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第97号(2020年8月31日) ベラルーシ大荒れの背景は?(その3)、ロシアの新型無人機、ほか

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【インサイト】ベラルーシ大荒れの背景は?(その3) 「ベラルーシの危機」か「ルカシェンコの危機」か

 ベラルーシでは依然としてルカシェンコ大統領派と反体制派のデモ隊による対立が続いています。ただ、当初の予想に反して、事態は長期化の様相を呈するようになってきました。
 ロシアの介入を恐れる反体制派がデモの過激化を慎重に抑制しているのに対し、治安部隊を掌握する政権側がデモなど恐るるに足りずと強硬な姿勢を崩していないためです。
 モスクワ在住国際アナリストの村上さんによるベラルーシ情勢解説の最終回となる今回は、この辺の事情を深掘りしてもらいました。

連載:ベラルーシ大荒れの背景を探る 第3回 「ベラルーシの危機」か「ルカシェンコの危機」か
 読者の皆さん、こんにちは。村上です。ロシア語メディアを追っていましたら、「辞任へ」というワードが目に入り、「まさかルカシェンコが!?」と思い、見直したら、安倍首相のことで驚きました。この報道はロシアでも話題になっています。
 さて、連載ですが、とりあえず今号で締められそうですので、ベラルーシに関しては、これでいったん最終回にします。3週間もの間、小泉先生ではなく、私のベラルーシの話に付き合ってくださったみなさま、どうもありがとうございました。またいずれどこかで再会できることを願って。
国際政治アナリスト・村上大空

(前号の続きから)
国際社会の対応

 今回のベラルーシ騒乱をめぐって、国際社会の対応は分かれている。
 EUは選挙結果が改ざんされたものであるとして、「民主的な変革を望むベラルーシ国民」に対する支持を表明している。また、デモ参加者への暴力をやめるよう求めるなど、ベラルーシ当局に圧力をかける姿勢も示している。
 さらに、8月27-28日にベルリンで行われた非公式のEU外相理事会では、EUがベラルーシに制裁を課すことが合意された。ベラルーシ政府高官のEU渡航禁止と資産凍結などが柱になると思われるが、本稿執筆時点具体的な対象者リストは公表されていない。デモに対する弾圧が続けば、今後、制裁の拡大も予想されよう。
 一方、ロシアの態度は微妙である。ルカシェンコ大統領の再選に対して祝意は示しているものの、反体制派との対峙において全面的にルカシェンコ側を支持するとも表明していない。ただ、ストライキ中の国営メディアにロシア・トゥデイ(Russia Today)のスタッフチームを派遣したり、融資を提供したりと、政権が倒れない程度の支援は続けるようだ。
 またロシアのプーチン大統領は8月27日、ルカシェンコ大統領から治安部隊の派遣要請があったことと、ロシア側がこれに同意したことを明らかにした。「制御不能な状況になるまでは派遣しない」という条件付きではあるが、状況次第ではロシアが直接介入することに含みを持たせる発言であったと言える。
 
「ベラルーシ危機」?
 今回のベラルーシ騒乱は、しばしば2014年にウクライナで起きたマイダン革命になぞらえられる。ウクライナと同様、今回の事態をロシアと欧米との対立構造の中で説明する言説である。
 しかし、こうしたアナロジーは不適切であると筆者は考える。
 たしかに、マイダン革命につながる一連の出来事の背後には、ウクライナをめぐるEUとロシアの対立構造があった。その両者を天秤にかけて利益を最大化しようと目論んだのがヤヌコビッチであったが、結局はバランスを読み誤って国民の強い反発に直面し、亡命を余儀なくされた。
 一方、今回のベラルーシにおける事態は、本メルマガ95号と96号で見てきたように、あくまでもベラルーシの国内問題の文脈において発生したものであって、マイダン革命とは構造がそもそも異なる。
 また、ロシアと欧米は様々な問題を抱えているものの、ベラルーシを巡る対立があったかどうかは疑わしい。たしかにロシアと欧米はシリアやウクライナを巡って対立して入る。しかし、ベラルーシに関しては、ロシアはあくまでも外部からの仲介を押し付けることを拒否しているだけである。そもそもロシアは事態を巡り、ドイツやフランスと電話協議を重ねており、仲介には慎重姿勢を示しているものの、対話による解決自体は支持している。
 そしてティハノフスカヤ陣営は、メディアにおいて、今回の危機はあくまでもベラルーシ国内で起こったものであり、対話を通じてのみ解決させることができると表明している。今回の一連の抗議運動は、特定の国に対する共感や反感を示すものではなく、あくまでも自分たちのことは自分で決めたいということだ。ロシアは「結びつきの強い国」であり、「EUやアメリカ同様に関係を進展させる用意がある」ということもたびたび強調してきた。

