薔薇香る午後、中世の回廊
NYでおすすめの場所はと聞かれたら、絶対にここはあげておきたい、大好きなThe Met Cloisters に久しぶりに行きました。
クロイスターズ、NYの誇る美術館メトロポリタン(The MET)の別館です。ちょっと移動に時間がかかりますが、同じ日なら入場料は共通ですから、季節のいい頃にはぜひ足を運んでいただきたい。ただ、こちらも夕方の5時には終わってしまいますから、先にクロイスターズを訪れてからMETに戻るという方法がいいかもしれません(METが9時までオープンの金土などに)。
The Met Cloisters 詳しくはこちら→☆
ハドソン川を望む丘陵地にあるクロイスターズは、中世ヨーロッパの修道院を模して作られています。その荘厳な佇まいには身が引き締まるような思いがする一方で、中世にタイムトリップしてしまったかのような高揚感も味わえます。収蔵されているのはもちろん、ロマネスク・ゴシック様式などの中世美術(建築も含め)。
ステンドグラスもたくさんあります。館内が美術品保存のためにかなり暗く設定されていることもあって、光の神々しさがより際立つような気がします。こちらはゴシック礼拝堂。クロイスターズ、実は人が少ない穴場ですから、静かで贅沢な時間にたっぷりと浸れます。この日、礼拝堂内では彫像の修復作業中でした。そんな様子が間近で見られたりするのもなかなか楽しいものです。
クリュニー中世美術館の所蔵作品、6枚の連作タピスリー『貴婦人と一角獣』が言葉では言い表せないほど好きな私。日本一時帰国時に、大阪で開かれていた展示にはもちろん行きました(帰国予定をそこに強引に合わせたともいう、笑)。特に「聴覚」が好きで、額に入れて自分の部屋に飾っているのですが、クロイスターズにも対にもなるような、有名なユニコーンの連作タペストリー(7枚)があるのです。
けれどこの図柄、見る人は多分驚かされると思います。なぜなら、ここではユニコーンが狩られているからです。シリーズのタイトルも " The Hunt of the Unicorn " 。ユニコーンは追いつめられて血を流し、殺されてしまいます。私も始めて見たときはショックでした。
でもこれには色々と裏があります。見たままがすべてではないということ。まず、連作といわれていますが、私が大好きな” The Unicorn in Captivity " (下の写真)ともう1枚が古く、その他は少し時代が後になってから加えられたもののようです。残り5枚の図柄に取り入れられた遠近法でそれがわかります(それらはルネサンス期と思われます)。そう、7枚での物語の展開はあとで作られたものなのです。
追加された5枚の血なまぐさいシーンは、キリストの受難を表しているものであるとも考えられますし、よくよく見れば狩りのシーンも、当時の流行の最先端(ファッションなども含む)を描いたものだったりもします。これらは結婚のお祝い品であるという説もあり、残酷さをテーマにしているわけではないことがお分かり頂けると思います。
ユニコーンはキリストの受難や受胎告知、宮廷的恋愛のシンボル。" The Unicorn in Captivity " も、死んだユニコーンが復活するシーンというシリーズ7枚目の役割を担っていますが、どうやら本来は愛がテーマのようです。真っ白い肌に赤いシミが数点あり、まるで刺されて血を流しているかのように見えますが、そうではありません。これはユニコーンの上にあるザクロの実から汁が滴ったものだと解釈されています。
そう、このタペストリーの中には季節にこだわらず多くの植物や果物、昆虫などが散りばめられているのです。1枚の中に夢をすべて詰め込んだというべきでしょうか。楽園(大切な愛)を閉じ込めたい、そんな願望が形になったものだともいえるでしょう。シリーズではキリスト復活のイメージとして使われていますが、私的にはこれは、大切に守りたい究極の愛であり、夢である説を取りたいところです。
しかし何度来ても、やっぱりこのタペストリーの前に長い時間佇んでしまいます。クリュニーのものと同じ(しかし地色は対照的な反対色の濃緑)ミル・フルールを隅から隅までじっくり鑑賞。実に細かく、美しいです。そしてこの平面さが、中世の特徴でもあったりします。
