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第145号(2021年9月13日)日本に求められるシンクタンク像 ほか
存在感を増す「軍事大国ロシア」を軍事アナリスト小泉悠とともに読み解くメールマガジンをお届けします。
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【オピニオン】日本に求められるシンクタンク像
9月は恐ろしく予定が立て込んでおり、その最中にコロナワクチン(モデルナ)の第二回接種を受けたところ予想外の副反応で週末中ぶっ倒れるというアクシデントに見舞われておりました(受けられるだけありがたいのですが)。
それでもどうにか月曜にメルマガを…と思っていたところに飛び込んできたのが「北朝鮮、巡航ミサイルを試験」というニュースで、こうなると一日中取材攻勢で仕事になりません。本当は前回のメルマガでちょっと触れたロシアの予備役動員システムについて解説したかったのですが、リサーチにかける時間が取れませんでした。申し訳ないです。
代わりと言ってはナンですが(本当に代わりになってないのですが)、Twitterでちょっとバズった私のシンクタンク論(とこれに続くスレッド)をここでまとめ直してみたいと思います。以上は酒飲みながら書いたやつなので。
霞ヶ関関係のレクチャーは愛国心でやってます、という有識者は多いと思うけどそろそろ「それやとこんなもんしか出まへんで」と言った方がいいと思う。そもそも我々の商売は広く売れるものではないのでちゃんと値段設定しないと生活の心配のない大学教員か年金生活者くらいしか外交安保の話をしなくなる
— ユーリィ・イズムィコ (@OKB1917) September 12, 2021
日本にはシンクタンクと称する機関が結構あります。
政府系では国際問題研究所、防衛研究所、アジア経済研究所なんかがありますし、民間でも大手では三菱総研とか大和総研などの大企業付属シンクタンク、独立系の平和安保研(RIPS)、日本国際フォーラム、私が以前所属していた未来工学研究所など多彩です。
ただ、船橋洋一氏の『シンクタンクとは何か』でも痛烈に批判されているとおり、日本のシンクタンクは数がある割にどうも影が薄いわけです。この点は同書第7章で詳しく扱われていますが、まとめるならば、政策提案を行うという気概がない、外交・安保が弱い、政府や大企業の天下り先として見られていない、霞ヶ関がその機能を果たしている(いた)、というところでしょうか。
これらは全く「本当にそのとおりです、ハイ」という感じで、詳しくは是非上記の書をお読みいただきたいわけでが、私も10年くらいシンクタンクにいた経験と、研究者としてシンクタンクに関わってきた経験から思うところがあります。
それは、「日本のシンクタンクからは『この組織があったから生まれた知』というものがどうもあんまり出てこない」ということです。もちろん全くダメ、ということではないにせよ、シンクタンクの数と規模に比べてどうも物足りないのではないかということです。
何故なのか、と考えてみると、日本のシンクタンク(特に独立系シンクタンク)はあんまり人を雇わないのです。理事長と少数の研究員とあとは事務員がいるけれども、「研究活動」は大学の先生とか他の研究機関の人を呼んできて研究会を開き、報告書を出す、というパターンが非常に多い。
まぁこれはこれで一つの方法だと思うわけですが、幾つか問題があります。
第一に、この方法では、日本全体としての研究職のパイが増えない。研究者をぐるぐる貸し借りするというエコシステムが出来上がってしまって、その小さな規模でなんとか動いてしまうわけですね。
そしてこのことは、第二の問題につながります。すなわち、どの研究会に出ても大体毎度同じような人が名前を連ねていて、代わり映えがしない。同じ人がやってるわけですから、議論の内容もそう変わりません。
第三に、研究の質がどうしても薄くなる。これは自戒も込めて言いますが、外部の研究者がXX研究所のOO研究会に参加した場合、まぁそのために全力投球とかできないわけです。本業がありますし、こういう研究会から出るお金はせいぜい会議出席者金(よければ報告書執筆の原稿料)くらいですし。
