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第5号(2018年9月21日) ロシア軍と女性
存在感を増す「軍事大国ロシア」を軍事アナリスト小泉悠とともに読み解くメールマガジンをお届けします。
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【質問箱】ロシア軍と女性
●今週の質問
ロシアの軍隊って女性、多いんでしょうか?徴兵に関しては男女の区別は無いのですか?
ご質問ありがとうございます。
最近、日本の航空自衛隊に女性戦闘機パイロットが誕生するなど、軍隊における女性の社会進出が話題になってきました。米軍となると女性の戦闘機パイロットくらいはもはや珍しくなく、女性の大将も居ればイージス艦艦長も居るという状況のようです。
それではロシア軍ではどうでしょうか?
2018年3月8日にロシア国防省が発表したところによると(ロシアについて詳しい方はすぐにお気付きの通り、ロシア人にとっての大イベントである「女性の日」に合わせたもの)、同時点においてロシア軍に勤務する女性軍人は4万4500人とされています。また、このうち将校は約4000人、准尉(准将校)は7500人であり、残りは下士官です(このほかに文官として勤務する女性国防省職員が3万1500人)。
「ロシア軍における女性たち:魅力的な軍隊」『RIA ノーヴォスチ』2018年3月8日
ロシア軍の総兵力は定数約101万3000人、実数95万人以下と見られているので、以上の数字を当てはめてみると、全軍に占める女性比率は0.5%内外ということになります。
一方、自衛隊で勤務する女性自衛官は約1万3000人、比率にして全体の6%なので、ロシア軍よりもはるかに女性の登用が進んでいると言えそうです。
ロシア軍に女性が少ない直接的な要因のひとつは、ロシアの徴兵制が女性を対象としていないことです。ロシアの徴兵制が対象としているのは18歳から27歳までの男子国民であり、イスラエルのような女性まで含む根こそぎの徴兵は行われていません。したがってロシア軍には「女性兵士」というものはおらず、女性は基本的に将校か下士官として勤務しています。
しかも、これまでのロシア軍は戦闘職種を女性に開放してこなかったため、女性将校・下士官が就ける職種は通信・衛生・後方・法務などに限られてきました。こうなると出世の機会も限られており、現在のロシア軍には女性の将官は一人(エレーナ・クニャーゼワ法務少将)しか居ません。米軍の場合は2015年に全戦闘職種を女性に開放しましたが、これに比べるとロシア軍はまだ随分と遅れているようにも見えます。
ところが、第二次世界大戦当時のソ連軍は戦闘機や戦車の乗員、さらにはパルチザンとしても女性を動員し、その数は合計80万人にものぼります。おそらく当時のソ連軍は、世界で最も積極的に女性を戦闘に投入した軍隊であったと言えるでしょう。世界初の女性宇宙飛行士もソ連のワレンチナ・テレシコワ少佐(当時)でした。
そのソ連軍の末裔であるロシア軍が女性の登用にあまり積極的でないのはどうした理由からでしょうか。いろいろと説明は可能でしょうが、煎じ詰めればロシア社会の伝統的な性別観によるところが大きいように思われます。要するに、ロシア社会は男は男らしく、女は女らしくというマッチョな価値観がかなり強い社会であるということです。
ソ連が大量の女性を前線に送らざるを得なかったのは、ドイツによる奇襲を受けたことと、スターリンの大粛清で将校が不足してたことなどによる非常措置であり、あくまでも一時的なものでした。実際、戦争が終わるとソ連軍では急速に女性の影が薄くなり、現在のロシア軍同様、限られた職種で限られた数の女性だけが勤務するという形態に収斂していきました。
ただ、最近ではロシア軍にも変化が見られるようになってきました。
たとえばロシア国防省は昨年、航空宇宙軍の飛行士学校に女性が入学することを初めて認め、すでに第1期生15名の養成を開始しています(2018年9月には第2期生が入学)。まずは輸送機パイロット要員だということですが、第一歩が踏み出されてしまえば、女性が戦闘機や爆撃機を操縦する日はそう遠くないのではないでしょうか。
ちなみに女性をパイロットに採用するという決定は女性のパイロット志望者からの嘆願がかなりの数に上ったためとされており、実際に第1期生の選考倍率は10倍ほどになったといいます。社会全体の価値観はどうあれ、軍隊で活躍したい、空を飛びたいという女性は決して少なくないことが伺われます。
また、ロシア軍の最精鋭介入部隊である空挺部隊(VDV)でも1500人ほどの女性(うち、将校は約50人)が通信科や衛生科で勤務しており、半分は実任務に派遣された経験を有するとされています。
