていた生徒も成績がアップしていて,その差はほとんどないというものでしょう。
縦軸がおかしいグラフは,探してみるとたくさん見つかります。いかにも変化があるように見せるために縦軸を操作するということが,実際にたくさん行われています。なお,横軸が意図的に操作されたものもあります。
3Dグラフは正しい情報を伝えるものではない
有名なもうひとつの話が,3Dグラフです。同じデータをもとに,「エリート塾」のみの偏差値の変化を3Dグラフで作成してみます。図1よりも大幅に成績が上がっているように見えることと思います。これは9月の値が大きく見えるためです。
これはExcelを使って即席で作成したものです。おそらく,頑張れば(悪い意味で)もっと芸術的なものができると思います。
図3 3Dグラフ
3Dグラフは情報を正しく伝えるものではないといえます。まともな専門家であれば,3Dグラフを決して使わないでしょう。逆に,3Dグラフを使って説明している人がいたら,何らかの意図があると思ったほうがよいかもしれません。探してみるのは面白いですが,使うことをオススメすることはできません。
グラフはデータをわかりやすく伝えるためにあるのであって,意図的に歪曲して伝えるためのものではありません。騙すための基本的なパターンはいくつか知られていて,学習することで騙されなくなるはずです。騙そうとするグラフに騙されないスキルはけっこう大切だと思います。
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