各シンクタンクはそれぞれ助成金とか委託研究の契約料とか貰っている筈なんですが、それらは専ら専従職員の人件費に消えていくので、真水の研究費(例えば高価なデータベースにサブスクするとか)にはあんまり回って来ないのですね。もちろんシンクタンクも食ってかないといけないわけだからこれは致し方ないのですが、だとすると日本のシンクタンクって存続が第一の目的になっているとも言えてはしまうでしょう。
まとめると、日本のシンクタンクというのは少ない研究者を融通し合いながら同じような研究会をやって内容の薄い報告書を出している…と我ながら書いていて「ひどい言い草だな」と思いましたが、やはりこれは否めない現実だと思うのです。
私が生きている外交・安保分野について言えば、例えば日本の防衛政策の筋書きになるような議論がシンクタンクから出てきた、というためしがないわけです。日本政治史には詳しくないので自信がないですが、少なくとも「XX研究所の防衛政策試論があの防衛政策につながった」という誰もが思いつく例ってないですよね。
たしかに日本のシンクタンクも政策提言はします。しかし個人的見解からいうと、これは政策提言というのはあまりにお粗末である場合が多いし、やってる当人たちもそれが政策の素案になると思ってやってない。
まぁ大体年度末とかにですね、委託研究の期限が来るからそろそろ提言をまとめましょう、なんていうお声が座長から掛かって、「XXすべし」式の提言を委員から幾つか出して貰って事務局ががっちゃんこする、というのが大部分のケースだと思います。
最近、博論のためにロシアの軍改革史を詳細に追っていて「いいなぁ」と思ったのですが、ロシアのシンクタンクはこの意味で「仕事」してるんですよね。
ソ連末期の米国・カナダ研究所(IKAN)の軍改革案とか2000年代初頭のガイダル移行期経済研究所の軍改革案とか、何をするためにどんな施策が必要で、数値目標はこのくらいで、コストと期間はこうで、とそのまま政策になるような提案があの国のシンクタンクからちゃんと出ていたわけです(ちなみにガイダル移行期経済研究所の軍改革案は本当にそのまま採用させるためにカシヤノフ首相の政令案まで付けてある)。
こういうことができるのは、やはりシンクタンクが専従の研究者をたくさん抱えていて、片手間ではなくて本業として研究をやらせられる環境があるからだと思います。
しかし我が国の状況は以上で述べたとおりであって、大部分のシンクタンクは自前で研究を行う能力がなく(あるいは極めて限られており)、他所の人材をちょっと借りてきて自分のところで研究会をする、という形式が多い。これではシンクタンクはただの会議事務局になってしまいますし、実際シンクタンク「研究員」とされている人たちも実態はこの種のロジ要員である場合が少なくありません。
他方、日本でも防衛研究所なんかは多数の研究者を研究させるために専従で雇っており、しかも内局や部隊と人間を行き来させることで政策へのアクセス能力を持っています。これは防衛予算に支えられているからできることではあるとしても、日本のシンクタンクとしては珍しい成功例に入るでしょう。
じゃあ結局どうしろというのだ、というと、日本のシンクタンク事情を一夜に変えるような妙案はもちろん私にもありません。
ただ、自分なりにできることとして昨年から取り組んでいるのが、ROLES(先端研創発戦略研究オープンラボ)です。要するに東大内にシンクタンクを作ってしまえということです。
その公式サイトをご覧いただくと分かるのですが、ROLESもまた、「他所から人を借りてくる」方式から逃れられてはいません。結構な数の分科会をやってはいるのですが、メンバーの大部分は外部機関の人です。これらだけの専門家をROLESの専従として雇うことができたら日本の文系アカポスの数は何%か増やせると思いますが、残念ながらそこまでの予算は今のところありません。
他方、ROLESには私なりに幾つかの仕掛けをしたつもりでいます。
その第一は、若手の、なおかつ重要だがあまり一般受けしなそうな研究をしている人にポストを用意すること。まぁこういうとROLESに来て貰った研究者の皆さんには「お前は変な研究をしてるぞ」と言っているのに等しいですがまんまとそのとおりです。言ってる本人もそうなので勘弁してください。
