ゲラシモフ参謀総長演説「将来を見据える軍事科学」(2018年3月26日)
モスクワにおいて軍事科学アカデミーの軍事・実践カンファレンスが開催された
ロシア連邦軍参謀総長兼ロシア連邦国防省第一国防次官のワレリー・ゲラシモフ上級大将と国防次官のドミトリー・ブルガーコフ上級大将が、ロシア連邦軍軍事科学アカデミーにおいて軍事科学アカデミー会合に出席した。
会合には、アカデミーの会員、ロシア国防省の幹部、国防省の大学及び科学研究機関の主要な研究者が同席した。
会合では、2017年とこれに続く2018年における軍事科学アカデミーの作業の結果に特に重点が置かれた。
これに劣らず興味深いのは、世界における将来の地政学的状況と、軍事及び非軍事手段を以て遂行される、ロシアの安全保障への新しく多様な脅威に関する分析及び予測であった。ロシア連邦軍参謀総長兼ロシア連邦国防省第一国防次官のワレリー・ゲラシモフ上級大将は、これらのテーマについて独自の報告を行った。
同人は特に、世界におけるリーダーシップに対する米国の意図が全面的な国際的敵対を招いていると述べた。
(訳注:以下は『赤い星』によるゲラシモフ参謀総長の発言抜粋。本文の内容に関わらない記者の但し書きは割愛した)
「今日、軍事・政治的状況に影響を及ぼしているのは、自らの「グローバル・リーダーシップ」が退潮することを認めず、軍事手段を含めたいかなる方法を使ってでも一極世界を保持しようとする米国の意図です。これは、専横を認めず、公正な世界秩序を支持するロシアを含めた多くの国々の見方と対立するものです」
「その結果、国家間の敵対が先鋭化しています。その基礎を成しているのは、まず以て、政治・経済・情報といった非軍事手段です。敵対は上記の領域に以外に、外交、科学、スポーツ、文化といった現代の社会生活の全側面に段階的に広がっています。事実上、全ての側面ということです」
これに際して同人は、軍事的闘争がプランBに退いたと考えるべきではないと指摘した。
「西側が都合の悪い国家に対して用いる経済・政治・外交その他の非軍事手段は、軍事力行使の脅しやその直接的使用を強化するものであるというのが現実です」
「この際、米国やその同盟国は、民主主義を守るというスローガンの下、よく知られた国際法規範や自らに都合よく歪曲されたその解釈をしばしば利用します」
続いて参謀総長はシリアに言及した。
「ロシアが(訳注:アサド)政権側について紛争に参加した時点で、同国はその存続を賭けた戦争をほぼ4年に渡って戦っていました。国内の不安定がいつの時点で軍事紛争へと移行したのか、明確な答えはありません。いかなる国もシリアに対する戦争を公然と宣言したわけではありませんが、全ての非合法武装勢力は外国勢力によって武装され、資金を供給され、指示を受けていたのです。それ以来、軍事紛争の参加者は増え続けています。正規部隊と並んで、国内の不満分子(訳注:原文は「内部の抗議ポテンシャル:внутренний протестный потенциал населения」)、テロ勢力、過激派勢力が活動しています」
「今日、シリアにおける軍事紛争を「新世代戦争」のプロトタイプであると見なす軍事専門家もいます。その最も顕著な特色は、シリアの敵対国家が直接の軍事紛争に巻き込まれることを避けつつ非公然かつ証拠の残らない活動を実施する点にあります。
軍事闘争の性格の戦果は不断のプロセスであり、最新の軍事紛争は全て、本質的にそれぞれ異なったものとなっています。軍事行動の中身それ自体も変化しています。その空間的規模は拡大し、その烈度とダイナミックさは拡大しています。作戦の準備と遂行に関する時間的パラーメーターは減少しています。
敵に対する火力の効果を即時かつ間断ないものとするため、偵察と攻撃、偵察と火力を組み合わせる回路が作られています」
第一国防次官によると、直線的で集中した活動から、全敵対ドメインと軍事行動の重点戦域において同時に行われる間断なく拡散した活動への移行が生じている。
「部隊の機動性に対する要求が高まっています。全ての攻撃手段と火力手段を一つのシステムとして統合することを基礎として、敵を複合的に打破するようになってきています。電子戦手段、情報・技術的作用、情報・心理的作用の役割が高まっています。巡航ミサイルを含めた精密誘導兵器の割合が増加したことで、ピンポイントで選別的な破壊が可能になっています」
