犬が死んだ
犬が死んだ。
母からLINEで連絡があったのは仕事中だった。
最後にわたしが犬と会ったときの写真が添えられていた。
わたしが犬の鼻先を手で囲って遊んでいる写真。
その背景は、数年前になくなった実家の洋間だった。
犬は、わたしが実家を出たあとにやってきた二代目の犬だ。
一代目の犬は病気がちで、最期を看取った母から苦しみながら息を引き取ったと聞いた。
ようやく苦しくないね、と母は言っていた。
ひとりで見送った母はもう二度と犬は嫌だと言っていたのだが、ある日父が突然犬が欲しいと言ったらしく、迎えたのだという。
私も弟も子どもがいないこともあってか、母は孫のように犬をかわいがった。
一代目の犬にはゆるさなかった家に上げることをしたり、家じゅう好きに行き来できるようにしたり、とにかく甘やかしていた。
犬は、とても臆病だった。
実家の犬といえどほとんど実家に帰らないわたしは数えるほどしか会ったことがないが、初めて会ったときは突然やってきて我が物顔で家じゅうを歩き回る知らない人間にびっくりしたようで私のことを怖がっていた。
次に会ったとき以降は堂々として、我が家を案内してくれた。
しかし外に出ることを怖がり、階段を怖がり、散歩中に会った猫を怖がり、庭に来る鳥を怖がって食べかけのごはんを鳥に取られてしまうような犬だった。
犬、あなたは本当にえらかった。
わたしが逃げ出してろくに帰らなかったあの家にいて、あの家に住む全員のことが大好きだった。
母から送られてくる写真の犬の視線の先には、いつも家族がいた。
あなたがいたら、あの家はもしかしたらやり直せるのかもしれないと思った。
結局それは無理だったんだけど、それでもあなたがつくった優しい時間はあった。
どういう経緯なのか聞いていないままだが、みんなから見放された人間に犬は引き取られていった。
それを聞いたとき、わたしはもう二度と犬には会えないと思った。
でもどこかで幸せにさびしくなく暮らしていてくれたらと願った。
犬は毎日二十四時間ずっとその人間に寄り添ったらしい。
それにしては可哀想な最期だった。
犬は人間の食べ物をつまみ食いして喉に詰まらせて死んでしまったのだという。
それが本当なのかどうかわからない。
人間は犬のために、気遣ってあげなければならない。
犬が拾い食いをしないようにしつけなければならない。
犬がいたずらしてしまうところに物を置いてはならない。
人間に振り回された犬。
犬が大好きだったものを人間たちは奪ってしまった。
犬にはもうちょっと優しい最期があったのではなかったのかと思う。
ごめんね。せめて安らかに。
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