帰り際、新たに大判のポストカードを購入し、ここに自分の夢も一緒に詰め込んでおこうと考えて、早速それを、仕事用の手帳にはさんだことは言うまでもありません(笑)。
そしてクロイスターズと言えば中庭です。クロイスター=回廊ですから。これはサン=ミシェル=ド=クシャから運ばれてきたもの。ここには比較的新しい植物が植えられていますが、この春はチューリップが満開で賛否両論だったとか。中世の修道院の中庭といえば、慎ましやかで清楚なものをイメージしてしまうのかもしれませんね。
それでも一番中庭らしいこの庭、静かな回廊から庭は、瞑想の時間にぴったり。ここには時間の流れを忘れさせてくれる力があるように思われます。その名の通り、クロイスターズ最大の魅力に違いありません。
さて、この中庭というものは私の憧れの場所だったりします。私は西アジアの文化芸術が専攻で、主にイスラム文化について勉強しましたが、中庭というのはここでも絶対に外せないものの1つなのです。卒業後もそこにかける情熱は失われておらず、今も私の本棚にはイスラム庭園文化関係の本が並んでいますし、何かと手に取ることが多かったりします。
ササン朝ペルシアという遥か遠い時代から、サロン的役割を担ってきた中庭。光と水にこだわり、溢れるような植物が配置された中庭。それはまさに地上の楽園です。と書き始めればきりがないのでここではもう割愛しますが、とにかく私は偏愛と呼んでも過言でないほどに中庭が好きなのです。
そんなわけでクロイスターズに来れば足が止まりがち。ああ、どこを撮っても絵になるわとため息の連続。ここに住みたいと何度呟いてしまったことか(笑)。ガラスに映る庭も幻想的で素敵です。
こちらはトリー=シュル=バイズの回廊。柱に使われている大理石の色がとても可愛いです。ここにはスコーンやサンドウィッチ、飲み物などが買えるカフェがありますが、かなり寄付金的お値段なのでお気をつけ下さい。ただ場所代だと思えば、それも納得できるかも。ユニコーンのタペストリーを心ゆくまで堪能したら、私も日がな一日ここに座っていたい。その時にはもちろんロゼワインをオーダーしますけどね(カフェのお勧めです、笑)。
そして、最後はボヌフォン=アン=コマンジュの回廊 。ここは一方が塀で外の風景が楽しめる分、中庭感は薄れますが、植物に注目です。これらは中世の植栽を再現したもの。ユニコーンのタペストリーの中に描かれているものともいわれていますし、文献などの資料から選ばれたものが揃っています。毎日のようにガーデンツアーがありますからぜひ参加して、庭のフレッシュハーブを摘んで味わったりしてください。
中世の庭というのは主に、ハーブや野菜、果実、そしてバラで構成されています。バラはもちろん原種です。ここにはロサ・ガリカとロサ・アルバがありました。今年の春の低温が影響してか、常なら満開のところがまだ蕾ばかりの状態で残念でしたが、その樹形の美しさを見て、ロサ・アルバ・セミプレナを自分のローズガーデン内に植える決意を固めました。
白バラの親とされるロサ・アルバはもう現存しませんが、アルバ系と言われる白バラはたくさん残っています。セミプレナもその一つで、一番原種に近いといわれています。一季咲きですから場所を考えなくてはいけませんが、葉の色の美しさも格別で、これは価値ある一株だと納得できました。
私はオールドローズが好きです。将来的にはダマスク系の白バラと、モス系の赤紫バラも増やそうと考えていましたが、アルバ系も頑張ってみようかと(まずはスペース確保ですね、汗)。上の写真はロサ・ガリカ。そろそろ咲いている頃でしょうか。
ガーデンツアーでもらってきた小冊子 “ The Medieval Rose (中世のバラ) “をパラパラとめくりながら夢が膨らみます。ハーブと果実とバラの庭、それはまさに私が目指すもの。回廊に囲まれた中世の庭が、なぜこんなにも好きなのかがわかったような気がします。庭造りのアイデア探しと清らかなる癒しの時間を求めて、また近いうちにクロイスターズに行きたいものです。
さあ、いよいよノイバラが咲き始めた私のローズガーデン。今週末は花を愛でながら、お茶を飲みたいと思います。
お出かけの話、旅の話、新しくマガジンを作りました。
こちらです。「逍遥の扉」
ペンシルバニア州の刑務所のことなんかもそちらに動かしますね。
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