「日常化」するデモ
 さて、今度はミンスクの状況に視点を戻そう。
 8月9日の大統領選挙から3週間を経て、デモは未だに続いている。最近は外国メディアの締め出しによってデモの全貌は掴みにくくなっているが、参加者はSNSを駆使し、デモの様子を発信している。拘束された参加者の中には釈放後、「食事つきのバカンスを楽しんできた」と発信する人もおり、雰囲気は明るい。最近は警察の抑制的な動きも目立つようになった。
 デモがすっかり、ベラルーシの「日常」として定着しつつあるようだ。
 脱線するが、SNS上でこんな動画が話題になった。場面は治安当局の人たちとデモ隊がにらみを利かせている歩道橋。そこを、反ルカシェンコを象徴する白と赤の旗を持っている老婆ニーナが、「自分は散歩しているだけだ!」と、通り過ぎようとしたものの、階段でよろめき、武装した治安部隊の人が支え、降りきるまでをエスコートしていた。これには称賛のコメントが寄せられ、ニーナおばあちゃんとして、ちょっとした有名人となった。
 8月27日には、ニーナおばあちゃんは、治安関係者に旗を没収され、「返せ」と抵抗するも、そのまま旗を持っていかれる場面が拡散された。しかし、29日に確認できた映像では、ニーナおばあちゃんは何事もなかったように、新しい旗を持ち、街を歩いている。
 
それとも「ルカシェンコの危機」?
 現在の状況をルカシェンコが危機としてとらえていない可能性もある。彼は、デモに参加しているのは、「仕事を失った人たち」であり、「デモなんかに行かないで、さっさと働け!」と発言するなど、デモに怯まない姿勢をアピールしている。デモや制裁に屈する様子も、ティハノフスカヤ側の対話の呼びかけに応じる姿勢も見せていない。
 23日の日曜日には、一説では、20万人以上が参加したとされるデモがあったが、ここでもルカシェンコの姿勢は際立っていた。15歳の息子のニコライと共に自動小銃を持って大統領府にヘリコプターで降り立ったのである。近くにいた護衛にデモ隊が「散ったか?」と尋ねる様子はなかなかの役者ぶりであった。
 国内外に対して、「自分はデモなんか怖がっていない」という姿勢を示すものと言えよう。
 いっぽう、ロシア大統領府のペスコフ報道官は23日の件についてメディアからコメントを求められた際、回答を拒否した。

一定程度はある(?)ルカシェンコの人気
 前回取り上げたルカシェンコ支持集会はまだ開催され続けており、政権は内外的にルカシェンコ人気をアピールしている。
 いくつかの独立メディアによると、ルカシェンコ支持集会の参加者は給料引き上げなどの「アメ」を与えられたり、集会に参加しなければ「クビにする」という「ムチ」がチラつかされたというから、人為的な動員があったことは事実だろう。
 ただし、参加者全員がいやいや動員されたかどうかと言えば、疑問の余地がある。ルカシェンコは、ベラルーシでウクライナのように混乱が起きなかったのは、自分のような強い指導者がいたからだ、と積極的にアピールしてきており、これはある程度受け入れられているように見えるからだ。集会のビデオを見ると、マイクを持った人が「ウクライナのようになりたいか?」と参加者に呼びかけ、これに対して群衆から「ニェート(ロシア語でNOの意)」と返す場面もあった。
 以前にも書いた通り、ルカシェンコの本当の支持率が確認できる統計はない。ただ、大統領選挙前には、ルカシェンコを支持する理由を問うインタビューに対して、「ウクライナのようにはならなかった」と回答している人もある程度いた。このことは反ルカシェンコを掲げていた大統領候補も意識をしている。
 大統領選への出馬を目指していた元駐米大使のワレリー・ツェプカロが、出馬前のインタビューにおいて、政治経験がないまま大統領になったゼレンスキーについて言及し、「自分は彼とは違って政治に携わった経験がある」と述べたことも示唆的である。素人ではないことを強調する必要があった、ということだ。
 ルカシェンコが熱心に言及する自分の成果には、この「安定」が含まれており、地方や一定の年代以上の層からは、彼が支持されている可能性もある。

