
第185号(2022年7月25日) ウクライナが与えられるもの、与えられないもの
【NEW CLIPS】ウクライナ軍ドローンによる爆撃
🇺🇦R-18 octocopter at work pic.twitter.com/ZijFTq7U3K
— C4H10FO2P (@markito0171) July 25, 2022
【今週のニュース】対艦弾道ミサイル開発の噂と「義勇兵」
ロシア軍が射程4000kmの「対艦弾道ミサイル」を開発中
『TASS』2022年7月12日
国営TASS通信が軍と軍需産業に近い情報筋二人から得た情報によると、ロシア海軍は長距離対艦弾道ミサイル「ズメーヴィク」を開発している。空母を標的とする極超音速機動弾頭を備えており、運用は海軍の沿岸防衛部隊が担う。開発は機械製造科学生産合同(NPOマシノストロイェーニエ)が担当するという。
また、この記事によると、ズメーヴィクの性能は中国のDF-21及びDF-26に類似し、射程4000kmになるという。とすると、これだけの距離で空母機動部隊を探知してリアルタイムで飛行コースを修正できるようなC4ISR能力が今のロシアにあるのか、という疑問が浮かんでくるが、この辺りについては記事中に説明がない。
さらに言えば、ズメーヴィク用ブースターは容易に中距離弾道ミサイル(IRBM)にも転用できよう(あるいはすでにIRBMが開発されていて、それを海軍に転用するという話なのかもしれない)。
兵力不足のロシア 引き続き「義勇兵」を募る
第178号や第182号で紹介したように、ロシアは公式の動員を避けて志願兵による義勇兵部隊を編成することで兵力の損失を補おうとしている模様である。
さらに最近では、ロシア国防省はキルギス人やウズベキスタン人も義勇兵として募っているとの報道が出てきた。月24万ルーブルというから、これらの国々では破格の待遇であろう。
元々ロシアは2016年の法改正で外国人がロシア軍で勤務することを可能にしていた。従来は30歳が入隊制限年齢であったが、戦争が始まってからはこの制限が撤廃されたため、理屈の上では外国人の老人でもロシア軍の門を叩けないわけではない(追い返されるだろうが)。
また、ロシア本国でもあちこちにこのようなチラシが貼られていて、「一時金20万ルーブル」「月給25万ルーブル」「従軍経験者資格が出る」などと勧誘を行っているようだ。
もっとも、こうして集められた義勇兵はほとんどロクな訓練も受けずに戦場へ放り込まれているとの報告が相次いでいる(例えば以下を参照)。
こうした状況に対して、ロシアのリベラル紙『ノーヴァヤ・ガゼータ』(正確に言えば現在は欧州に亡命して『ノーヴァヤ・ガゼータ・ヨーロッパ』になっている)が行った公開情報調査が興味深い。死傷した軍人への補償金の支払い総額を追跡することにより、どの程度の死傷者が出ているのかを推定しようという試みである。
この記事によると、ロシア政府は軍と国家親衛軍合計で1130億ルーブルの補償金をこれまでに支払っており、これは死者4-7000人、負傷者7000-1万2000人に相当するという。ロシア軍の侵攻兵力が15万人だとすると1割程度が戦闘不能になった計算である。
また、ロシアの役所の仕事の遅さを考えると、実際にはもっと多くの死傷者が出ているにも関わらず補償金が一部しか支払われていないという可能性もあるし、親露派武装勢力の兵士についてはここに反映されない。ということで実際はもっとずっと多くの死者が出ている可能性があるし、西側やウクライナは実際にそのように見積もっている。
【インサイト】米国がウクライナに与えるもの、与えないもの
新たな対ウクライナ軍事援助パッケージを発表
7月22日、米国が新たな対ウクライナ軍事援助パッケージを発表しました。米国防総省の発表によると、これは既存の米軍装備1億7500万ドル分の譲渡と、ウクライナ支援基金(USAI)によって購入された装備品9500万ドル分から成るとのこと。主な支援内容は以下のとおりです。
・M142HIMARS多連装ロケットシステム4基(従来の譲渡分と合わせるとこれで計16基)
・移動式指揮所4基
・対装甲兵器
・予備部品その他
・105mm砲弾3万6000発(英国が供与する105mm榴弾砲用)
・フェニックス・ゴースト戦術UAV(無人航空機)580機(USAI資金によって調達)
なお、以上を含めてこれまでに米国が供与した軍事援助は総額82億ドル相当にも及んでおり、こちらで一覧できます。
「第三次世界大戦を起こすわけには…」
気になるのは、HIMARSの供与が少しずつ進展する一方で、これに載せる弾薬は相変わらず射程80kmのM31誘導ロケット弾までとされているらしいことです。ウクライナとしてはこれに射程300kmのATACMS弾道ミサイルを載せてロシア軍の後方を叩きたいところでしょう。
既にロシア軍は兵站拠点をM31の射程外まで後退させざるを得なくなっており、この結果として攻勢が鈍化しつつあると見られています。これがATACMSの供与によって300km後方まで補給拠点を下げねばならないとすると、まともな作戦はできなくなるでしょうし、そうでなければ兵站拠点をごく小規模に分散させた上でしょっちゅう動かすような、非効率的な運用を迫られるはずです。
しかし、こうした純軍事的なメリットは承知の上で、米国はTACMSの供与に踏み切っていない。射程が300kmもあるとウクライナ軍が継続的にロシア領内の策源地を叩けるようになってしまい、ロシアが何をするか分からないからだと思われます。
これを端的に示しているのが7月22日にジェイク・サリバン国家安全保障担当補佐官がアスペン研究所で行った講演で、ここでは「ATACMSは供与しない」「ウクライナは支えなければいけないが、第三次世界大戦に転落していくような状況も避けねばならない」とはっきり述べられています。
ここから先は
¥ 300
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?