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【ボツ原稿全文公開】誘拐狂想曲(ユウカイラプソディー)第1話

陰キャな女性・神無月絢奈は西澤沙織という女性からある誘拐事件の解決を依頼される。自分は探偵じゃないと思いつつも渋々芦屋から豊岡へとバイクへ向かった先で絢奈が待っていたモノとは・・・!?

あらすじ

ごあいさつ

※#創作大賞2023への応募にあたって当初アップロードした記事を3分割にしました。
どうも、卯月絢華(カツペソ)です。
ぶっちゃけ小説に関してスランプ状態なんですよ。スランプ状態だから京極夏彦先生の『魍魎の匣』を読んだら余計とスランプが悪化しました。助けて下さい。
それはともかく今度のメフィスト賞に出そうとしてボツった原稿を全文公開したいと思います。
どうしてこんな事をしようと思ったかというとnoteで公開することによってどこかの出版社からのオファーが来るんじゃないかと思ったからです。あとメフィスト賞の規定枚数である原稿枚数50枚に満たなかったからというのもあります。ちなみに現在は別の原稿を書いています。こっちは順調に進んでいるので安心して下さい。
では、早速公開していくことにしましょう。もちろん無料です。課金される心配もありません。

主な登場人物

・神無月絢奈(カンナヅキアヤナ)
本作の主人公。陰キャでリスカ癖持ち。ひょんなことから連続誘拐事件の謎を追うことになる。
・西澤沙織(ニシザワサオリ)
絢奈の数少ない友人。とあるツテを頼って絢奈に連続誘拐事件の解決を依頼する。
・杉本恵介(スギモトケイスケ)
中学校教諭。絢奈の中学校時代の部活の顧問で、沙織の中学校時代の担任でもある。
・浅井仁美(アサイヒトミ)
兵庫県警捜査一課の刑事。正義感だけなら誰にも負けない。

序章

 この時代、何かを蒐集するということはよくあることである。例えば、ロボットアニメのプラモデルを蒐集したり、好きなアイドルのグッズを蒐集したり、極端な例になると自分が乗った電車の切符を蒐集したりする人もいるという。20年間で「オタク」という言葉は市民権を得て、今ではすっかり馴染みのある言葉になった。しかし、世の中にはあまりにも迷惑な「オタク」がいるのも事実である。学校の制服を無断で蒐集していたとして逮捕される事件がたまに報道される。所謂「制服フェチ」というモノである。蒐集するのは制服だけじゃない。他人の唾液が付着したリコーダーや、最悪のケースだと人を殺して体の一部を蒐集しようとする蒐集家もいるという。当然、殺人は立派な犯罪である。あまりにもセンセーショナルな事件だと、大々的に報道される事が多いのだけれど、人間の記憶というのは、徐々に風化されてしまう。1997年に神戸でとある猟奇殺人事件が発生したのを僕は覚えているのだけれど、明確に覚えている訳では無い。確か、子供をバラバラにしたとかそういうような事件だった気がするのだけれど、犯人が「酒鬼薔薇聖斗」と名乗っていた事以外は記憶から消えている。所詮、人間の記憶力というのはその程度でしかないのだ。
 そして、今、目の前に「酒鬼薔薇聖斗」をトレースしたような犯罪者がいる。当然、僕にこの犯罪者を捕まえる権限はない。権限を持っているのは、飽くまでも兵庫県警である。僕は、スマホで110番通報をしようとするのだけれど、ここはスマホの圏外である。このままだと、犯罪者の思うままだ。

「どうして、僕が人殺しだと気づいたんだ」
「まあ、なんとなく。沙織ちゃんの手助けもあったんだけど」
「沙織ちゃん? 誰だ?」
「友達がいない僕にとって、唯一の親友だ」
「そうか。君には友達がいたのか。僕には友達なんていなかった。『見た目が気持ち悪い』と言われてから、ずっと虐められていた。それは、僕の容姿に問題があったからなのか。見た目が悪いと、ジメジメしていると思われるからな。それよりも、どうして絢奈さんが僕の領域に踏み込んだんだ」
「成り行きだ。そもそもの話、沙織ちゃんが君による誘拐事件に興味を持って、それが殺人事件へと発展したのをこの目で見ているからな」
「じゃあ、君もこの子供たちのように『僕のコレクション』にしてあげるよ。生憎僕は君のような大人には興味がないんだけど、それ以上口を割るようだったら僕がこの手で安らかに眠らせてあげるよ。そして、天国のお母さんに会わせてあげる」
「確かに僕は死にたがっているけど、そういうのは趣味が悪い。僕は、誰にも知られていない所で死ぬのが本望だ」
「そうか。なら、この話は無かったことに……するわけがねぇんだよなぁ! 俺は人を殺すことに性的な快感を覚える! 特に子供を殺すことに対して快楽を感じるんだ! だから、お前には死んでもらう!」
「勝手にしろ。僕を殺した所で、誰も弔ってくれる人なんていない」