敵に作用する能力が向上したことにより、軍事活動が行われる戦域の境界は実質的に拡大していることを参謀総長は指摘した。
「軍事活動が間断なく行われているゾーンから遠く離れた場所にあるが、軍事的・経済的ポテンシャルを持った施設が存在する地区もそこには含まれます。遠隔操作されるロボット化攻撃兵器もより大規模に使用されるようになっています。素早く変化し続ける状況下では、部隊を効果的に指揮する能力が特別の重要性を帯びるようになってきています」
「もちろん、それぞれの軍事紛争はその独自の特徴を持っています。将来の紛争の主要な特色は、精密誘導兵器や、ロボット技術を含めたその他の新たな種類の兵器の広範な使用となるでしょう。敵の経済施設や国家運営システムは真っ先に攻撃を受けることになるでしょう。古典的な軍事闘争の領域以外にも、情報ドメインや宇宙でも活発な行動が行われるでしょう」
同人によると、通信・偵察・航法システムへの対抗策もまた重要な役割を担うことになろう。
「これは現実味がありそうな将来戦争の見取り図に過ぎません。これらに加えて、予見される紛争のスペクトルは非常に広いものとなるでしょうし、軍はそのいずれに対しても準備ができていなければなりません。ロシア連邦軍の建設と訓練は、こうした変化する武力紛争の特徴を勘案して行われています」
「平時に有事にも効果的な軍事活動を行えるよう、軍管区の隷下に軍種間部隊集団を設置することになったのは、軍事紛争が同時に様々な戦略方面で発生する可能性があるためです」
同人によると、これを完成させるためには、軍の軍種及び兵科をバランスの取れた形で発展させ、現代的な兵器や軍用装備の装備水準を向上させねばならない。
「各戦略正面の部隊を強化するのは、予備と空挺部隊(VDV)です。この点を考えると、VDVの発展は迅速反応兵力の基礎となるわけです。その戦闘能力を向上させ、自律的な行動能力を確保するために、空挺兵団(訳注:師団、旅団等に相当)内には戦車部隊が編成されます。全ての兵団には電子戦部隊と無人航空機部隊が設置されます。
また、航空部隊及び艦隊の配備地域が拡大されつつあります。特に注意を払っているのは、北極圏における軍事インフラの発展です。
ロシアにおける全ての戦略正面には、長距離巡航ミサイル発射機の集団が設置されます。近年の局地戦争、特にシリア領内における作戦の経験は、敵を複合的に壊滅させるシステムの改善に新たな勢いを与えました。その効率性の改善に関しては、精密誘導兵器の発展に特別の重点が置かれています」
「指揮機関の改善、情報保障のための特別部隊の設置、プログラム化装置の導入は、長距離誘導兵器を実戦使用するまでの時間を3分の2に短縮しました」
「敵に対する火力の効果を即時かつ間断ないものとするため、偵察と攻撃、偵察と火力を組み合わせる回路が作られています。各軍種及び兵科の兵器システムは、偵察・情報システム及び情報・指揮システムに統合されつつあります」
「軍種間の自動化偵察・攻撃システムを開発する作業が進んでいます。この結果、偵察から目標を打撃するまでの火力課題解決サイクルに要する時間的パラメーターは半分から5分の2に削減されるはずです。また、攻撃の精度は1.5倍から2倍となり、精密誘導兵器の照準能力も向上します」
「偵察だけでなく攻撃任務もこなせる多用途無人航空機の開発がロシアにおいて完了しつつあります。無人航空機の運用システムが発展すれば、火力による破壊の効果を増大させることができるでしょう」
「現在、将来型の多用途コンプレクスの開発が完了しつつあります。これが装備化されれば、偵察だけでなく、その他の手段を以ってしては困難であるとか効果が低い場所でも攻撃任務を実施できるようになるでしょう」
各種の電子戦手段が使用される規模が拡大していることに鑑み、これらに対抗する部隊及び手段が拡充されている、と同人は続けた。
「各部隊には、航空宇宙手段、航法システム、デジタル通信システムと連携とした電子戦コンプレクスが配備されます。精密誘導兵器への対抗手段も改善します。また、地上、空中、海洋配備型の電子戦システム・コンポーネントをバランスの取れた形で改善します」