今後の展望
 また、治安関係者の中には、自ら辞任を表明したり、デモ参加者に暴力をふるうことを拒否して参加者に寄り添う姿勢を示す者もいるが、まだ多数派にはなっていない。ルカシェンコは力を行使できる軍や警察、そして治安機関のようなシロヴィキは掌握している。ここが揺らがない限り、ルカシェンコ政権が倒れることはないかもしれない。
 ティハノフスカヤ陣営は、権力の移行を進めるべく「調整評議会」を設立し、対話に応じるよう、政権に要請している。しかし、ルカシェンコ側は、これを認めず、その活動を妨害している。少なくとも現段階では、評議会の主要メンバー2人は拘束され、同じくメンバーに名を連ねるノーベル賞作家であるスヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチも、地方当局に出頭を命じられたという報道がある。
 そして興味深いのは、EUはベラルーシに対して、選挙の問題点を指摘していても、公式に選挙のやり直しまで求めているわけではない、という点である。あくまでも対話に応じるよう要求するにとどまっているが、ルカシェンコ側はこれには応じる姿勢を見せていない。
 今後カギとなってくるのは、ロシアの関与であろう。すでに見たように、ルカシェンコは最近、ロシアの巻き込みを図っている。ロシアも融資などの資金的援助には合意をしており、今後EUが本格的な制裁に踏み切ってもルカシェンコが生き延びられる可能性もある。
 ただベラルーシとロシア間には、近年対立が目立っている。例えば、今回の選挙キャンペーンにおいては、ルカシェンコは「ロシアに国をやるつもりはない」「自分が大統領でなかったら、とっくにロシアに乗っ取られていた」旨を度々発言し、ロシアを公然と批判していた。
 ティハノフスカヤについても、彼女にはいまやポーランドなどのEU諸国の援助が入っている、と批判しているが、選挙キャンペーン中には「ティハノフスカヤには、ロシアが資金援助している」と批判している。ワグナーの傭兵を拘束した際も「ロシアの関与がある」、と大々的に謳ってきた。
 後ろ盾であるロシアに対してルカシェンコがこれだけ強気な理由は、「ロシアは我々を失いたくないのだ」という大統領選挙前の年次教書演説という発言に垣間見られよう。ベラルーシがロシアの勢力圏内にとどまる限り、多少反抗してもロシアから援助を得られ続けると考えているようだ。
 しかし、ロシア側がルカシェンコを支え続けるという保証はない。ベラルーシを巡る外国との対立に巻き込まれてロシアが得るものはあまり大きくないためである。例えば、EUの制裁に対して、ルカシェンコは「制裁というものが何なのか見せてやろう」と発言し、ベラルーシを経由するロシアからヨーロッパへの輸送路を遮断することをほのめかしている。こうしたリスクを負ってまで、ロシアがルカシェンコを助けるとは、考えにくい。
 いずれにせよ、事態は短期的に収束する見込みはなく、むしろ中長期化しそうである。当分は現在の非日常が、ベラルーシの「日常」としてしばらく続くかもしれない。
(おわり)


【今週のニュース】ロシア軍の将来型無人航空機、ロシア国防省が3000億ルーブルの大規模契約を締結、ほか

・ロシア軍向け将来型無人航空機公開
 前号でも紹介したように、今月23日から29日にかけて、モスクワ郊外の「愛国者公園」で国防省主催の武器展示会「アルミヤ2020」が開催された。今回は、ここで公開された各種の無人航空機(UAV)に関するニュースを紹介しよう。なお、いずれも開発元はサンクトペテルブルグに拠点を置くクロンシュタット社であり、以下の情報は同社の8月23日付けプレスリリースに基づく。

オリオン(Орион)
 ロシア初の中高度(MALE)UAVとして開発が進められているもので、すでにロシア軍の演習場で制式化に向けたテストが開始されていることが明らかにされた。現在、オリオンに対してはペイロードの増加が図られるとともに各種の搭載ウェポンに関する適合性試験が実施されており、これによって「偵察機」から「偵察・攻撃機」へとカテゴリーが変更されたという。
 なお、国営通信社「RIAノーヴォスチ」は、オリオンの量産に関する最初の契約がロシア国防省との間で締結されたと23日に報じている。

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