なぜベトナムでも金密輸が行われるのか?その社会背景を探ることで見えてくる事とは!
近年日本で問題となっている金の密輸入。実は2020年、こんなニュースがベトナムでも報じられていることを知っている日本人は少ないだろう。
51kgもの金(ゴールド)がベトナムへ密輸され、3名が逮捕され2人は逃亡し指名手配、15箇所で家宅捜索されたという事件。
なぜベトナムでも金密輸が行われているのか?金密輸が非合法ビジネスとして成り立ってしまう=犯罪者が儲かってしまうのか?このことを調べると日本とは全く異なる社会背景が見えてきた。
1. 日本での金密輸が行われる理由は消費税
まず日本で金密輸が行われているのには、日本の消費税が関係している。日本で金地金を購入する際は、消費税(10%)をプラスして払って購入し、売却するときは消費税分が売却価格にプラスされて現金が戻ってくる。
一方で海外には、金に消費税がかからない国があるのでそこで購入し、日本に密輸して売却すれば、購入価格と売却価格の差額や為替手数料、輸送費用などが発生するものの、理論上10%分は儲けが出ることになる。
2019年1月に香港の某所で見つけた看板
金高騰に伴いは2020年12月現在1kgの延べ棒で約600万円超にもなるので、1kgあたり60万円、10kgで600万円の差益を生む。
さらに金を輸出すると消費分(10%)が還付されるため、もし輸出業者がグルであれば、計20%分もの差益がでることになる。もちろんこれは日本での違法行為だ。
2. ベトナムではゴールドバー(金延べ棒)に消費税がかからない
ではベトナムでも同じ理由で金密輸が行われているのであろうか?ベトナムのVAT(value-added tax )の税率は、商品によって異なるが通常は日本の消費税と同じ10%。しかし、宝飾品として加工されていないゴールドバーには、VATはかからないとある。以下、英語で書かれたVATルールにも
Non-taxable Products : Gold under the forms of bar and ingot;
とある。ではベトナムでは何が原因で密輸が発生するのか?金の価格を見てみよう。
3. 現在ベトナムの金(ゴールド)価格は、世界より割高である
金の国際価格は、世界で最も多く取引されている基軸通貨である米ドルにて、1トロイオンス(Troy ounce、31.1034768g、以下tozで表記)当りの価格を表示するのが世界標準となる。
例えばネットジャパン社のサイトによると、2020年12月25日(金)の国際価格は、1toz=1883.20ドル(1g=60.5463ドル)で、為替が1ドル=103.64/66円とあり、計算上1g=6,276円ほど。そこにこの会社の手数料が販売と買取それぞれに加算されてることから、税抜き販売価格6,305円、 税抜き買取価格6,210円となる。よって日本での価格には、業者の手数料と消費税が乗っているものの国際価格であることがわかる。(この会社のサイト内では、買取価格は(税込)、販売価格(税抜)のため、上記は税抜きに統一している)
なお、この記事を書いている2020年12月26日(土)の午後では、アメリカにおいて1toz=1,866.65ドル、1g=60.01ドルであった。次にベトナムの小売価格を見る。
