ローレライ
車のヘッドライトがカーテンの隙間から部屋の中へ忍び込んでくる。照らされた天井がその光を受けて白く揺らめくので、まるで水底にいるみたいだ。
魔法は使えないけれど、魔法のような言葉なら持っている。
ローレライ。
そっと呟き目を閉じれば、今夜も君に逢えるような気がした。毛布を引きずり上げ、僕は目を閉じる。
いち、に、さん……数えて。数えているうちに眠りに沈んで。そして僕は、君を探すんだ。
夢の中、手を伸ばせば水の抵抗を感じた。口元から零れる泡がきらきらと天井に昇っていく。水中まで届く月明り、僕にとってそれはなんだか神様のように思えて、揺れる影をじっと見つめていた。
ふと、遠くに影がよぎる。きっと君だ。
泳いで近づいていくと、黄金色の光に包まれて君の髪が波打ち広がっている。まるで蜂蜜を溶かしているよう。甘い香りが立ち込めているような気さえする。
肩の関節が外れそうになるくらい必死に、僕は手を、彼女に向けて伸ばす。
水を揺らすように、君の謡声が聴こえてくる。
美しい、美しい、あらゆるものの価値をでたらめにしてその謡だけに身を捧げたい――そう願うほどに甘美な声。
ああ、触れたい。君に。その頬に、唇に、……いや指先だけでもいい、触れてみたい。
けれど僕たちは永遠に触れ合えず、言葉を交わすことすら、ない。
水の膜一枚を隔てた空。月が、僕たちを見ている。
ローレライ。僕はね、思うんだ。こんなにも残酷で冷たく暗い世界が心と心を分け合うことを許すはずがないって。
人と人がそうして真に理解し合うということは、最初の一瞬は優しく幸福なことに思えるけれど、真実不幸なことなんじゃないかって。
自分の痛みさえ辛くて苦しくて上手に宥められないのに、他者のそれまで扱えない。
もし、人と人が理解りあえたとしても――人は独りで生まれ独りで死んでいく。永久に最期まで独りぼっちだと思い知るだけなんじゃないかと、僕はそう思うんだ。
だけどねぇ、ローレライ。
そう理解っていても耐えられない夜があるよ。心臓を抉って差し出してでも埋めたい、悲しくてどうしようもない心の空洞が心の奥底にあるよ。
不意に目を覚ますとそこはいつもの部屋で、酸素の海の中、僕は泣いているみたいだった。
虚空を掻き抱くようにして僕は願う。
一時でいい、僕を抱いて謡っておくれと。そうしてそのまま、僕の魂ごと連れて行ってくれと、そう、祈る。