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第150号(2021年10月25日) 中露艦隊日本一周、アフガン情勢とロシア、核兵器禁止条約 ほか
【インサイト】核兵器禁止条約「オブザーバー参加」という選択肢
今年1月22日に核兵器禁止条約(TPNW)が発効しました。もちろん、P5といわれる五大核大国、印パ、北朝鮮、イスラエルなどは非加盟ですが、とにもかくにも核兵器の存在そのものを違法とする法規範ができたということは、この究極と兵器と人類との付き合い方における一つの画期であることは間違いないと思います。
翻って日本はと言えば、我が国周辺の仮想敵国(ロシア、中国、北朝鮮)の全てが核保有国となり、しかもその質的近代化(と中国に関しては急速な量的増強)が進むというありがたくない状況に置かれています。本来ならばTPNWの先頭に立つべき日本ではありますが、現実問題としては米国の拡大核抑止に依存せざるを得ないのが現状と言えるでしょう。
お隣の韓国がTPNWに対して距離をとっている理由も同様に解釈できるでしょうし、ロシアの軍事的脅威に直面する欧州諸国も同様です。
ただ、こうしたなかで、NATO加盟国のノルウェーがTPNWにオブザーバー参加するという方針を発表して注目を集めました。米国の拡大抑止下にあるノルウェーが何故、TPNWに関与しようとするのか、その意味するところは何なのかを「国際法系軍事ライター」として知られる木村和尊さんに解説してもらいました。
ノルウェー核禁条約オブザーバー参加へ-非核への一歩か「NATOの綻び」か-
木村 和尊
「オブザーバー参加」の背景
2021年10月13日、ノルウェーが来年3月に開催予定の核兵器禁止条約第一回締約国会議へのオブザーバー参加を表明した。同条約へのオブザーバー参加を決めたのは、スウェーデン、スイス、フィンランド、マーシャル諸島に次ぐ5ヵ国目で、NATO加盟国としては初めてである。
核兵器禁止条約第8条5項によると、オブザーバー参加制度は次のように規定されている(翻訳は朝日新聞社のサイトに掲載された核兵器禁止条約全訳から抜粋 )。
五、本条約の非締約国ならびに国連システムの関連機関、その他の関連国際機構と機関、地域機構、赤十字国際委員会、国際赤十字・赤新月社連盟、関連の非政府組織は締約国会議や再検討会議にオブザーバーとして招待される。
以上のように、核兵器禁止条約では「非締約国」がオブザーバーとして締約国懐疑や再検討会議に参加することを認めているが(したがって理論上は日本のオブザーバー参加も不可能ではない)、NATO加盟国であるノルウェーがこうした決断を下したのは何故だったのだろうか。
その背景には、9月13日に行われた同国の総選挙での労働党率いる左派野党連合の勝利があった。
2019年の世論調査によると、ノルウェー国民の78%は核禁条約への批准に賛成であったが、保守党を中心とする従来の中道右派政権は、反対姿勢を貫いてきた。NATO加盟国として米国の「核の傘」に入っている以上、これはある意味でやむを得ないことであろう。同じ2019年には、ノルウェー国会も核兵器禁止条約を批准しないという方針を正式に決議している。
このように、核兵器禁止条約を巡ってはノルウェーの国民と政府の間に一種の「ねじれ」が存在していたわけだが、今回の政権交代では、このねじれが(左向きに)解消されたということになろう。なお、オブザーバー参加国は、核兵器禁止条約の履行義務を有する締約国(第5条)とは区別されるため、前述の国会決議とは別段矛盾しない。
オブザーバー参加の問題点
これまでオブザーバー参加を表明した国々のうち、スウェーデンとスイスは(前者は比較的NATO寄りのとはいえ)中立国であり、ハードルは比較的低い。フィインランドも、その置かれた戦略的環境から中立的な政策を余儀なくされている点で、スウェーデン・スイスと同様の分類ができるだろう。マーシャル諸島に関しては、米国の核実験場であった歴史が長く、条約批准の前駆段階としてのオブザーバー参加という意味合いが強いと考えられる。
こうしてみると、大国との軍事同盟を結んでいながら核兵器禁止条約へのオブザーバー参加を申請したノルウェーはかなり異質であることが見て取れよう。来年の第一回締約国会議で同国がどう振る舞うのかはちょっとした注目の的と言える。
ただ、このような異質性ゆえに、いくつか気になる点もある。
その第一は、ノルウェーに拡大抑止を提供する米国の受け止め方だ。米国は核兵器禁止条約を歓迎しておらず、ノルウェーのオブザーバー参加が二国間関係に何らかの影響を及ぼす可能性はある。
第二に、ノルウェーの仮想敵国であるロシアがこの動きを「NATOの綻び」と見做さないかという懸念である。
NATO内での米国と欧州諸国との距離感はことあるたびに生じてきた。トランプ政権下での「アメリカ・ファースト」政策は、米側が高圧的に欧州諸国の防衛負担増を求めたことで摩擦を生んだが、バイデン政権の場合はあまりに拙速なアフガニスタン撤退が米国の防衛コミットメントに対する欧州諸国の疑念を生んだ。こうした中でトルコはロシアに接近し、独仏間で「EU軍」創設に向けた動きも存在する。
ノルウェーがオブザーバー参加を決定すれば、以上のような同盟の隙間風がさらに広がっているとの誤ったメッセージをロシアに与えはしないだろうか。
日本へのヒント
核兵器禁止条約へのオブザーバー参加に関しては、我が国でも賛同の声が根強い。野党はもちろんのこと、与党公明党も前向きだ。
