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第290号(2024年12月23日) ロシア戦略核戦力の現状と将来像 「死の手」システムを増強へ


【インサイト】ロシア戦略核戦力の現状と将来像 「死の手」システムを増強へ

戦略ロケット軍創立65周年

 ロシア軍の機関紙『赤い星』(2024年12月17日付)に、カラカエフ戦略ロケット部隊(RVSN)司令官のインタビューが掲載されました。RVSNが創立65周年を迎えたことに因むものです。
 ということは、フルシチョフ政権下の1959年にRVSNができているわけですが、プーチン政権下の2001年に軍種から独立兵科という扱いに変わって現在に至っています。『原子力科学者紀要』が毎年公表している見積もりによれば、現在のRVSNの保有戦力は以下のとおりとされています。

・SS-18M6(RS-20V):34基(搭載核弾頭340発)
・SS-19M4(アヴァンガルド):10基(同10発)
・SS-27M1道路移動型(RS-12M1トーポリ-M):18基(同18発)
・SS-27M1サイロ発射型(RS-12M2トーポリ-M):60基(同60発)
・SS-27M2道路移動型(RS-24ヤルス):180基(同720発)
・SS-27M2サイロ発射型(RS-24ヤルス):24基(同96発)

 では、その現状と将来をRVSN司令官は何と語るのか。以下、興味深い点を抜き出してみました(抄訳)。

装備更新の状況について

・RVSNの抑止力は過去5年間の新型ミサイル導入によって大きく向上した。
・その第一は世界に類を見ないアヴァンガルド極超音速ロケット・コンプレクスの導入である。
・第二に、移動式ICBM(大陸間弾道ミサイル)戦力のうちのRS-12MトーポリがRS-24ヤルスへの代替が完了し、運用が大幅に簡素化された。
・第三に、オレシュニク中距離ミサイルが実戦条件でテストされた。
・第四に、拡張型の情報通信機能を備えた指揮所システムが導入され、戦闘指揮統制システムの安定性が向上した。
・過去10年間で21個ロケット連隊が戦闘任務に就き、このうち16個ロケット連隊が道路移動型ヤルス装備であった。
・過去5年間に限れば11個ロケット連隊が戦闘任務に就いた。このうち2つはヤースヌィ・ロケット師団(訳註:オレンブルグの第13ロケット師団)のアヴァンガルド装備連隊(同:おそらく第368ロケット連隊)であり、もう1つの連隊はコゼリスク(同:第28親衛ロケット師団)のサイロ発射型ヤルス連隊(同:第214ロケット連隊)である。このほかにはユーリャ・ロケット師団(同:第8ロケット師団)の2個ロケット連隊と、ボロゴエ及びバルナウルの兵団(同:第7親衛ロケット師団及び第35ロケット師団)において諸連隊が戦闘任務に就いた。
・RVSNでは毎日6000人が戦闘当直に就いている。

国際安全保障環境と戦略核戦力の将来像

・今日的な現実と軍事政治情勢を考慮するなら、核ドクトリンの改訂は必要なものである。
・準備中の新たな国家装備計画(GPV)については、求められるペースと量で新型ロケット・コンプレクスを開発し、ミサイル戦力を即応状態に保ち、既存のモデルに基づいた開発や近代化を行うことを可能とするものである。
・RVSNとしては新START(新戦略兵器削減条約)の失効を見込んだ様々なシナリオの下で新GPV向けの提案を行なっている。ここには新型ロケット・コンプレクスであるサルマート及びオシーナ並びに一連の新型ロケット・コンプレクスを含む。
・新START条約の履行停止はあくまでも効力の停止であって、条約の量的制限は引き続き遵守するというのがロシア政府の立場である。したがって、現在問題となっているのは量的な拡大ではなく、査察、通告、二国間協議の枠組みなどである。(新STARTが失効する)2026年2月5日までは核弾頭数は条約の制限内に留めるが、米国の出方によっては配備弾頭数が増加することは排除しない。
・ポーランドに配備された米国のミサイル防衛システム(イージス・アショア)に対しては、ルーマニアに配備されたものと同様に有効性はゼロだ。エネルギー特性上、北半球に向けた発射されるミサイルを迎撃することはできず、RVSNのミサイルは防衛システムの突破能力を持っているからである。

