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第101号(2020年10月3日) カラバフ紛争をめぐる国際関係と米露核軍縮の見通し

存在感を増す「軍事大国ロシア」を軍事アナリスト小泉悠とともに読み解くメールマガジンをお届けします。
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【インサイト】アルメニアとアゼルジャンの板挟みになるロシア

 9月27日、旧ソ連南部のアルメニアとアゼルバイジャンの間で大規模な戦闘が発生しました。
 両国はナゴルノ・カラバフ地方の領有を争ってソ連末期から(つまりまだ同じ「国内」同士だった頃から)激しく対立し、戦闘や住民の虐殺・強制移住などが繰り返されてきたという歴史を持ちます。1994年にはロシア主導の停戦協定(ビシュケク協定)が結ばれたことで大規模な戦闘は手控えられるようになり、ナゴルノ・カラバフは親アルメニアの未承認国家として事実上の独立(実際はアルメニアとの一体化)を果たしますが、その後も散発的な衝突は続いており、2008年、2010年、2016年には特に大規模な戦闘が発生しています。

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 ただ、今回のケースでは戦闘がアゼルバイジャンとナゴルノ・カラバフ「国境」の全面に渡って発生している上、アゼルバイジャンはアルメニア領内にも攻撃を加えるなど、規模や範囲がかつてないレベルに達しています。また、過去最大の武力衝突とされていた2016年4月の戦闘が4日間続いたのに対し、今回の戦闘は本メルマガ執筆時点で1週間以上も続いており、長期化の傾向が見られます。
 アルメニアとアゼルバイジャン双方の政府が戒厳令を出して予備役動員を始めていること(これは多少政治的パフォーマンスという要素も含むと思いますが)からすると、さらなる長期化を見込んでもおかしくはありません。
 もう一つの大きな相違点は、外国の関与です。特に前のめりなのはアゼルバイジャンを「兄弟国」とみなすトルコで、シリアやリビアで傭兵を募ってアゼルバイジャンへ送り込んでいると伝えられています。
(その実態については『ノーヴァヤ・ガゼータ』紙のこちらの記事に詳しい)。

 さて、こうなると気になってくるのがロシアの出方です。
 アルメニアもアゼルバイジャンもロシアは自国の「勢力圏」と見ていますし、特にアルメニアは集団安全保障条約機構(CSTO)加盟としてロシアの軍事同盟国という立場にあります※1。現地にはロシア軍※2も駐留していますので、本来ならばアルメニア側に加勢して参戦せねばならない立場です。

※1 CSTOの設立根拠となる1992年の集団安全保障条約第4条では、加盟国が侵略を受けた場合の対処について次のように規定している。

「加盟国のうち1カ国が侵略(安全保障、安定、領土的一体性及び主権を脅かす軍事攻撃)に晒された場合、当該事態は、本条約の全加盟国に対する侵略であると各加盟国から見做される。
 本条約加盟国に対して実際に侵略が行われた場合には、残る全加盟国は、被侵略国の要請に応じて、軍事的援助を含む必要な援助を早急に行うとともに、自らの管理下にある全ての手段を用いた支援を国連憲章第51条に規定された集団的自衛権の行使手順に則って提供する。
 本条に基づいて実施される措置について、本条約加盟国は国連安全保障理事会に通知する。これらの措置を実施するにあたり、本条約加盟国は国連憲章の規定を遵守する。」


 2番目のパラグラフで軍事援助とは別に「自らの管理下にある全ての手段を用いた支援」を謳っているのは、ロシアの核兵器による拡大抑止を示唆していると見られる。
※2 第102ロシア軍事基地(102RVB)。RVBというのは特定の軍事基地施設のことではなく、外国に設置されるロシア軍の部隊集団を指しており、102RVB以外にはタジキスタン駐留の201RVB、南オセチアの4RVB、アブハジアの7RVBがある。
 102RVBはアルメニア西部、トルコ国境に近いギュムリに司令部を置き、『ミリタリーバランス2020』によると以下の兵力を擁していると見られる。

兵力:3300人
陸上部隊:1個自動車化歩兵旅団
 - T-72戦車74両
 - BMP-1/2歩兵戦闘車160両
 - 2S1 122mm自走砲12門
 - BM-21 MLRS 12両
航空部隊
 - MiG-29戦闘機1個飛行隊(18機)
 - Mi-24P攻撃ヘリ1個飛行隊(8機)
 - Mi-8MTヘリ4機
防空システム
 - S-300V 2個高射大隊
 - 2S12クーブ 1個高射大隊

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