
GLOBE・GLOVE(5)
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そして一週間が過ぎた頃だ。練習前のランニングの最中、僕の隣を走っていた美緒が唐突に言った。
「誠、頭、坊主にしい」
「何でやねん、うちの野球部、そんなルールないやろ」
僕の反論に、美緒はいつもの仏頂面で答えた。
「野球は坊主でするもんや。うちの兄ちゃんも坊主やで。坊主にせんかったら、野球、上手(うま)ならへんで」
さすがにカチンときた僕は、
「じゃあ、美緒もショートカットにせえや。ベリーショートやぞ、やれるか」
と言い返した。
これには、実は下心があった。いつもブスッとして飾り気のない美緒の外見は、それまで男の子そのものだった。しかし、成長するにつれて、美緒は少しずつ、自分では意識していないにしろ女の子らしくなってきていた。
美緒が、世界のどんなものよりきれいな瞳を持っている事。それを知っているのは僕だけだ。美緒の本当の価値を知っているのは僕だけで十分だ。そんなエゴが、美緒の言葉をきっかけに吹き出した。髪型をベリーショートにすれば、今まで通り「男の子」にしか見えないだろう、という計算を、とっさに僕は立てたのだ。
「わかった」美緒は言った。「今日、床屋さん行ってくるから、あんたもちゃんと坊主にしときや。もし1センチでも髪が残ってたら、私がお父さんのひげそりで剃ったるからな」
初めて美緒とケンカらしいケンカをした僕は、引っ込みがつかず、姉ちゃんの反対を押し切り、なじみの散髪屋さんで完全な丸坊主にしてもらった。姉ちゃんは半狂乱になり、僕はその日の晩ご飯を食べ損ねた。
そして次の朝、昇降口での事だ。
「あ、ちゃんと坊主にしたやん。えらいえらい」
その声に振り向いた僕は、手に持った上履きを落としそうになった。美緒は宣言通りベリーショート……というより、むしろスポーツ刈りとしか言いようのない程に髪を短く刈り込んでいたのだ。しかも、今までは前髪で隠れていたおでこの真ん中に、大きなほくろがある。
その日のうちに、美緒のあだ名は『大仏』になった。
しかし美緒は全く気にする様子もなく、そのぴかぴかの瞳も曇りはしなかった。
だからこそ僕は、美緒に僕のわがままを押しつけてしまったことをひどく後悔した。
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