今後の装備更新の方針について

・RVSNは国家安全保障を確保するための予備力を持っておくことを原則としている。米国のミサイル防衛システムを設計段階から察知して対抗措置を講じることができる。アヴァンガルドやオレシュニクに搭載される極超音速弾頭はその一例だが全てではない。
・RVSNの88%は新型ロケット・コンプレクスに装備更新されており、道路移動型ロケット部隊については100%を達成している。
・2025年の優先課題には、トーポリ-M装備部隊をヤルスで更新することが含まれている。サラトフのサイロ発射型トーポリ-M(全て第60ロケット師団に配備)とイワノヴォの道路移動型トーポリ-M(第54ロケット師団の2個連隊)をまず更新する。
・サイロ発射型ICBMについて言えば、オレンブルグのヤースヌィ兵団(第13ロケット師団)ではアヴァンガルドへの装備更新が完了した。コゼリスクのロケット師団(第28ロケット師団)は2025年にサイロ発射型ヤルスへの装備更新を完了する。タチシェヴォのロケット師団もヤルスに装備更新する(訳註:これは前述したサラトフの第60ロケット師団のこと)。
・これまでもICBMの最大射程飛行試験を行ったことはある。落下地域は太平洋で、今後も将来型のロケット・コンプレクスの試験のために最大射程飛行試験を行うことが計画されている。米国に対しても少なくとも24時間前に通告している。
・RVSNの戦闘プロセスを完全に自動化することはしない。人間の介在が必要である。
・道路移動型ICBMとサイロ発射型ICBMの比率は現状でほぼ同等であり、今後も基本的に変えることはない。
・今後、オレシュニクの運用部隊を新たに編成することが決定している。

所見-1 ついに始まるトーポリ-Mの退役と配備核弾頭数増加の見通し

 カラカエフの発言についてはこれまでのメルマガでも何度か取り上げてきました。例えば昨年のRVSN創立記念日における発言は以下のとおりであり、今年と同じような内容も少なくありません。

 ただ、いくつかの興味深いも相違点も認められます。例えばトーポリの退役は昨年にも言及がありましたが、今年はそれが「運用が大幅に簡素化された」というメリットともに語られました。詳細は明らかでないものの、ヤルスは単にミサイルとしての性能が向上しているだけでなく、実戦部隊における便も向上していることが窺われます。
 さらに来年以降にはトーポリ-Mをヤルスで更新するとの方針も初めて明らかにされました。1990年代に配備が始まったICBMなので、まだそう老朽化しているわけではないはずですが(何しろアメリカのミニットマンIIIなんか1970年代から使っている)、第一次戦略兵器作戦条約(START I)の制限上、核弾頭を1発しか搭載できない設計であったため、コストをかけてまで維持する必要性はあまりないということなのではないかと思います。
 逆に言えば、今後もロシアのICBM保有数全体は大きく増えないとしても、弾頭の数はかなり増える可能性があります。トーポリ-Mの後継となるヤルスは4発のMIRVを搭載すると想定されているので、RVSNが現在運用している78基のトーポリ-M(搭載弾頭は計78発)を1:1でヤルスに置き換えると搭載弾頭は単純計算で312発となり、234発の増加となります(ただしヤルス-Sやヤルス-MのMIRV搭載数はこれより少ない可能性が高い)。
 新START失効後の米国の出方次第では核弾頭配備数の増加余地もあり、というカラカエフの発言も考え合わせるに、やはりロシアの戦略核戦力は量的にも拡大の方向に向かうものと考えておくべきでしょう。

