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ふつうのカオルちゃん

この文章は、Wantedly10周年プロジェクトの依頼を受けて、とある方の人生の「転機」にまつわる実話を基に、執筆した物語です。


最近のわたしは、「ふつう」がうれしい。

ふつうのスニーカーを履いて、ふつうのリュックを背負って、家までふつうに歩いて帰る。あ、いつもの茶色いネコがいる。たばこ屋のおばあちゃんが、餌をあげてる。

今日もいつも通り、ふつうの日。
ふつうっていいね。ふつうってうれしい。

でも、ほんの1年前まで、私は「ふつう」が嫌だった。
今日は、そんな私が「ふつうっていいね」と思うようになった話をします。


・・・


「カオルちゃん、昨日◯◯駅のスーパーいなかった?」
ごめんなさい、いません。昨日はずっと家にいました。

「カオルさんって△△の妹に超似てるんだよな〜」
ごめんなさい、知りません。言われてもちょっと困るやつです。


でも、気持ちはとてもわかる。街のショーウィンドウに映る自分の姿を見て思う。私、「日本の女性を平均したのがこちらの人間です!」ってな感じの、見た目なんだよなあ。

思い返せば、小学校の頃から背の順はずっと真ん中。ついでに体重も標準で。なにか2チームに分けられるときは「カオルちゃんから後ろは……」とか「カオルちゃんを基準に……」とか。そういうパターンが多かった。


私は「ふつう」が嫌だった。ふつうコンプレックスだった。
だから、「1番」にものすごく憧れた。努力して努力して、いろんなことで「1番」を目指すようになった。テストにかけっこ、絵画コンクールに読書感想文。イベントごとにはなんでも飛びついた。

ある日。
英語教室のスピーチコンテストで、本当に1番をとることができた。

「おめでとうカオルちゃん、本当にすごい!」
「どうぞどうぞ、主役は真ん中に!」

拍手をされるなんて、はじめてのことだった。記念の集合写真、たくさんのカメラが私のほうを向いていた。親も先生も、一度も喋ったことがない人も、みんなの私を見る目がキラキラしてる。家に帰っても、時間が経っても、私はたくさん褒められた。


そこから私は、「1番」が大好きになった。
なんでも1番をとらないと、気がすまないほどの性格になった。


高校では生徒会に入った。大学ではゼミ長になった。そして就活がはじまれば、誰よりも早く黒染めをして、エントリーシートを書きあげて。誰よりもたくさん合同企業説明会に行って。

そうして私は、
誰もが知ってる、大きな会社に就職をした。

社会人になっても、「なんでも1番カオルちゃん」は続く。

1年目。1番早く出社して、1番遅くまで働いた。
2年目。同期の相談には1番乗ったし、会社の飲み会にも1番顔を出した。
3年目。7cmヒールを履くように。女子の中で1番背が高くなった。(部署内だけどね)
4年目。雑誌で「人気No.1」だったロエベのビジネストートを手に入れた。(中古だけどね)
5年目。ついに業績で1番を取るようになった。
6年目。社内の表彰制度でMVPになり、賞金までもらってしまった。
7年目。隣の部署の彼からプロポーズ。社内結婚ということもあり、人生で1番祝われた。

おめでとう私! ぜーんぶ1番です!
……うん。やっぱり1番は楽しい。

ちなみに、当時のストレス発散方法は、仕事終わりの居酒屋さん。同僚とハイボールで乾杯して、愚痴を言い合う。週2、いや週3は行ってたかな。帰り道、肩からずり落ちないようにロエベをぎゅっと寄せつつ、7cmヒールは軽く千鳥足。けれども翌日はシャキッと起きて、仕事にパリッと向き合えてしまう。なかなかのバランス感覚。

そんな自分が、1番好きだった。

入社して、ちょうど10年目の暮れ。
私の中の「1番」が崩れて「ふつう」の意味が変わる、そんな出来事が2つ起きた。


1つ目は、新型コロナウイルス。
これはいろんなところで言われていたことだけど、コロナがやってきて、「ふつう」がふつうにできなくなった。

ふつうの食事、ふつうの買い物、ふつうのおしゃべり。週3の居酒屋さんもできなくなったし、同僚の相談に乗る機会も減った。在宅ワークになったから、7cmヒールもロエベもクローゼットの中でぐっすり眠った。ふつうの生活があること、ふつうに仕事があること。「ふつう」という言葉がありがたいものとして、世の中で使われるようになってきた。


