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第178号(2022年5月30日) ドンバスでの「古い戦争」とヘルソンでの「柔道」

【NEW CLIPS】サルマート重ICBM特集その2

【今週のニュース】ロシア軍の入隊制限撤廃 ほか

ロシア軍の入隊年齢制限を撤廃

『TASS』2022年5月28日 
 今月28日、プーチン大統領は連邦法『軍事義務及び軍事勤務について』の改正法案を承認した。従来の同法33条では契約軍人(志願制で勤務する兵士及び下士官)の入隊年齢(最初の契約を結ぶ際の年齢)を18歳から40歳(ロシア国民の場合)または18歳から30歳の間に制限していたが、今回の法改正ではこの制限が撤廃された。
 公式の説明では、今回の改正は通信・技術・医療といった専門スキルを持った人材を軍に呼び込むとともに、高度な現代兵器の操作に習熟するには時間がかかることに対応したものとされている。法案註解によると、この種のスキルが頂点に達するのは40-45歳なので制限を撤廃するということだが、ウクライナでの兵力不足が問題になる中で人員確保が難しくなっているという事情も実際には存在していると思われる。

ツィルコン極超音速対艦ミサイルに関する二題

ロシア国防省が公表したゴルシコフからのツィルコン発射の瞬間

 28日、22350型フリゲートのアドミラル・ゴルシコフ(北方艦隊所属)がツィルコン極超音速対艦ミサイルの発射試験を実施した。発射は北極圏のバレンツ海で行われ、射程はおよそ1000kmに及んだとされる。
 また、これに先立つ27日、タス通信は、ツィルコンの陸上発射型が開発中であるという国防省筋の情報を紹介した。配備は年内にも始まる可能性があるという。

中露の爆撃機が合同空中パトロールを実施

統合幕僚監部、2022年5月24日 
 我が国の統合幕僚監部によると、中露の爆撃機が日本海、東シナ海、太平洋に至るルートで合同空中パトロールを実施した。参加したのはロシアのTu-95MS爆撃機2機と中国のH-6爆撃機4機で、このほかにロシア軍のIl-20電子偵察機が日本海上を飛行した。
 また、これに先立つ22-23日には中国海軍の艦艇2隻が対馬海峡を通航して日本海に入ったほか、23日には別の中国艦艇が沖縄本島と宮古島の間を抜けて太平洋に進出した。
 以上は米国のバイデン大統領が日本を訪問する前後の出来事であり、岸防衛相は日本に対する牽制であるとの見方を示している。


【インサイト】ドンバスでの「古い戦争」とヘルソンでの「柔道」

ウクライナ東部戦線におけるロシア軍の二重包囲作戦

 今回はまたウクライナでの戦争に視点を戻してみましょう。
 ウクライナ東部ではイジュームから南下しようとするロシア軍の攻勢(4月以降)がウクライナ軍の頑強な抵抗に遭遇して頓挫し、その間にハルキウ(ハリコフ)周辺のロシア軍が東方へ押し戻されるという動きが5月以降に生じていました。この結果、ロシア軍はイジュームへと至る補給線を脅かされるという事態に陥り、その勢いに乗ってウクライナ側は夏ごろを目処に大規模な反攻に転じるという方針を示すまでになりました。

 これが実現していれば、これまで全体として守勢に立たされていたウクライナ側が後世へと転じ、戦争の主導権を獲得する可能性さえあったわけで、大きな転換点となったでしょう。
 しかし、ロシア軍は5月7日までにルハンシク(ルガンスク)西方の丘陵上に位置するポパスナを占領しており、その後、ここから北上してセヴェロドネツク周辺のウクライナ軍主力を包囲する動きに出ました。セヴェロドネツクにはルハンシク州の暫定州都が置かれているので、ここが落ちるとルハンシクは完全にロシア側支配地域となります。そこでウクライナ軍は2個機甲旅団(1個だけという説もあり、実態ははっきりしない)を投入して同市の防衛を図ったため、激しい戦闘が今も続いています。
 また、セヴェロドネツクの防衛には予備役で編成された地域防衛旅団が参加していますが、彼らの中からは装備や支援の不足を理由に戦闘を拒否する者が出てきており、米『ワシントン・ポスト』でも詳しく取り上げられるに至っています。ウクライナ側が相当の苦戦を強いられているのはおそらく間違いないでしょう。
 ロシア軍の目論見は、ここでウクライナ軍の大規模な兵力を包囲殲滅して主導権を取り戻すことにあったと考えられます。ここでウクライナ軍の組織的な戦闘能力を低下させられれば、イジュームからの南下によるドンバス全域の征服とか、キーウ(キエフ)やハルキウへの再攻勢といったオプションが再び視野に入ってくるかもしれません。5月11日の時点で、ウクライナ軍参謀防本部はロシアがキーウ攻略を諦めていないと見ていました。

 また、ハルキウ周辺のロシア軍は陣地を築いて撤退を最小限に留め、イジュームへと至る補給線をまだ守っています。これらの動きを見るに、東部でウクライナ軍が大規模な反攻に出るのは当面難しくなったように見えます。つまり、「夏までにロシア軍を叩き出す」という、ほんの少し前までのウクライナ側の期待はかなり萎んできたのではないかということです。

火力と兵力のせめぎ合い

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