所見-2 ロシアのICBM生産能力は

 これまでの装備更新実績が、ある程度の具体的な数字を伴って明らかにされたのも、興味深いポイントです。カラカエフの発言の中から定量的に計算できそうな要素を取り出すと、過去に10年間に配備されたのは16個道路移動型ヤルス連隊と2個アヴァンガルド連隊の計18個連隊であり、これを計21個連隊から引くと残りは3個連隊。これはおそらくサイロ発射型ヤルス連隊でしょう。とすると、配備数が次のように計算できます。

・道路移動型ヤルス(1個連隊はTEL9両)*16個連隊:144発
・アヴァンガルド(1個連隊はサイロ6基)*2個連隊:12発
・サイロ発射型ヤルス(1個連隊はサイロ10基)3個連隊:30発

 ということは、過去10年間で配備されたヤルス・シリーズは、道路移動型とサイロ発射型の合計で19個連隊分=174発ということになります。平均すれば生産ペースは年産17.4発。かつて言われていた、年産約10発というペースをかなり上回っていることがわかりますし、前述した新START失効後のロシアの核戦力構成を考える上でも重要な指標になるでしょう。
 ただ、カラカエフも指摘するように、今後はオレシュニクがRVSNの戦力構成に加わります。オレシュニクはヤルス・シリーズと同じくウドムリト共和国のヴォトキンスク工場で生産されるはずですから、その量産が始まればヤルスの生産ペースは落ちるでしょう。仮にヴォトキンスク工場の生産キャパシティが大きくは変化せず、なおかつオレシュニクがICBM用第一段・第二段ステージを使用するのだとするなら、今後の生産ペースはIRBM(またはMRBM)とICBM「合計で」年間17発内外と予想しておくべきだと思われます* ** ***。

*裏技として、退役するトーポリ-Mの第1-2段ブースターをオレシュニク用に流用するという方法も考えられないではない。ブースターの寿命がどの程度残っているのかどうかは不明だが、もしこの方法が使えるなら、ヴォトキンスク工場の生産キャパシティを大きく圧迫することなくオレシュニクを配備できる可能性がある。

**ソ連は1980年代にRS-12Mトーポリを年間70基前後生産していた。このレベルを現在のロシアが回復することは難しいにしても、年産25-30基程度のICBM/IRBMが生産されてくることは「ありうる」と想定しておかねばならないだろう。

***ただし残る3個連隊のうち1-2個は後述するシレーナ-M通信ロケット部隊である可能性が残る。シレーナ-M装備連隊のTEL装備定数は明らかでないが、もしかすると以上の見積もりは若干下方修正する必要があるかもしれない。

所見-3 新型ICBMオシーナと太平洋に向けての発射試験

 昨年の発言では名称を明らかにしないまま「研究開発が行われている」とされた新型移動式ICBMの名称が、「オシーナ」であることが明らかにされました。第287号で述べたように、これはウクライナに向けて発射された新型中距離ミサイル「オレシュニク」のベースであるとも目されています。トーポリの完全退役とトーポリ-Mの更新開始によって固体燃料式ICBMは順次ヤルス・シリーズに統一しつつ、おそらくは2030年代を見据えて新型の固体燃料式ICBMの開発が進んでいくのでしょう。とするなら、カラカエフが言うように太平洋に向けてのフル射程もいずれ行われるものと見ておかねばなりません。
 なお、カラカエフはこの種の最大射程試験がこれまでも行われてきたと述べていますが、私の記憶する限りではちょっと思い出せませんでした。そこで検索をかけてみると、2004年に道路移動型トーポリ-Mが1万1000kmの最大射程で飛行試験を行い、太平洋に落下したとのこと。そこで発射が行われたプレセツク宇宙基地から1万1000kmの円をGoogleEarthで描いてみると、ニューギニア、ハワイ、メキシコの沖合を結ぶ線上のいずれかあたりに落下したようです。一方、通常のICBM発射訓練に使っているプレセツクからチジャ射爆場(カムチャッカ半島)は大体5500kmくらいなので、フル射程のちょうど半分というところです。

所見-4 「空飛ぶ人類破滅マシーン」

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