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第276号(2024年8月19日) ウクライナによるクルスク侵攻の狙いは?


【今週のニュース】

ウクライナ軍がロシア軍の4飛行場を同時に攻撃

 ウクライナ参謀本部は8月14日、ロシアの4飛行場に対して同時に攻撃を仕掛けたことを明らかにした。攻撃対象はハリノ、サヴァスレイカ、ボリソグレフスク、バルチモールとされている。いずれもロシア空軍がウクライナ作戦で使用している戦闘機・戦闘爆撃機基地であり、特に燃料施設や弾薬庫を狙ったという。
 なお、攻撃に関与したのは空軍、特殊作戦軍(SSO)、ドローン軍(独立兵科)、国防省情報総局(GUR)などであったとされているので、ウクライナ軍総力を挙げての複合的な作戦であったと見られる。

【インサイト】ウクライナによるクルスク侵攻の狙いは?

ウクライナ軍がロシア領クルスクで侵攻

 2週間ぶりのメルマガですが、この間、ロシアのウクライナ侵略をめぐっては非常に大きな展開がありました。いうまでもなく、ウクライナ軍によるロシア領クルスクへの侵攻です。当初は東部戦線からロシア軍主力を誘引するための陽動作戦では、という見方もあったのですが、8月6日に始まった侵攻作戦は現時点でも続いており、ちょっとした陽動というふうには見えません。
 8月12日にウクライナ陸軍のシルシキー総司令官がゼレンシキー大統領に報告したところでは、ウクライナ軍が占領したロシア領土は1000平方km。これはロシアが昨年10月以降に獲得した占領地域(1131平方km)に迫る広さとのことで、やはり「ちょっと突っついてみる」という程度の作戦ではなかった気がします。

 8月18日には焦点となっていたスジャ市が完全に制圧されたことでウクライナの占領面積は1150平方kmに達しました。
 また、これだけの期間にわたってロシア領土を占拠し続けているわけですから、投入されている兵力はかなりのものです。一説には5個旅団という話もあり、ということは後方にはもう少し予備がいるでしょう。計10個旅団くらいでの作戦とすると、昨年6月に始まった反転攻勢作戦(失敗)に次ぐ大規模攻勢作戦ということになります(この辺の軍事的な側面については次回で扱います)。

想定されるウクライナの目的-1 停戦交渉に向けた取引材料説

 問題は、ウクライナがこのような作戦に訴えた理由は何なのか、です。これは、この侵攻作戦をどう評価するのか全体に関わってくる問題ですので、ちょっと考えてみましょう。
 よく言われるのは、ウクライナがロシア領を占領することで、停戦に向けた何らかの交渉材料にしようとしている、という見方です。つまり、ロシア側がウクライナ領の約2割を「人質」にしており、これを武力で奪還するのが難しい以上、ウクライナも「人質」を取ろうとしたのではないか、ということですね。とすると、この作戦は比較的早期の停戦実現を目指したものと見ることができるでしょう。
 ただ、ウクライナが占領できた領土、つまりロシアに対する「人質」はそう大きなものではありません。前述のように、今年に入ってからのロシア・ウクライナ双方の獲得占領地域は同じくらいなのですが、戦争が始まってからの累計ではロシアが圧倒的(大体12万平方km弱くらい)です。取引材料とするには「人質」の数が釣り合っていないように思うのです。
 したがって、もしもこの作戦が早期停戦を見据えたものであるなら、かなり迅速に、かつ現在よりもずっと広い占領地域(人質)を確保せねばなりません。もはや初期の奇襲効果がほとんど失われた現在、ウクライナ軍にそれができるかどうかはちょっと疑問符のつくところではあります。実際、クルスク方面に続いて発動されたベルゴロド方面へのウクライナ軍の攻勢はロシア軍によって頓挫させられています。
 他方、同じ交渉材料とするにしても、土地と土地の交換が目的であるとは限りません。このメルマガでも何度か指摘していますが、ロシア側の戦争目的はおそらくウクライナの主権に制限を課してロシアにとって安全な存在にすること(もうちょっとあからさまには「保護国」とか「属国」と呼ばれる状態にすること)であるというのが私の考えです。とすると、現時点でロシアと交渉する場合、停戦の対価としてロシアが迫ってくるのは「土地」ではなく「主権」でしょう。具体的に言えば、6月14日の外務省演説でプーチンが述べたとおり「占領地域をロシアに渡すのは当然として、政権交代と軍隊の解体、そしてNATO非加盟を約束せよ」ということになると思います。

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