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第284号(2024年11月11日) トランプの再登板とロシア・ウクライナ戦争の行方 「どっちの」トランプが顔を出すのか



【今週のニュース】ウクライナ軍と北朝鮮軍の戦闘始まる

ロシア軍が戦略抑止力演習を実施

オホーツク海から発射されるブラワーSLBM

 10月29日、ロシア軍の戦略核部隊は、最高司令官であるプーチン大統領の指揮下で定例の戦略抑止力演習を実施した。
 今年の戦略抑止力演習の内容は例年と大きく変わっていない。戦略ロケット部隊(RVSN)による大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射訓練、海軍(VMF)の弾道ミサイル原潜(SSBN)による潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)、航空宇宙軍(VKS)による空中発射巡航ミサイル(ALCM)発射訓練が1日の間に実施された。内訳は以下の通りである。

・プレセツク宇宙基地からRS-24ヤルスICBM(単数)をカムチャッカ半島のクラ射爆場に向けて発射
・北方艦隊の667BDRM型SSBNノヴォモスコフスクがシネーワSLBMをバレンツ海から発射
・太平洋艦隊の955A型SSBNクニャージ・オレグがブラワーSLBMをオホーツク海から発射
・VKSのTu-95MSがALCM(複数)を発射
・発射の管制は国家防衛指令センター(NTsUO)から実施された
・ミサイルはすべて目標に到達し、想定された任務を完全に達成した

 この種の演習が定例化されたのは2020年以降のことである。TASS通信の特集記事が過去の経緯をまとめている。

ウクライナ軍と北朝鮮軍の戦闘始まる

 11月7日、ウクライナのゼレンシキー大統領は、すでにウクライナ軍が北朝鮮軍と交戦しており、後者から死者が出ていると述べた。ウクライナ側が北朝鮮軍人の戦死について公式に認めたのはこれが初めてである。
 ゼレンシキー大統領によると、北朝鮮軍は8月にウクライナ軍が侵攻したクルスク地域に1万1000人の兵員を派遣している。


【インサイト】トランプの再登板とロシア・ウクライナ戦争の行方 「どっちの」トランプが顔を出すのか

プーチンの「停戦」条件

 米国大統領選の結果が出ました。周知の通り民主党がボロ負けでトランプ政権の再登場ということになるようです。加えて議会では上下両院とも共和党が取ることになりそうですから、これはウクライナでの戦争にも大きな影響が出るでしょう。
 まず問題になるのがやはりトランプの出方です。しかし、これがなかなか読めません。トランプ自身はウクライナ戦争を「24時間で終わらせる」「72時間で止める」などと言ってきましたが、そんな簡単な方法があれば苦労はしないはずです。また私自身も米国の専門家ではないですから、とりあえず二つのシナリオを想定してみたいと思います。
 まず考えられるのは、ウクライナに対して早期の停戦を呑めと圧力を掛けることです。でないと軍事援助を止めるぞ、という脅しとおそらくセットになるでしょう。しかし、このメルマガでも述べてきたことですが、ロシアが戦場で軍事的優勢を獲得しつつある現状での「停戦」というのは事実上の「ウクライナの降伏」である可能性が非常に高いと思われます。最近、戦争の最初期(3月7日)においてロシアが突きつけた「停戦条件」の内容がリークされてきましたが、「ウクライナの永世中立と安全保障に関する条約」と名付けられたこの文書はざっくりと以下の内容から成っていました(ラジオ・フリー・ヨーロッパ(RFE)の調査プロジェクト「システマ」が入手したもの)。

中立(第1条)
・いかなる軍事同盟・軍事的取り決めにも加盟せず、外国軍隊の駐留やウクライナ領内での外国軍との演習も行わない
・兵力の上限を取り決める
 →付属文書1にて規定。兵力を5万人までとし、兵力構成や保有装備についても細かい上限あり(後述)
・ロシアに対してウクライナが2014年以降に提起した国際訴訟を取り下げる
・ロシアに対する2014年以降の経済制裁を解除する
国土分割(第4条)
・ウクライナはクリミアをロシア領と認める
・ドネツクとルハンシクの「人民共和国」を本来の行政境界線に沿って独立させると承認する(この時点ではまだロシアが占領していなかった領域も含めて州丸ごと、ということを意味する)
露・宇関係(第7条)
・ロシアはウクライナの中立国としての地位を尊重し、ウクライナとの間でいかなる同盟条約・軍事的取り決めも結ばない
・軍事的威圧は行わない
・その他、第1条での中立条項の再確認
ロシア語の権利と「非ナチス化」(第8条)
・ロシア語に国語としての地位を付与する
ウクライナ正教会に対するモスクワ総主教庁の管轄権を回復する
・ナチズムに対する勝利に関連した国家的シンボルの禁止を解除し、今後も禁止しない

ウクライナの軍事的弱体化を狙ったロシア

 この他にもロシアの要求は色々とあるのですが、今回は第1条と付属文書1に注目したいと思います。上記の要約から明らかなとおり、軍事同盟にも加盟してはいけないというだけでなく、ウクライナ自身の防衛力も相当に制限するという内容です。
 さらに興味深いのは付属文書1で、これを見ると非常に細かい制限をウクライナの軍事力に関してロシアが課すつもりであったことがわかります。以下、全文を訳してみました。

付属文書1
「秩序維持と自衛権行使を目的とするウクライナの軍隊及び装備品の最大数」

ウクライナ軍の兵力は、将校1500人を含む5万人以下とする。
ウクライナ軍はその構成において以下を保有できる。
・陸軍 3万5000人以下
・空軍 5000人以下
・海軍 1万人以下
ウクライナ軍の兵器を以下を超えないものとする。
・戦車 300両
・装甲戦闘車両 700両
・火砲・多連装ロケットシステム・迫撃砲 400門
・対戦車ロケット・コンプレクス 200基
・ブーク、トール、オサー型防空システム 130基
・戦闘用(輸送)航空機 70(30)機
・戦闘ヘリコプター 55機
・排水量2500トン以下の戦闘艦艇 4隻
・排水量2000トン以下の哨戒艦艇 8隻
・排水量23トン以下の哨戒艇 10隻

 兵力5万人以下といえば開戦前のウクライナ軍の4分の1です。加えて将校は1500人しか認めないというのは、有事の動員予備力を持たせないことを意図したものでしょう。ロシア軍の場合は定員100万人の軍隊のうち約5分の1に当たる約20万人を将校として有事の動員兵に対する指揮能力を確保していたわけですから、1500人がいかに少ないかが分かります。
 このような制限が開戦当初の停戦条件に含まれていたことは、プーチンも認めています。今年6月14日に外務省幹部を前に行った演説がそれで、この際、プーチンは次のように述べていました。

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