2つ目は、ナツコの誕生。
子どもが生まれたことで、「ふつう」がふつうにできなくなった。

ふつうの洗濯、ふつうの掃除、ふつうの睡眠。「子どもが生まれても、これまでと変わらずバリバリ働ける自分&社会にしていくぞー!」なんて意気込んでたけど、かーちゃん、めちゃくちゃ甘かった。メール1本打つのに1時間、隣町への移動時間も3倍。家族が増えたことは本当にうれしい。だけど、「ふつう」に1日を過ごすだけでも精一杯になってきた。


ナツコを抱きながら、私は考えた。
「“ふつう”がズレるとき、それはきっと、1番大切にしたいことを見直す転機かも」


今いる会社は「なんでも1番カオルちゃん」にはぴったりだし、素敵なステージ。でも、これからは違う。仕事に復帰しても、今までの働き方には戻れないし、戻らない。保育園から帰るナツコを、くたくたに疲れた顔じゃなくてごきげんな顔で迎えたい。「今日も仕事をさせてくれてありがとう」って言える、そんな環境で働きたい。

この頃は、コロナ禍の中でも特に外出がシビアだった時期。ということで、転職活動は全てオンラインで進んだ。

「画面越しだけで自分に合うところ見つけられるかな」「求人の数自体も、結構減ってるんだろうな」「子育てと両立できるかどうかの見極め、難しいな……」

ディスプレイとのにらめっこが続き、だんだんと詰みはじめた私。と、ここで「なんでも1番カオルちゃん」時代の動きが活かされる。

「そうだ、ビジコンや異業種交流イベントで交換した名刺がいっぱいある。記憶に残ってる人の会社とか、そのグループ会社とか、一緒によく仕事している会社とか……そういうところ辿ってみるのもいいかも」


探し方を切り替えたところ、気になる会社をついに発見。募集ページもあるし、「出産をきっかけに、働き方を見直しました」という社員さんの記事が。『育児も仕事もほどほどが両立のコツ』『親がイキイキしていることが子どもにとって一番』。並ぶ単語もビビッと来るものばかり。

最後に書かれた『お気軽にご連絡くださいね』に背中を押されて、メッセージを送る。すると、早速Zoomで話をすることに。すごいなあオンライン、すごいなあ最近の採用スタイル。そんな入り口、私が就活してた頃はなかったな。

しかも、採用面接ではなく「カジュアル面談」という名前がついていた。服装についても「ふつうの、いつも通りの感じで大丈夫ですよ」とのこと。ふつうって、こういうときに言われると1番わかんないな。



そしてやってきた、面談当日。
「カジュアル面談」は、想像を超えるカジュアルさになった。


まず、ボーダーのカットソーに、一応ジャケットを羽織って、画面の前にスタンバイ。ボーダーってところが、私なりのカジュアルポイントですよ。その調子で気持ちもカジュアルに、カジュアルに……いや、めちゃくちゃ緊張するどうしようがんばれカオルちゃ…あ、はじまった。

「こんにちは、よろしくお願いいたします!」

と同時に、いきなりトラブル発生。さっきまで寝ていたはずのナツコがふにゃふにゃ泣き出した。

「はじまって早々すみません、ちょっと子どもが起きちゃったみたいで、あの、一瞬だけいいですか」
「一瞬と言わず! どうぞどうぞ!」
「すみません……!!」

ベビーベッドから抱き上げると、泣き止むナツコ。寝かせると、泣く。そうだよね、ごめんごめん。えーと、えーと。とりあえず戻って膝に乗せるか…!

「あらかわいい〜! こんにちは〜」
「すみません〜…! ほらナツコ、こんにちはー、って」

ナツコ、図らずもはじめてのZoom参加。しばらく画面を見ていたけれど、キーボードをばんばんと叩き、チャットウィンドウに謎の呪文が送られる。緊張と一緒に意識もブッ飛びそうになる。

「うあああ、ナツコーっ!」
「ウェエエ工工エエェェェェェェェェ」

やばい、つい叫んでしまった。ナツコ氏、大嵐。

「す、すみません!おなかも空いてちょっとごきげんナナメで…!」
「あらら。じゃあ、まずはナツコちゃんのご飯タイムにしましょう!」
「えっ、今、ですか!? い、いいんですか??!」
「え、もちろんですよ!」

その間に彼女は、自身も子育てしながらの転職活動だったこと、私の今の状況をとても理解できることを話してくださった。話は盛り上がり、結局そのまま画面の下で授乳しながら、面談を続けさせてもらった。


「じゃあ、またご連絡しますね! 今日はありがとうございました!」

Zoomを切ってから、私は少し、ぼーっとした。疲れたのではなく、やさしい世界に巡り合えていることへの余韻だった。

それに、母としての自分と共存しながらの面談は、なんというか不思議なもので。母性の力なのか、一所懸命に生きる我が子のパワーなのか、気づけば緊張が解けて等身大で向き合えた。愛するナツコに触れながら、ずっと希望を感じながら話してた。

