物語化されやすい人生
昨晩、タカシくんから着信があった。
タカシくんは、ひょんなことから知り合った同郷の友人である。
絶対に妻子持ちなのに、私が「結婚しとるやろ」と詰めても「してない」とはぐらかす。
妻子持ちであることに私が勘づいて以降は一度も会っていないのだが、興味関心が似通っているので、よく電話をする。
しかし一回通話しようものなら、たいてい2時間コースになるので、早く寝たかった昨日、私は意図的に電話を無視した。
すると今朝、タカシくんからメールがきていて、「サキさんの話を書いた小説がさ、文学賞で佳作に入選したんよ。担当さんもついて出版に向けて動くから。」
・・・・・・
話は数ヶ月前にさかのぼる。
「小説書かない?」と、タカシくんから突然連絡があった。
タカシくんは一年くらい前にも突然「絵を描かない?」と提案してきたことがあったので、私は「またか」と思い、三日坊主な自分の特性を理解した上で、「ううん、書かない」と即答した。
タカシくんは少し残念そうに「そっか」と言うと、自分はもともと小説家になりたかったのだと語り出した。
しかし現実的に小説家として生計を立てることを考えると、小説家としてデビューすることはもとより、本を書いて食べていくことができるようになるのは極めて低い確率であることが分かったと言う。
それよりは社長になるほうが現実的だと考えたタカシくんは、一念発起して起業した。
会社はそこそこ成功を収めたものの、小説家になる夢を諦められなかったタカシくんは、会社の経営が軌道に乗った今、10年ぶりに筆をとることにしたらしい。
いろんなテーマで作品を書くうちに、タカシくんは私の離婚騒動が面白いと思ったらしく、ことの詳細を根掘り葉掘り聞いてきた。
私も馬鹿正直に聞かれたことに答えた。
「サキさんの辛い思い出を浄化しちゃるけん…!」とタカシくんは言った。
「浄化されるかどうかは、作品の出来次第やろ」と私は言った。
そうこうしているうちに物語は完成し、小説としての体裁が整った。
そしてタカシくんは私の了承を得ぬままに作品を文学賞に応募し、あろうことか入選してしまったというのがことの顛末である。
いやいやいや…
そんなことある?
私の人生の汚点が、どこかの文学誌に載るらしい。
まさか本当に入選するとは。やってくれたなタカシくん。
そういえば、と、私はふと幼少期のことを思い出した。
じつは、私が物語の主人公になったのは今回が初めてではない。
小学校5年生の頃、私は校長先生が作った物語の主人公になったのだ。
幼少期の私は、今の私からは考えられないほど活発で、小学校から帰ったら海へ山へ川へ畑へ行き、村中を走り回って遊んでいた。
ばあちゃんの畑で秘密基地を作って遊んでいた際、探検に行った裏山でフクロウの巣を見つけた私は、巣の中の可愛らしいヒナに心を奪われた。
調子に乗ってヒナを触っていた私は、腹を立てた親鳥に背後から襲撃され、その鋭い爪で背中を見事に切り裂かれたのであった。
驚いた私は山から転がり落ちて、泣きながら家へ帰ったらしい。
破れたTシャツに泥と落ち葉をつけて帰ってきた娘を見た両親は、「あんた馬鹿やないと」と呆れ果てたという。
フクロウに襲われた馬鹿娘の話は、小さな村に瞬く間に広まり、ついには校長先生の耳に届いた。
絵本作家になりたかったという校長先生は、その話を『良太の春』という絵本にして、全校集会(といっても生徒は15人)で音読した。
「これ、サキちゃんの話やん!!!」と、子どもたちは大盛り上がりで、一躍私は学校のヒーローになった。
・・・・・・
回想終了。
なんだろう。
物語にできる程度に面白い人生を歩んでいるということだろうか。
タカシくんはこれから担当さんといっしょに文章の校正作業に入るという。
頼むから掲載前に私の承認を得てくれと強く思った。