「無人航空機の使用が拡大しており、既存の防空手段ではこれを攻撃するのは難しいということを考えると、効果的な対抗手段が必要です。新たな物理的原理に基づく将来型の対UAV(訳注:無人航空の略語。原文はБПЛА)コンプレクスが開発され、部隊配備されつつあります」
「軍の指揮システムの発展には優先的な関心を払っています。単一の情報空間に統合された、現代的な戦闘指揮・通信手段の開発が行われています。軍のモデル化がシステム化されたことは新たな展開です。軍管区から連隊に至るまでのレベルにおいて、決定の迅速性を向上させるための組織的な区分が形成されています。戦術レベルでの部隊・兵器の指揮に関する統一自動化システムが導入されたことにより、情勢に関する情報収集と分析、そして戦闘計画立案の自動化の比率が高まっています。その開発は昨年完了し、今年から自動車化歩兵兵団及び部隊、戦車兵団及び部隊でシステム一式の配備が始まりました」
締めくくりとして、参謀総長は、ロシア連邦大統領が教書演説で公表した精密攻撃手段の能力は将来的に増大するだろうと述べた。
ゲラシモフ上級大将によると、戦略核戦力の発展は、ミサイル防衛突破能力を向上させた新型戦略任務ロケット・コンプレクスと、極超音速兵器、機動性の高い海中核運搬手段、その他の戦略的な軍事闘争手段といった諸外国に類例のない根本的に新たな戦闘装置の開発によって行われている。
「この分野における施策は、ロシア大統領による3月1日の連邦議会向け教書演説で明らかにされました。将来的に極超音速兵器を含む精密攻撃手段の能力が向上すれば、戦略抑止の中心は核から非核の領域へと移行することができるでしょう」
軍事アカデミー軍事・実践カンファレンスには、国防次官のドミトリー・ブルガーコフ上級大将も出席した。同人が特に述べたのは、シリアのフメイミム航空基地に初めて導入された集中給油装置は今後、国防省の40飛行場に設置されるという点である。
「シリアにおける航空機の飛行頻度の高さから、物資・装備補給担当部署は航空機の給油手順を見直し、フメミイム基地に集中給油装置を展開させました。これにより、数十機の航空機に同時に給油を行うことが可能となりました。シリアにける集中給油装置の運用に関する肯定的な経験を考慮して、我々はこの装置を国防省の飛行場にも建設することにしました。装置が設置される飛行場の数は40カ所に及び、800機以上の航空機に同時に給油できるようになります」
報告のために登壇した軍事科学アカデミー総裁のマフムート・ガレーエフ上級大将は2017年の軍事科学アカデミーの活動を総括し、2018年の研究課題を設定した。同人はロシア連邦大統領ウラジミール・プーチンの連邦議会向け教書演説を高く評価し、国防ポテンシャルの強化に対する国家指導部の大きな貢献に対する軍事科学アカデミー会員全体の意見を表明した。同人は、軍事科学アカデミー会員が国防分野の様々な科学研究に積極的に参画していること、そして最新兵器の開発に関する一連の具体的なプロジェクトを実現していることを指摘した。
報告においては、ロシアの安全保障に対する多様な性格の脅威と「ソフト・パワー」(政治・外交、経済、情報、サイバネティクス、心理その他の非軍事的な敵対の形態及び手段)の重要性が高まっていることが描き出された。見出された脅威に鑑み、軍の新たな戦闘形態及び手段と、国家の軍事組織のさらなる再編の方向性が提案された。
報告者が特別の注意を払ったのは、ロシアの国家安全保障における精神的ファクターと国民に対する愛国教育である。
ロシアの指導者であるウラジミール・プーチンと中国の指導者である習近平の歴史歪曲への対抗に関する共同イニシアティブを実現するために軍事科学アカデミーと中国の吉林大学に2015年に設置された中露合同の第二次世界大戦及び日本の侵略に対する中国人民の抗日抵抗研究センターでは、6回の国際フォーラムが実施された。そのうちの1回は2017年夏にモスクワで開催された。また、マフムート・ガレーエフ上級大将は、国防省とロシア外務省の指導部に対し、広く国際的な反響を読んだこの催しの準備と実施に関して深い感謝の念を表明した。