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第236号(2023年9月11日) ウクライナの反転攻勢をどう見るか 「停滞」論と「大成功」論の狭間で
【今週のニュース】強化されるロシアの装甲戦闘車両生産 ほか
Su-34戦闘爆撃機がキンジャール空中発射弾道ミサイルを発射
TASS通信によると、ロシア航空宇宙軍のSu-34戦闘爆撃機がキンジャール空中発射弾道ミサイルの運用能力を獲得した模様である。9月4日づけの記事で報じられたもので「Su-34(単数型)がキンジャール(単数形)を特別軍事作戦の過程で使用した」とされているので、実戦使用されたのだろう。
従来、キンジャールの母機としてはMiG-31迎撃戦闘機を改造したMiG-31Kのみが用いられていた。
米国がついにATACMSを供与へ?
9月10日、米ABCニュースは、米国政府がウクライナにATACMSミサイルを供与する方針を固めたようだと報じた。匿名の米政府高官によると、ATACMSの供与は「テーブルの上にあ」り、次の軍事援助パッケージに含まれるだろうとのことだが、最終決断はまだだと述べている。別の政府高官の発言でもATACMS供与の話は進んでいるが、公表されるまでは変更の対象になりうるとしているので、おそらくは政権内で最後の詰めが行われているものと思われる。
ATACMS供与については以前も決定間近とされながら流れた経緯があるだけに、次の軍事援助パッケージにこれが実際に含まれるのかどうかを注目したい。
ロシア軍への装甲戦闘車両の納入状況
ロシアの国営軍需産業ホールディング「ロステフ」は、ベレジョーク砲塔によって近代化されたBMP-2M歩兵戦闘車をロシア軍に納入した。ベレジョークは機器設計局(KBP)が開発した新型砲塔で、2A42 30mm機関砲、PKTM 7.62mm機銃、AG-30M 30mm自動擲弾発射機に加えて9M133コルネット対戦車ミサイル発射機を備える。
ロシアの軍需産業について活発な発言を続けているパトリシア・マリンスによると、ベレジョークの搭載を含めたBMP-2の改修作業はロステフ傘下のクールガンマシュザヴォード(クールガン機械工場)で実施されており、これまでに今年前半だけで320両がロシア軍に納入された。
Russia has started delivering IFVs from an additional factory.
— Patricia Marins (@pati_marins64) September 6, 2023
During the last few months, Kurganmashzavod has been manufacturing and refurbishing BMPs (BMP-2M) and has already delivered approximately 320 units in the first six months of this year.
Furthermore, KBP from Tula,… pic.twitter.com/s4ZOuUC1iE
さらにクールガンマシュザヴォードはBMP-3歩兵戦闘車の新規生産と改修も行っており、今年前半だけで昨年の生産・改修量の120%に達したとしている。
また、ロシア国防省は、近くT-80戦車の生産を再開する予定である。現在のロシアで唯一、新規生産されているのはウラルヴァゴンザヴォード(ウラル貨車工場)製のT-90シリーズと(おそらくは)最新型のT-14であるが、新たにT-80系列の生産ラインを一から敷き直すということのようだ。従来からオムスクトランスマシュ(オムスク輸送機械工場)ではT-80シリーズを改修するために砲塔と車体以外の部品については新規生産を行なっていたので、残るこれら二つのコンポーネントについてもいよいよ生産を再開するものと見られる。
【インサイト】ウクライナの反転攻勢をどう見るか 「停滞」論と「大成功」論の狭間で
「停滞」論
ウクライナが南部で反転攻勢に出てから、今週でほぼ3ヶ月になります。ザポリージャ=ドネツク州境のヴェリカ・ノヴォシルカ正面で攻勢が始まったのが6月4日あたりで、これにやや遅れて7日からオリヒウ正面でも攻勢が始まりました。
その後の2ヶ月くらいの間、反転攻勢が思うに任せなかったことは周知の事実ですヴェリカ・ノヴォシルカでもオリヒウでも、ウクライナ軍はせいぜい10kmほど前進できたにすぎず、「アゾフ海までの大突破によってロシア軍を東西に分断する」という威勢の良い話が明らかに達成できそうもないとの見通しはこの時点で濃厚になっていました
その理由についてはいろんな人がいろんなことを言っていますし、本メルマガでも取り上げましたが、要はウクライナ軍が反転攻勢のために予備戦力を錬成している間、ロシア軍はロシア軍で営々と防御陣地固めをやっていた、ということです(ちなみにこの防御陣地固めをやったのがスロヴィキン航空宇宙軍総司令官だったが、のちにプリゴジンの乱に関与して失脚したと見られる)。
加えて相手はやっぱりロシア軍ですから、真正面から戦った場合の火力や装甲戦力、航空支援能力などは高い。こういった総合力でウクライナ軍は攻めあぐねることになった、と言えるでしょう。
その他、ウクライナ軍がNATO式にミッション・コマンドに慣れていないとか、ドローンの役割とか、現在言われている話は反転攻勢開始から2週間以内にはすでに概ね出揃っていました。
こうした中で8月に入ると、「ウクライナの反転攻勢はもうだめだ」というような見方が米国で盛んに報じられるようになりました。例えばこちらの『ワシントン・ポスト』記事などは、ウクライナ軍のメリトポリ到達が難しいのはもちろん、進めてもせいぜい「数マイル」に過ぎないだろうとまで述べていました。
「大成功」論
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