ベトナムで有名なSJCゴールドバーの同じ日の価格(ホーチミン)は、販売価格55,800,000ドン、買取価格55,300,000ドンである。また同サイトに掲載されている為替レートは、購入1ドル=23,010ドン、販売1ドル=23,220ドンだ。しかしベトナムでの取引単位は1テール(Tael、37.429g)であることに注意が必要だ。為替は中間値である仲値(1USD=23,115ドン)を使い、テールを1gあたりのドル建てに置き換えると、買取価格63.92ドル、販売価格64.50ドルとなる。
買取価格と販売価格の中間である64.21ドルが、手数料の入っていないベトナムにおける1gの金価格と考えられるので、現在ベトナムでは1gあたり国際価格より7%、約4.2ドル割高な価格が形成されていることがわかる。
これは一時的な乖離であろうか?調べてみるとそんなことはないことが分かかる。例えば以下はベトナムのメディアに掲載されていた、2020年3月1日~3月18日の国際金価格(赤線)とベトナムにおける販売価格(灰色線)と買取価格(オレンジ線)の推移だ。単位は、1テール当たりでかつ百万ドン。
国際価格がベトナムでの販売価格と小売価格の間に入っている時期=国際価格と連動した時期もあるが、乖離している時期のほうが長い。2020年3月20日の報道では、1テール当たり450万ドン(現レートで約2万円超)も乖離していると報じられており、過去には1テール当たり500万~600万といった乖離の時期もあった。(現在の乖離は1テール300万ドンほどだ)
このベトナムにおける割高な金価格こそが、密輸という犯罪を引き起こす要因であることがわかる。
4. 金密輸がどのくらいの利益を生むのか試算してみた
今回51kgの金密輸は、ベトナムのアンザン省で摘発されている。ここは地図を見てわかる通り、カンボジアとの国境に面した場所である。
そう、密輸は非常に長い国境線を接するカンボジアから行われていることが多いであろう。では犯罪集団がカンボジアから金を密輸する場合、いったいどのくらいの収益を生むのであろうか試算してみる。
カンボジアの金価格は、2020年12月26日土曜日の午前7時(グリニッジ標準時)で1g=242,557.25リエルであり、また同サイト内に1米ドル= 4,031.90リエルとあるので、1g=60.16ドルとなり国際価格と同じと考えてよいだろう。
また同じサイト内には、都市別の価格もありプノンペンの場合、1toz=7,551,082リエルとある。カンボジアでは米ドルが日常生活で幅広く利用されているのでドルのまま金を購入できると考えられるが、一応ドルからリエルに両替して金を購入したと仮定してみる。本日(12月26日)カンボジアの銀行が提示するドルからリエルへの現金両替レートは、1ドル=4,037リエル。すると1gあたりの購入価格は60.14ドルとなる。
カンボジアのゴールドショップ
現在コロナで行き来は止まっているが、プノンペンからホーチミンへは国際バスで片道10ドル(5~6時間)で移動できる距離だ。
これを購入した日のうちに国境を越えベトナムに持ち込み1テール55,300,000ドンで売りさばけて1ドル=23,220ドンでドルに再両替できた場合、結果的に1g=63.63ドルで売却できたことになる。その差額は1g当たり3.49ドル、1kgの延べ棒1本で3,492ドル(約37万円)、51kgなら178,091ドル(約1,845万円)もの差益を生むことになる計算だ。
現在の1テール当たりの差は300万ドンほどなので、国際価格との差がより大きい時期ほど上記差益は増えるだろう。もっとも後述するとおり、そのままでは売れないため、その分は割り引いて考える必要があるが。
なお上記行為はベトナムで犯罪となるため、決してマネをしないようご注意いただきたい。
5. なぜベトナムでは割高な金価格なのか?