もしもオンラインじゃなかったら、ナツコを預ける先を探して会場に移動して……きっと、このシーンには巡り会えなかったんだろうな。そういえば「casual」って、「思いがけない、偶然の」っていう意味もあったっけ。



そんなことを考えながら、お礼のメッセージを送る。子どもにも気遣ってもらって、本当に本当に助かったことを伝える。すると。

「とんでもない、ふつうのことですよ〜!」

ふつう。ああそうか、特別な気遣いじゃない。特別なやさしさじゃない。この会社では、これが「ふつう」なんだ。

嫌だったはずの「ふつう」という言葉に、心が救われてる。「ふつう」の意味が、どんどん更新されている。と、気づけば前のめりにタイピングしていた私。

「やっぱりこの会社で働きたいです! 是非よろしくお願いしmンッkjl気おklっjkn憂いウ雨kmjn」

興奮が伝染したのか、ナツコがまた、謎の呪文を打った。

・・・


半年後。


あれから私は、面談をした会社での採用が決まり、この春から働き始めている。そして今日も無事に仕事が終わり、ナツコを迎えるために、保育園に向かって歩いている。

今日は、うれしいことがあった。

新しい仕事はほぼフルリモートなんだけど、近くに住む会社の先輩に、はじめてランチに誘ってもらった。

で、そのとき「どうしてうちの会社に決めてくれたの?」って聞かれて。カジュアル授乳面談でのエピソードを話すと「ナツコちゃんのおかげだね!」って言ってくれて。「普段の会議も、一時中断して休憩タイムにもできるから、これからも気軽に言ってね」って。

働き方の相談がふつうにできること、誰かのふつうを認め合えること。今はまだ、それに「うれしい」って思っちゃうけど、いつかこれが、ほんとに「ふつう」になるといいな。自分にとっても、社会にとっても。



さてさて、ここで保育園に到着。

中に入ると、先生に抱っこされた澄まし顔のナツコ。でも、私の顔を見つけて、途端にニコニコ。自分とナツコの表情は、いつでもすごくリンクする。

「ただいまー! 今日も仕事させてくれてありがとね」
「ナツコちゃん、 “ママおつかれー、ただいまー” って」
「どうでしたか、今日」
「いい子でしたよ! さっきちょっとだけ泣いたね、でも今はごきげんだよねえ」

ナツコの、私を見る目がキラキラしてる。


テストにかけっこ、スピーチコンテストも就活もいっぱい頑張ったあの日。7cmヒールとロエベのトートで、バリバリ働いたあの日。
「なんでも1番カオルちゃん」は、とても楽しかった。

今は、家事も育児もほどよく頑張る。ふつうのスニーカーとふつうのリュックで、ほどよく働く。終わったらナツコを迎えて、家までお散歩。
そんなふつうの日々が、とてもうれしい。


「ナツコ見てー、ネコさん今日もいるよ」
たばこ屋の前、いつもの茶色いネコ。たばこ屋のおばあちゃんが、餌をあげる時間。ネコ、どんどんおっきくなってるなあ。

「よーし。ナツコも帰って、ごはん食べよっか」
おばあちゃんがナツコに手を振ってくれる。ナツコが小さく手を振り返す。


ああ、今日もいつも通り、ふつうの日。
ふつうっていいね。ふつうってうれしい。

なんでもふつうのカオルちゃん。
これが、今、わたしが目指す1番です。



Wantedly10周年プロジェクト『シゴトの#転機文庫』 は、Wantedlyを通して生まれたエピソードを基にしたエッセイ集です。


で、岡田悠さん嘉島唯さんも書いてはるんですが、これがあの、もう、めちゃくちゃええんですわ……不束者ではございますが、一筆箋に手紙を書くような気持ちで、[100字書評] を……


◆岡田悠さん「8人の面接官と432円のステーキ 

[100字書評]
面接に落ちるたびに焼かれるステーキ。なぜかどんどん増えていく面接官。そして最後は予想外の展開に。おいしくてつよくなる、そしてやさしくもなれる実話です。って私今、まじで肉食いながら書いてます(夜ご飯)。


◆嘉島唯さん「100万円が貯まったら、引っ越す

[100字書評]
比喩ではなく、ほんとに目の前が真っ暗になった女性の話。面談中に意識を失うほど追い詰められていた彼女の世界に、少しずつ星が降り、夜明けと共に色を見出していく体験談。このnoteは、誰かの命を救うと思う。

・・・



………という感じでございます。ぜひどうぞ、読んでみてください。

最後に、Wantedlyのみなさん。編集してくださったツドイのみなさん。そして、大切なお話を聞かせてくださった「カオル」さん。本当に本当に、ありがとうございました!!!


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