 そこから先のことは、善く覚えていない。多分、僕の中で記憶から抜け落ちていたのだろう。まあ、ここは警察署だから刑事さんの話を聞いているうちに思い出すはずだ。
「でも、絢奈さんがいなければこの連続誘拐殺人事件は解決しなかった訳ですし、我々兵庫県警としては感謝しているんですけどね」
「そうですか。生憎、僕は解決したくて事件に首を突っ込んだ訳じゃないんですけど」
「では、絢奈さんには改めて事件を振り返ってもらえないでしょうか? それで分かることもありますでしょうし」
「そうですね。それでは、一から順番に説明していきましょうか」
「お願いします」

 こうして、僕は刑事さんに詳しい話をすることにした。それは、僕宛てに送られてきたとある1通のメッセージから始まった。

第1章

 陰と陽。光と影。白と黒。「僕」と「私」。
 相容れぬ魂の入れ物を彷徨いながら、神無月絢奈という「僕」は生きている。

 僕は生物学的には女性らしいのだけれど、自分の中で「女性であること」について落ち着かない。だから、服装なんかも男性らしい服を選ぶことが多い。けれども、恋愛感情や性的な感情を抱くのは飽くまでも男性である。その点に関していえば、僕はレズビアンではない。

 鏡の前で、自分の裸を見つめてみる。女性特有の華奢な体つきをしていて、腕には痛々しい程のリストカットの痕が目立つ。心の中に「負い」があるから、僕はリストカットをしてしまうのだろうか。胸に手を当てると、心臓の鼓動を感じる。それは自分が生きている証であり、生かされている証でもある。たまに、瞼を閉じると聴こえてくる無機質な心臓の鼓動の音は、僕にとって不快でしかない。
「自分なんか生まれてこなきゃよかった」そう思ったことは生きていく上で厭と言うほど感じた。もちろん、今でも僕の中にある「死にたい」という衝動は消えない。こうして裸の自分を見つめているだけでも、心臓の鼓動が早くなって、息が荒くなる。そして、無意識のうちに僕は右手に剃刀を持っていて、線を引くように左腕に傷を付ける。白い肌が、流れ出る赤黒い血で染まっていく。でも、それで僕が「生きている」と分かるのだったら、生存本能としての自傷行為は厭わないと思っている。それが悪いことだと分かっているのだけれど。

 目の前が真っ暗だ。別に瞼を閉じている訳じゃないのだけれど、リストカットをした後はいつもこうなってしまう。それだけ、自分の行いに対して僕は後悔しているのだろうか。大量の精神安定剤を服用して、心を落ち着かせる。こんなもの、気休め程度でしか無いのだけれど。そして、僕はそのまま意識を失った。

 僕が意識を取り戻した時には、既に空が明るくなっていた。どうしても、夜はメンタルが不安定になってしまう。それは、自分が孤独を抱えながら生きているからなのだろうか。両親はとっくの昔に喪い、血の繋がった姉はいつまでも生きている保証はない。仮に姉が死んだら、僕はどうすべきなんだろうか。ただ一人の神無月家の人間として生きていくのか、それとも姉の後を追うように首を括って自らの命を絶つのか。現在進行系でそんな事を考えても仕方がないのだけれど、どうしてもそういう事を考えてしまう。それは僕がネガティブな思考でしか物事を考えられないからなのだろう。

 僕は、友達という存在を知らない。多分、相手は僕を友達として接していたのだろうけど、僕が「それ」を拒絶していた。今の言葉でいえば、僕は所謂「コミュ障」である。故に、スマホの連絡先やSNSのフォロワーの中に友達と呼べるような人はいない。しかし、ふとした時にダイレクトメッセージで「もしかして、絢奈ちゃんだよね?」という文言のメッセージが入ってくる事がある。でも、僕は返事の仕方が分からない。多分、「そうです」と返事をすればいいのだろうけど、返事をする指が動かない。でも、ある人物から送られてきたダイレクトメッセージには、即座に返事を返すことができた。