全く同じものが場所によって価格が異なる場合、通常「裁定取引(Arbitrage)」が働き、その価格差は収れんするはずである。ではなぜベトナムでは合法的にそうならないのだろうか。
2020年11月25日のベトナムメディアによる報道によると、2012年に発行された政令24号が制定されて以降、国営銀行が企業に対して金地金の輸入を許可しておらず、また2013年末以降現在まで国営銀行による金の入札も停止しているとある。
また2012年10月26日のベトナムメディアでの報道によると、密輸防止のためSJCのマークを独占的に金へ刻印し、その刻印があるものだけを取引できるとしている。しかし同時期の別報道記事では、他国から密輸された金に、SJCのロゴが違法に刻印されて市場で販売されていたとも報じられている。今回の密輸金もそのように偽造してさばく予定だったのではないだろうか。
2014年3月29日のベトナムメディアによる報道では、金市場に対する統制を強化するために、中央銀行はベトナム人と外国人が金の延べ棒といった地金をベトナム国内に持ち込むことを禁止した。金の宝飾品や装飾用といった金製品を持参することは可能であるものの、金の総重量が300グラムを超える場合は税関で申告する必要があり、他国への移住の場合の持ち出しの場合も1キログラムを超える場合は国営銀行に免許の申請が必要で、300グラムを超える場合は税関で申告する必要があるというルールも制定されている。
ベトナム中央銀行のサイトを見ると金取引にはライセンスが必要であることが書かれており、国の厳格な管理下、規制下にあることがわかる。
以上からベトナムの金市場は閉じたマーケットであり、ベトナム国内で需要が高まっても国外から十分に供給されない、国際的な裁定取引が成り立たない市場であることが推測できる。これが供給面での理由ではないだろうか。
6. ベトナム人のマネーが金に向かう理由
もう一方の需要面を見てみよう。ベトナムはここ最近でこそ4%ほどのインフレ率に抑えられているものの、わずか10年前の2011年は18.68%、2008年には23.12%ものインフレ率を経験している。さらにドイモイ開始直後では、
1986年:453.54%、1987年:360.36%、1988年:374.35% 世界銀行より
といった凄まじいインフレを経験している。つまりある程度金融資産を持っている年配の人達の間では、インフレによる自国通貨ドンの価値減少(対米ドルでの通貨切り下げ)を、自らの体感値として知っていることになる。そしてここ20年のドル建て金価格の上昇と相まって、金がインフレヘッジ手段として有効であるという認識も持っているのだろう。
またベトナムでは、国の規制もあって個人が自由に国外の金融商品(外国株式や債券)に対して投資できないため、資産運用はベトナム国内の金融商品に向かわざるを得ない。主な選択肢は、ベトナムの株式(投信含む)、定期預金、債券、保険、不動産・・・そして金(ゴールド)。
株式は証券口座を開く必要があり、銘柄の選定など比較的ハードルが高い商品だ。固定利回りの定期預金や債券、保険だとインフレ負けするリスクもある。不動産は1件あたりの投資金額が高い。一方で金製品ならベトナム中にお店があり、任意のタイミングですぐに売買でき商品(重量)によっては比較的少額でも投資でき宝飾品にもなる。何よりも長期でみてドン建ての価格は、上がってきた実績がある。これがベトナムにおいて需要面で金(ゴールド)に資金が流れ込む理由ではないだろうか。
7. ベトナム経済の転換点において「金解禁」は起こるのか?
過去ベトナムを苦しめてきた通貨の下落(対ドルでの下落)という状況は変わりつつある。その理由は、近年貿易黒字を稼げるようになったからだ。事実下記のように為替レートも安定している。
過去5年の対米ドル為替レート。2018年頃からトレンドが変化
現状、貿易で稼いだ外貨を政府が買い入れているが、これが2020年12月のアメリカによる為替操作国指定の1要因(ネット外貨購入が過去1年以内に6か月以上行われかつGDPの2%の規模であることの条件に抵触)となっており、今後この(政府機関が外貨を買う)は取りづらくなるのではないだろうか。
かつて金(ゴールド)の輸入を大きく制限した理由の1つには、国外からの金の購入による外貨の流出阻止(それに伴うドン安阻止)という面があったはずだ。
現在は当時と逆の状況である以上、国外からの金購入を認めることで、政府による外貨買いではなく民間の取引という形で通貨高圧力を緩和する(外貨を使うことでドン安要因)、そんな選択肢も出てくるのではないだろうかと思う。
そしてベトナムでそのような「金解禁」が起きたとき、ベトナム経済の転換を象徴するような出来事として人々に認識されるのではないだろうか・・・そんなことを考え今回これを書いてみた。
8. ベトナム現地情報を動画付きで発信中
なお本記事について、調べて書いてはいるものの何か間違えがあった場合はご容赦いただきたい。
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