たしかにオブザーバー参加には一定のメリットがある。日米同盟体制の下にある日本は安全保障を核兵器に頼る側の国ではあるが、同時に被爆国である。そのような立場にある日本が核兵器禁止条約を一律に拒否しないという姿勢を示すことは、「抑止」と「廃絶」という異なるロジックの間で一種の橋渡し役としての立場を得るのに資するだろう。
また、実際に核兵器に頼らない安全保障を選択した国々のスタンスを把握すること、日本以外の被爆国と被爆者(大国の核実験によって被害を受けた人々。この日本語はHibakushaとして核兵器禁止条約前文にも盛り込まれている)へのケアや平和教育で協力することも有用であろう。
ただ、こうした協力に踏み出すにしても、まずは前述の諸課題に一定の目処がつけられなければ本末転倒であり、この点について議論が尽くされない限りは安易にオブザーバー参加というカードを切るべきではない。日本としては、我が国と同じく米国との同盟関係にあるノルウェーはロールモデルとも反面教師ともなるだろう。
(以上)
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TPNWは根本的に核兵器を「絶対悪」と見なす核廃絶論者の論理に立脚したものであり、これを「必要悪」と見なす抑止論者とはそもそもの部分で話が噛み合わないという場面がまま見られます。
私自身もどちらかというと抑止論の世界で生きている人なので、決して核廃絶論者と話が合うとは言えません。
他方、抑止論者はどうも「必要悪」の「悪」のところが頭かすっぽ抜けているのではないか、という気もときおりします。「おいおい自分が何の話ししてるかわかってるかい」というようなことを核戦略家というのは割と気軽に言ってしまうんですね。まぁその極北がストレンジラブ博士であるわけですが。
核兵器の問題というのは、真剣に取り組むほどにこの二つの論理の間で又裂き状態になっていく傾向があり、この溝は簡単には埋まらないでしょう。ただ、溝があるからすっかり諦めてしまうということと、溝があるならあるなりに細くてもいいから橋の一本なりとも掛けようとすることはまた別です。
今回の木村さんの論考は、その「細い橋」をオブザーバー参加という制度に求めたものとして私自身興味深く拝読しました。
【今週のニュース】アフガニスタン不安定化への対応と中露合同「海上戦略巡航」ほか
極東におけるロシア軍の動き
ロシア国防省によると、航空宇宙軍のTu-95MS戦略爆撃機2機が極東でパトロール飛行を実施した。2機はSu-35S戦闘機の護衛を受けながらチュコト、ベーリング海峡、オホーツク海を9時間に渡って飛行したとされている)。このうち、オホーツク付近でエスコートを担当したのは択捉島に配備されたSu-35Sである可能性も排除できないが、この点は明らかにされていない。
以下はロシア国防省のYoutubeチャンネルに掲載された実際の映像である。
既に日本では大きく取り上げられているように、18日には日本海で合同演習「海上連携2021」を行なった中露の艦隊が津軽海峡を合同で通航し、太平洋を経由して22日には大隈海峡を通航した。翌23日には長崎県・男女群島の南南東約130kmの海域で中国海軍の駆逐艦からヘリコプターが発艦したため、航空自衛隊が緊急発進を行なっている。
中露は2019年から戦略爆撃機による合同空中哨戒を2度実施しており、今回の「海上戦略巡航」はこれを海にも拡大したものといえよう。
こうした動きが、今年夏から秋にかけて日本南西部周辺で実施された日米豪NATOの大規模海上演習に対応したものであることはおそらく疑いない。『産経新聞』が中国の『環球時報』を引用しながら報じたところによると、これは中露による初の「海上戦略巡航」であり、「米国が台湾海峡通過を繰り返していることや、日本などと対中圧力を強めていることへの対応」であった。
また、前号でも紹介したように、「海上連携2021」の最中には米海軍の駆逐艦チャーフィーがロシア領海での航行の自由作戦(FONOP)を実施しようとしてロシア側に阻止されたほか、米空軍のB-1Bが日本海上でロシア航空宇宙軍のMiG-31からインターセプトを受けている。西側による大規模な海軍力の展開が直接的には中国抑止を念頭に置いたものであるとしても、ロシアとしてはそのとばっちりが自国の極東部に及んでくることは看過しないという必要性があったと思われる。
ただ、中露艦隊が宗谷海峡までは北上せず、津軽海峡で太平洋に出たことは興味深い。中露はともに米国中心の世界秩序を拒否するという点では一致しつつ、お互いが抱える領土問題(この場合は北方領土)には踏み込まないという関係性であることが依然としてここからは読み取れるからである。とすると、中露艦隊が大隈海峡で帰港コースに入ったことも、「台湾付近までは近づかなかった」と読み解くことができそうである。
また、「海上連携2021」と「戦略海上巡航」の期間中に撮影されたルイバチー基地(カムチャッカ半島に置かれたロシア太平洋艦隊の原潜基地)の衛星画像を見る限り、現役にあるSSBN(弾道ミサイル原潜)、SSGN(巡航ミサイル原潜)、SSN(攻撃型原潜)は全て埠頭に繋がれていた。この点からすると、ロシアは中露の合同演習には原潜を出しておらず、あくまでも海上での政治的デモンストレーションという側面が強かったように思われる。
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