ロシア軍にもいずれ、女性の艦長や特殊部隊員などが登場する日がくるのかもしれません。
【今週のニュース】ロシア軍次期装備計画は2024年スタート
ロシア及び旧ソ連の軍事に関する今週のニュースをピックアップします。
・ロシア軍の次期装備計画は2024年にスタートし、2033年までをカバーする。軍需産業を統括するボリソフ副首相(元国防次官)が明らかにした。現行の「2027年までの国家装備プログラム(GPV-2027)」の後継となるものであり、おそらく「2033年までの国家装備プログラム(GPV-2033)」と命名されよう。予算や調達項目などの詳細は明らかにされなかった(RBK、9月19日)
・9月14日、ロシア軍のIl-20M偵察機がシリア沖で墜落。イスラエル空軍の空爆にシリア防空軍が応戦した際、巻き込まれたもので、15名の乗員が全員死亡。のちにロシア国防省は、シリア防空軍に輸出されたS-200防空システムには輸出管理の問題から敵味方識別装置が搭載されていなかったと発表した(『ロシア新聞』、9月20日)
・ロシア航空宇宙軍のSu-35S戦闘機とSu-24偵察機が日本の防空識別圏に接近し、航空自衛隊が緊急発進を行った。航空自衛隊の緊急発進でSu-35Sと遭遇するのはこれが初めてであり、おそらくジョムギの第23戦闘機連隊(23IAP)から発進してきた機体と見られる。防衛省は当初、遭遇した機体をSu-27としていたが、のちに「Su-35」と訂正した。
【NEW BOOKS】Russian Arms Sales in the Age of Putin: For Politics or Profit?
・Andrew Reaves, Russian Arms Sales in the Age of Putin: For Politics or Profit? Amazon Services International, Inc., 2018.
・Nadja Douglas, Public Control of Armed Forces in the Russian Federation, Palgrave Macmillan, 2019(予定).
今月は2冊をご紹介します。
最初の一冊はロシアの武器輸出政策を扱ったもので、副題のとおり、ロシアの武器輸出を安全保障政策と商業活動の両面から考察しています。最近のトルコに対するS-400防空システムの輸出に見られるようにロシアの武器輸出には対外政策のツールという側面が確実に見られますが、この点を体系的に扱った書物は少なく、ユニークな試みと言えると思います。対する米国はトルコだけでなくインドや中国に対してもロシア製兵器の輸出に制裁を科す方針を打ち出し始めており、このテーマは今後ホットになっていくかもしれません。
後者はなんと来年11月の出版予定。ロシアの政軍関係研究についてはソ連時代から2000年代くらいまでに掛けて目立った業績が幾つか出ていますが、2010年代のそれがアカデミックな手法でどのように分析されるのか。まだ1年以上先ですが、楽しみです(しかし高い…しかもハードカバーの方が安いというちょっと不思議な仕様)。
【編集後記】富山に行ってきました
ついこの間まで猛暑であえいでいたかと思ったら、なんだか急に肌寒くなってきました。この間まで冷たいビールを楽しみに生きていたのが、この数日は「今日はおでんにでもするかな…」などと考えるようになったので人間の適応能力とはすごいものです。
ところで前回のメルマガを発行した翌日、家族旅行で富山に行ってきました。
我が家の妻はモスクワ生まれモスクワ育ちの生粋のロシア人ながら日本が大好きという変わった人で、特に日本の山々に魅せられているようです。彼女はモスクワ大学で山岳部に入っていたので非常にタフで富士山なんかもほいほい登ってしまうのですが、僕は根っからインドア人間なのでとてもついていけません。まぁそれでも夫婦をやっていられるのだから面白いものです。
ところで明日は名古屋商科大でこんなイベントに登壇します。
「激動する世界と混迷の中東」シンポジウム
http://mba.nucba.ac.jp/news/mba-11783.html
この数年、ロシアのシリア介入によってロシア軍事屋としても中東のことを真剣に考えざるを得なくなり、中東屋さんたちもまた外部アクターとしてのロシアへの関心が高まるようになりました。こうした問題意識の下、この2年ほど行ってきた研究会の中間成果報告会として行われるものです。
明日、名古屋近辺でお時間のある方は是非足をお運びいただければと思います。
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