古きことは善きこと哉?
「昔は良かった」
我が身を振り返ると、10代や20代の頃にはそんなことを当然言ったこともないのだが、この歳になってくると、振り返る年数が多い分、「良かったなぁ」と思えることも少なくない。
例えば車。
今の車は確かにいい。
品質管理もしっかりしてるし、電気仕掛けで人間が気を払わないといけないことも全部お任せして、車が発する警告だけに注意すれば良くなった。
サポートもいろいろ充実しているように思う。
では、30年前の車はダメかと言うと決してそんなことはない。
「現状の」30年前の車と今の車を比較するのは酷というものだが、日本はバブルの真っ最中。
いわゆるバブルカーが往来を我が物顔に走っていた頃の車なわけだが、金がかかっている分、特にデザイン部分には今の車にない何かを持っているように思える。
私は個人的にフランス車を愛して止まない人なのだが、今のフランス車も確かにいい。
だが、80年代より前のフランス車には独特のデザインや設計思想があり、乗り心地も物理的に劣化しているところは仕方ないにせよ、シートの座り心地はまさにホテルのソファー。
今の車では絶対に再現できない「何か」を持っていた。
そういう意味では「昔は良かった」のだが、それに流されて車を買ったりすると、とんでもない額の金がかかるので、もっと歳をとって道楽できるほどの金があったら、1台という感じだろう。
一方で、今の方がいいものだってある。
例えば、音楽を楽しむメディア。
長らくLPレコードとカセットテープの時代が続いたが、82年にソニーがCDプレーヤーの第1号機を発表して以降、価格が下がって一気に普及した。
もう32年も経つが、今もって音楽メディアの主力の座を譲っていない。
レコードとテープの時代を知っている身としては、レコードのプチノイズを出さないよう念入りに静電気除去をして、いい音で聴きたいならメタルテープを奮発して録音したものだ。
だが、CDが普及して、まずメディアのメンテをしなくて済むようになった。
そもそもノイズがないのだから、メンテする必要がない。
これだけでも、音楽好きとしてはどれだけ救われたことか。
確かに状態のいいアナログレコードと、高性能なターンテーブルにMC型のカートリッジを使えば、CDをしのぐ音が出るのは知っている。
今やインターネットの普及で、音楽はネットで聴くものになりつつあるし、ダウンロードして買うものになりつつある。
それに伴って、CD音源を超えるハイレゾ音源が普及し、アナログが再現していた広いダイナミックレンジをデジタルで再現しようとしている。
そういう変化は大歓迎である。
とにかく再生時のノイズから解放されるだけで、心持ちが違うのだ。
ならばクラシック音楽はどうだろう。
作曲した人は少なくとも1世紀半くらい前にはすでに亡くなっている人で、楽聖と呼ばれるベートヴェンが今年生誕250年を迎える。
古いのだ。
21世紀を迎えた今だって、3世紀も前に作曲された曲を演奏しているわけだ。
もちろん、クラシックと分類されつつも20世紀に入ってクラシックの文法から外れた新しい解釈をもちいた「現代音楽」という分野もあるのだが、演奏者がクラシック畑の人だけにやはりクラシックの扱いになる。
ややこしいのは、古い音楽を古い時代の人が演奏し、音楽の記録として残っているケースが非常に多いことだ。
最近、再びクラシックに目覚めて、いろいろ聞き込んでいるのだが、私が所有している録音で一番古いのは1920年代というものがある。100年前の録音だ。
世界史的には第一次世界大戦が終わって直後くらいの音源になる。
正直なところ、古い音源はお世辞にも音が良くない。
だが、いわゆる「巨匠」と呼ばれる人たちの演奏は、デジタル録音された今の演奏とは明らかに一線を画す。少なくとも私はそう思っている。
だから、21世紀に入ってからの録音はあまり持っていない。
むしろ、第二次世界大戦中から戦後すぐくらいの演奏をかき集めているくらいだ。
あれほど「ノイズはご免だ」と言いつつも、ノイズまみれの録音を喜んで聴いていたりする。
それがよりによって、CDよりも情報量が多いハイレゾ音源で聴いていたりするのだから、我ながらタチが悪いと思う。
「昔は良かった」
多分に主観的な意見だが、これを読んだ読者諸兄は果たしてどう思うだろうか。
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