【もしかして、アヤナンだよね? それっぽいユースタグラムのアカウントを見つけたから、フォロー申請してみた。返事待ってるよ サオリ】

 西澤沙織。僕の中学校時代の唯一の親友にして悪友である。幾つかの共通項が多かったのもあるけど、特に好きな小説家が京極夏彦で好きなアーティストがhitomiという共通項は僕と沙織ちゃんにとって学校での話題の一つでもあった。京極夏彦に関して言えば、ノベルス版『邪魅の雫』が発売された時は回し読みをしたぐらいである。しかし、中学3年生の時にクラスが離れ離れになってからは連絡が疎遠になってしまった。当然、進学した高校も別々だったので自然と縁は薄れていった。そんな沙織ちゃんが突然僕に連絡を入れるなんて、怪しい。もしかしたら、友人を装ったスパムかも知れない。そう思いつつも、僕は胸の高鳴りが抑えられなかった。そして、スマホで返事を返した。

【本当に沙織ちゃんなのか? 少し怪しいけど、フォローは申請した。これからもよろしく アヤナ】

 もうちょっと良い返事が出来れば良かったのだろうけど、今の僕ではこれが精一杯だった。あとは、沙織ちゃんからの返事を待つだけだ。沙織ちゃんからの返事を待っている間、僕は何をすればいいのだろうか。バイクでその辺を彷徨こうにも、今日の雨模様じゃ気分が乗らない。だからといってゲームをしていたら、沙織ちゃんからの返事を見逃すかもしれない。ならば、こういう時の最適解は現在の地元を調べる事だろうか。僕はパソコンのブラウザを立ち上げた。
 僕は芦屋に住んでいるが、地元があるのは芦屋から遥か北にある豊岡という場所である。兵庫県というのは本州の中でもとても広く、北は日本海、南は瀬戸内海という2つの海に跨っている。もちろん、気候も全く違っており、割と暖かい神戸に対して豊岡というのは豪雪地帯に当たる。故に、住みづらい場所であり、人口は年々減り続けている。かくいう僕も諸事情で豊岡から芦屋に引っ越したのだけれど、それで不便を感じているかといえばそうでもなく、寧ろ便利な場所だと思っている。JRの芦屋駅というのは新快速が止まってくれるので、三ノ宮駅まで1駅で済む。唯一芦屋で不便を感じていることと言えば、高級住宅街なので物価が基本的に高いことだろうか。それでも慣れというのは恐ろしいもので、今では多少物価が高くても「経済状況の悪化」で済まされるようになったのだけれど。

 立ち上げたブラウザで現在の豊岡がどうなっているのかを調べていたのだが、この時期の豊岡は、なんというかとても暑い。近畿地区での最高気温の記録を毎年のように更新しているぐらいである。ネットニュースによると、この日の最高気温は、37度だった。人間の体温が大体36度だとして、外気温が体温よりも暖かいと逆に不快感を覚えてしまう。人間の肌というのは、そういう風に出来ているのだ。
「まあ、気温のニュースは毎年の恒例行事だな。神戸や西宮と違って変な事件が発生していないだけ、長閑な田舎町という証拠なんだろうけど。でも、逆に平和すぎると却って不自然だし、難しいところだな……あっ、スマホが鳴ってる」
 沙織ちゃんから返事が来たのは、僕がダイレクトメッセージを送ってから30分ぐらい経ってからだった。メッセージにはこのような文言が記されていた。どうやら、沙織ちゃんは本物のようだ。

【アヤナン、久しぶり。アタシの事をスパムだと疑っているみたいだけど、本物の西澤沙織だから安心して。それよりも、ちょっと相談したいことがあってね。アタシ、今でも豊岡に住んでるんだけど、少し奇妙な事件が発生したらしくて。アヤナンさえ良ければ事件の解決を手伝ってくれないかなって思ってユースタグラムを辿ってみたの。多分、大きなニュースになってると思うから少し調べて欲しいな サオリ】

 沙織ちゃんが言っていたニュースはスマホの中に速報として入っていた。

【兵庫県豊岡市で複数人の子供が行方不明。原因は調査中】

 恐らく、沙織ちゃんは僕を探偵だと思っているようだ。僕はただのフリーランスのWebデザイナーで、探偵ではない。でも、どうして沙織ちゃんは僕のツテを辿ったのだろうか。それが気になったので、僕は沙織ちゃんに返事をした。

【沙織ちゃん、スマホで例のニュースを見た。確かに酷い事件だけど、僕は探偵じゃない。どうして、僕に相談したんだ アヤナ】

 返事はすぐに返ってきた。それから、沙織ちゃんとは暫くユースタグラムのダイレクトメッセージでやり取りしていた。

【あの、アヤナンって中学校の時にちょっと探偵気取りだったことがあるじゃん。だから、なんとなく調べて欲しいなって思って。あっ、アヤナンがダメって言うんだったら強制しないから サオリ】

