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第230号(2023年7月24日)弾薬生産をめぐる東西軍需産業の死闘


【インサイト】弾薬生産をめぐる東西軍需産業の死闘

反転攻勢は相変わらず難航中

 前号から2週間空きましたが、その間もウクライナでの戦況はあまり大きく変わっていないようです。全体として言えばウクライナ軍が主導権をとっているものの、それを大きな戦果に繋げられていない、ということです。特に南部ではロシア軍が築き上げた地雷原と塹壕が要塞線となりウクライナ軍の反撃を阻んでいます。
 この結果、ウクライナ軍は装甲戦力を中心とした突破は諦め、少数の歩兵部隊を装甲戦闘車両を組み合わせた小チームで陣地を取っては守る、という地道な前進戦術に切り替えたとされますが、ずっとこのペースを続けるならば秋の泥濘期までに取り返せる面積はごくわずかとなるでしょう。
 南部戦線の状況を一変させうるゲームチェンジャー的展開としてはカホウカ・ダムの結界で干上がった貯水池を横断してロシア軍の背後を突く、という作戦が考えられそうですが、どうもそういう動きも見られないようです。

 何より問題なのは、これまでロシア軍相手によく戦ってきたウクライナ軍が、複雑な諸兵科連合作戦による攻勢を行うだけの能力が身についていなかったようだ、ということです。この点についてはIISSのフランツ・ステファン・ガディが米海軍分析センター(CNA)のマイケル・コフマン、ロチャン・コンサルティングのコンラート・ムジカ、元海兵隊員のロブ・リーとともにウクライナの前線視察を行った結果として長文ツイートにまとめています。

 ここでガディが指摘しているのは、ウクライナ軍の運用に関するカルチャーや訓練・教育体系に根ざす非常に構造的な問題であり、何か特定の兵器があればウクライナがロシア軍の要塞線を突破できるわけではない、ということです。この辺は反転攻勢の開始前からウクライナ軍の訓練に携わっていたエリック・クラマーとポール・シュナイダーの見解として226号で紹介しましたが、彼らの懸念は残念ながらかなりの程度当たってしまったと言えるでしょう。

ウクライナ東部でのカウンター・パンチ

 一方、東部戦線の状況はやや複雑です。ウクライナはバフムト周辺でロシア軍に対して優位に経っており、特に同市南部ではクリシチウカの高地にも取り付けているようなので、ロシア軍のバフムト守備隊を相当に苦しめていることは間違い無いでしょう。市の北側でもウクライナ軍は優位に経っており、ウクライナ陸軍のシルスキー司令官も「バフムトは「半包囲」された」として自信をにじませました。

 ただ、ロシア軍によるバフムト奪取当時にも論じたように、バフムトという街自体には戦略的価値は薄いわけです。もちろん都市なので交通の結節点であるとかそういう意味合いはありますが、例えばバフムトを取ったら戦局が大きく変わるという場所ではない。実際、ロシア軍がバフムトを取ってもウクライナの国家も軍隊もピンピンしているわけで、したがってこれから先、ウクライナがバフムトを再奪取できるようなことがあっても、ロシアもロシア軍もピンピンしているでしょう。この点が、例えばメリトポリのような南部の要衝とは大きく性質の異なる点と言えます。
 また、東部ではもう一つ気になる動きがあります。前号でも紹介したとおり、ロシア軍が12万人とも言われる兵力を占領下のルハンシク州に集結させていることがそれです。前号では、これが牽制なのか大規模な攻勢の予兆なのかが問題である、ということを書きましたが、その後のロシア軍は、実際にある程度の規模の攻勢にこの正面で打って出てきました。
 例えば7月21日までにISWが集計したロシア側の主張によると、ロシア軍はセンキウカ駅及びマシュティウカ、モフチャノヴェ駅などで支配領域を広げたとされています(どれも映像では確認できていないというISWの注釈が入っている)。

 現状ではウクライナ軍守備隊はロシアの攻勢によく耐えており、ジェレベツ川の東岸で踏みとどまっています。ただ、ウクライナ軍西部部隊集団のチェレヴァティ報道官は17日、この正面のロシア軍が戦車900両、火砲555門以上、多連装ロケットシステム370両などを集結させていると述べており、これが事実なら、現在の攻勢はまだ威力偵察に過ぎないのかもしれません。

 とすると、ウクライナ東部ではロシア側とウクライナ側それぞれが攻勢を行なってどちらもそれなりに成果を上げる、というカウンター・パンチ的状況が生まれる可能性が出てくるでしょう。(追記:リベラルで知られていた『自由プレス』を久しぶりにのぞいてみたらいかにもロシアの右翼みたいなおっさんが「東部戦線でロシアの勝利近し!」みたいなことを吠えていたのでかなり驚きました)

復活するロシアの火力

 というわけで戦況にはいまいち動きが乏しいようなので、今回はその隙にロシアとウクライナの火力、つまり砲撃能力の現状を確認しておきたいと思います。両軍が発揮可能な火力の差、という問題は第213号で一度取り上げたことがありますが、本稿のテーマとの関連で重要なのは以下の点です。

・ロシア軍の砲撃能力はピーク時で1日4-5万発
・3月時点ではかなり勢いが落ちたがそれでも1日1万発は撃っている(30万発/月)
・これに対してウクライナの砲撃能力は月平均で11万発
・火砲の保有量を考えると59万4000発/月は撃てるのだが、砲弾が足りていない
・せめて保有火砲の発射能力の60%程度(35万6400発/月程度は撃てるようになりたい)
(以上、レズニコウ国防相のNATO向け書簡の内容として報じられているもの)

 このように、反転攻勢前からロシアの火力優位がウクライナの悩みの種であり、尚且つボトルネックは火砲の数そのものというより砲弾供給能力にあったということが読み取れます。
 それから約4ヶ月を経て、ウクライナの英字紙『キーウ・インディペンデント』が次のような記事を掲載しました。欧州諸国とのジャーナリストとの合同調査報道のような記事ですが、まず興味深いのは、ロシア軍の砲撃能力が1日6万発に達しているという点です。3月時点で報じられていた4-5万発を上回る数字であり、しかもこれが「最大瞬間風速」でなく継続的に発揮できているのだとするとロシアの弾薬生産能力はやはり侮れないと言えるでしょう。この辺りは本メルマガでも紹介してきた、ロシア側の戦時増産努力が効果を発揮しつつあるのだと思われます(おそらく北朝鮮からも弾薬は輸入しているようだが戦場で実際に使用されているという報告がない)。
 一方、ウクライナの砲撃能力は2万発/日とされ、4ヶ月前と比べて倍増しているものの、相対的にはロシア軍に3倍もの差をつけられていることになります。

進まない弾薬増産

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