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春にして君を想う
「お前は他のヤツらとは違うよな。俺には分かるんだよ」
高校生の頃の僕は今と変わらず見事なブサイクフェイスで,おまけに何をトチ狂ったか小沢健二に憧れてあの髪形を真似してたんですけど,思いっきりクセ毛でしたのでセンター分けがモワッと膨らんでましてね,今思えばどっからどうみても男性器なシルエットだったんです。
でもある時「風呂上がりの俺は若干イケメンに見える」ということを発見したんですよ。濡れた前髪がすごいセクシーに見えたんですよ。
それ以来,授業の休み時間ごとに手洗い場で顔を洗い,前髪から水をしたたらせながら授業を受けるという日々。本人はこれでモテると期待してたんですが,結果として「ガマン汁男」というアダ名をちょうだいしクラス中の女子からキモがられフォークダンスで手を繋いでもらえないという始末。そんな僕に冒頭のセリフで声をかけてきたのが同じクラスのヨシキくんでした。
「俺は周りのヤツらが馬鹿に見えてしかたがない。でもお前は違う。」
今でこそ中二病という立派な病名があるんですが,当時はなかなかインパクトがありましてね。妖怪あずき洗いみたいに一心不乱に顔を洗う僕のどこに何を見い出したのか知らないですけど,こんな恥ずかしいセリフを真顔でのたまうんですよ。頭にあずきでも詰まってるんじゃなかろうか。
「よく分からないけど,そんなことを真顔で言える君の方が,今は馬鹿に見えるよ」
若い頃の僕はナイフみたいに尖ってましたからね,こうクールに鮮やかに切り返したったんですよ。あんまりカッコいいんで今書きながら自分でもちょっと濡れちゃったんですけど,ヨシキくんはこの返しが大層気に入った様子でしてね,ニタニタしながら肩を組んできて「やっぱり俺の見込み通りだぜ!」などと豪快に笑うのです。お前ゼッタイ昨日読んだ漫画かなんかに影響されてるだろ。
そんなキモチワルイやり取りから彼との交友が始まりました。彼は見紛う事なきイケメンで,例えとしてはちょっと古いんですけど河相我聞ってタレントにそっくりなフェイス,運動神経も抜群で成績優秀,おまけに親も会社経営の大金持ち,というまさに完璧超人。休み時間ごとに顔を洗いすぎて顔全体がアカギレみたいになってるブサイクな僕とはまさに月とスッポン,周りも不思議に思うアンバランスな関係でした。
でもよくよく付き合ってみて分かったのですが,彼はかなりアバンギャルドな性格の持ち主でして,僕もまぁ変人とカテゴリライズされることが多いのですが,そんな僕なんかより32倍ほどの変人っぷりでした。
イケメンの常として,彼はしょっちゅう女子から告白やらラブレターをもらっていたんですけど,ある時 顔は美人さんなんだけどどうしようもなくワキガ,誰も指摘しないけどワキガ,というクラスの女子からラブレターをもらいましてね。
開封してみたところ,便箋にたっぷりの香水がふられていたという,アピールなんだか匂い消しなんだか嫌がらせなんだか分からないなんてことがありましてね。彼は「この心意気に惚れた。ワキガは俺が直す。ついでにあそこも臭うか試してみる」なんて言って速攻付き合いましたからね。男らしいんだか鬼畜なんだかよく分からないんですけど,とにかくかなり変わってる。ちなみにこのカップル,彼の破天荒な性格が原因ですぐに破局を迎えてしまいました。
彼はまた変なアングラ雑誌が大好きで,「月刊GON!」という今は亡きキチガイじみた月刊誌に随分とご執心でした。この雑誌は「世界のSEXコラム・性狂新聞」とか「上祐おっかけギャル密着24時間」とか正気の沙汰とは思えない特集ばかりしてたんですが,彼はその読者コーナーに「荒神ヨシキ」というペンネームでシコシコとハガキ投稿しておりましてね。一度彼のハガキが掲載されたページを読ませてもらったのですが,「それは経血より赤く精液より白い」なんてアタマにタンポンでも詰まってんじゃねえのといった彼のポエムがババーンと載ってましたからね。あれほどリアクションに困ったことはありません。
大学時代には,一人暮らしを始めた僕のアパートに一時期彼が転がり込み,なんともムサ苦しい同居生活をしていたのですが,ある晩彼が猛烈な腹痛を訴えましてね。アブラ汗浮かべて一歩も動けないと言うので,慌てて救急車を呼び僕も同行しました。
簡易検査では腎不全か尿道結石だろうということで,翌朝の専門医がくるまで病院で一夜彼と過ごしたのですが,いつも元気な彼の顔が嘘のように青白くて,あんまりにも心配だったので側で手を取って一緒に寝て過ごしたのです。看護師さんも「友だち思いね」なんて声をかけてくれたりしてね。
そしたらですね,翌日の精密検査の結果は腎不全でも何でもなくて,なんと性病のクラミジアだったんですよ。ク・ラ・ミ・ジ・ア。相当派手なオンナ遊びをしていた彼ですから不思議でも何でもないのですが,心配して同行した僕は安心するやら情け無いやら。もちろん服薬ですぐに完治したんですけどね。
とまぁこんな感じで,何かにつけ型破りな彼だったのですが,この3月で18回目の命日を迎えました。
ヨシキー,そっちはどうだい?こっちは何とか元気にやってるよ。残念ながら君の好きだった「月刊GON!」は廃刊したみたいだけど,エヴァなんてまだ劇場版やってるんだぜ。モテモテ王国もなんと愛蔵版が出たし,ザ・ワールド・イズ・マインも完全版が出たよ。カイジとGANTSはなんと映画化したんだぜ。全部君が先に目を付けたものばかりだね。
今はネットのコミュニケーションがとても発達しててさ,昔からは想像がつかないほどだよ。ブログだとかツイッターだとか色々あるんだけど,キナリ杯ってイベントは特に,君みたいに面白い人たちがいっぱい集まる天下一武道会なんだ。こんな僕の文章でも笑ってくれるといいな。あの日の君みたいに。
…とまぁ,この時期に彼の事を想うと決まって何かが込み上げてしまい,目頭がとても熱くなります。なので僕はいつもとびきり冷たい水でしっかりと顔を洗うのです。何度も何度も。高校生のあの頃のように。