第二に、外部の人が入る研究会もお馴染みの大御所・中堅だけでなく、なるべく若手、女性、非アカデミズムの人を入れる(特に新領域分科会)。つまり、せっかく研究会をやるならばいつもの偉いおじさんたちばかりというのは辞めて、人材発掘とデビューの場として活用しようということです。
最後に、アカデミズムからちょっとはみ出す。アカデミックな研究は大学がやればいいと思うわけです。そのための大学ですし。アカデミズムは議論の堅牢性とか実証性という点で非常に良い手法なのですが、政策への貢献という点では何か接点が必要です。そこにシンクタンクの役割があるだろうということで、ROLESではちょっと変わった企画(衛星画像分析プロジェクトとか)をやっています。
で、ミソは、ROLESが大学内シンクタンクだというところです。以上のようなことを民間のシンクタンクでやろうとするとなかなか難しいんですね。既に述べたとおり、研究費の大部分が人件費になってしまうからです。かといって日本には米国のようにシンクタンクに巨額の寄付をするというカルチャーもないですし。
その点、大学内シンクタンクであれば給料は元々大学から出ているので、食い扶持の方は心配する必要はありません。取ってきた研究費はほぼ丸ごと研究とその支援体制に回すことができ、前述した衛星画像みたいな高額のデータ購入なんかに使えるということになります。
こうしてみると、どうも日本に足りないのは研究費、というよりも研究者の生活費だと思えてきます。言い換えると、ポストの数です。若手が学位をとってもポストがなければ食っていけず、本来彼らが生み出すべきであった知的な成果の機会損失が生じているわけです。
もちろん、無限に人間を採用できないとしたって、今のように少数の中堅と大御所をシンクタンクがぐるぐる融通しあって「研究してます」というのはやはり問題でしょう。
若手のポストを増やす。これに向けて政府に提言(おお、まさにシンクタンクの面目躍如)し、自分とこでも一人でも若手を雇い、あるいは世に出るのを助ける。天下国家論みたいなのは苦手なので、私はこの辺をチミチミとやっていくつもりです。
【NEW BOOKS】カフカスの嵐と北朝鮮
・Буря на Кавказе, ЦАСТ, 2021.
・ステイン・ミッツァー、ヨースト・オリマンス著、宮永忠将監修『朝鮮民主主義人民共和国の陸海空軍』大日本絵画、2021年
北朝鮮が巡航ミサイルを発射した少し前に、大日本絵画から濃いのが出てきました。『朝鮮民主主義人民共和国の陸海空軍』がそれで、実は帯には私もコメントも入ってます。昨年出版されたオリジナルの英語版も評判が高かったので早くも日本語化されたわけですが、しかし北朝鮮軍事の本がこうも注目を集めるというのは時代ですね。
もう一冊、ロシアの軍事シンクタンクである戦略技術分析センター(CAST)から、昨年秋の第二次カラバフ紛争に関する電子書籍が出てました(無料)。編者はCASTを率いるルスラン・プーホフで、序文は元参謀総長のユーリー・バルエフスキーという豪華な執筆陣です。結構なボリュームなのでまだ中身には手をつけていないのですが、今後、軍事面から第二次カラバフ紛争を語る際にはこれを抑えないと「素人」ということになりそうです。
【編集後記】マーフィーの法則
冒頭でも書いたようにワクチンの副反応にやられていました。
打ってから半日くらいはどうということもなく普通に仕事したりなんかしてたんですが、その日の夜中までには熱が39.6度まで上がり、翌日も38度台、翌々日ようやく回復、という感じでした。体が頑張って抗体作ってくれてるんだな、と思ってましたが、キツいにはキツいですね。
あと焦ったのは、週末にやっつけてしまうつもりだった仕事に一切手がつかなかったことで、このメルマガもそうですが、まぁ色々抱えてるんですよね、今。結構締め切りがタイトなものもあったりするので「あぉあーーーー」みたいな声が出ましたが、それはそれとして奇声を発しながらも今どうにかリカバリを図っているところです。
「最悪の事態は最悪のタイミングを選んで発生する」という「マーフィーの法則」を思い出した週末でした。どんな週末だ。
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【発行者】
小泉悠(軍事アナリスト)
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