【確かに、僕は中学生の時に間一髪で殺人事件を阻止して警察から表彰を受けたこともある。けれども、僕を頼るのはお門違いだ。警察を当たってくれ アヤナ】

【そういう訳にもいかないのよ。行方不明になった子供の中には、アタシの友達の子供も含まれていたの。兵庫県警も懸命に捜査してるんだけど、脈ナシでね……。でも、子供たちが失踪した場所は全部同じ場所なのよ。ほら、休みの時に買い食いで行っていた駅前のショッピングセンターがあるじゃん? そこのゲームセンターって、子供だけでの立ち入りが禁止されていたのは覚えてるよね サオリ】

【ああ、あそこのゲーセンか。確かに、沙織ちゃんと太鼓の達人で遊んでいたら見回りに来ていた先生にこっ酷く叱られたのは覚えている アヤナ】

【そうそう。吉岡先生だったっけ? ものすごく怖い先生。それはさておいて、失踪現場はそこのゲームセンターなの。だから、アタシの見立てだと見回りを偽って子供を攫ったんじゃないかって思って。この見解、合ってるかな? サオリ】

【なかなか悪くないんじゃないのかな? でも、何のために子供を攫うんだ? アヤナ】

【それが分かんないからアヤナンに聞いてんじゃないの。もしかしたら、犯人は何か目的があって子供たちを攫った……とか。まあ、とにかく今すぐにでも豊岡に来てほしいって訳。大丈夫? サオリ】

【分かった。明日にでも豊岡に行く。少し待っていろ アヤナ】

 沙織ちゃんに送ったダイレクトメッセージに既読が付いた事を確認して、僕はユースタグラムを閉じた。それにしても、大都市である神戸や西宮でこういう事件が起きるならまだしも、なぜ豊岡という田舎町を狙ったのだろうか。そして、犯人は何を企んでいるのだろうか。僕には、それが分からなかった。

 改めて事件の詳細について調べてみると、最初に行方不明になったのは新田鎧亜という男の子だった。今どきのキラキラネームということもあって、僕は彼の名前が印象的だと思った。正直、キラキラネームなんて文化は廃れてしまえばいいのに。2人目に行方不明になったのは宮島花音という女の子だった。彼女もキラキラネームと言ってしまえばそれまでだが、僕の同級生の中にもそういう名前の子がいたのは微かに覚えている。だから、あまり責めることは出来ない。3人目の行方不明者は古澤龍太だった。いきなり普通の名前になってしまったので、僕は面食らった。事件に対する話題作りのためにキラキラネームの子供を攫っていったのだったら納得はいくが、どうやら犯人の狙いはそこではないらしい。昔なら、こういう事件は学校から流出した連絡網をツテにして実行していたが、そんな事、個人情報の取り扱いが厳しくなった昨今ではまずあり得ない。ならば、ゲームセンターという不良の溜まり場を狙って犯人は子供を攫っているのだろうか。しかし、それだと理由としてはあまりにも安直すぎる。他にもっと複雑な理由があるはずだ。例えば、同じ学校の生徒を狙っているとか、金目のものを狙っているとか、見た目が派手な子供を狙っているとか、そんな所だろうか。まあ、僕が考えても仕方がないのだけれど。
 色々考えているうちに、僕の頭は混乱してしまった。現時点で分かっていることは、駅前のショッピングセンターの中にあるゲームセンターで子供を狙った誘拐事件が発生したこと、連れ去られた子供は3人であることだけである。一体、犯人は何を考えているんだ? さっぱり分からない。被害者に関しても個人情報の取り扱いが厳しい時代だから、僕に考えられることは限られている。正直言って、手詰まりだ。まあ、犯人が連れ去った子供に対して殺人を犯していないだけまだマシなんだろうけど。

 考えがまとまらないので、糖分補給も兼ねて棒型のチョコレートをかじることにした。甘すぎるチョコレートは好きじゃないし、苦すぎるチョコレートもあまり好きじゃない。僕が好きなのは甘みと苦味の中間にあるチョコレートである。チョコレートを食べると、なんとなく事件のカタチが見えてきたような気がした。この事件、もしかしたら厄介なことになりそうだな。3人の誘拐事件は序章に過ぎず、さらなる誘拐事件が発生する可能性もある。最悪の場合、殺人事件に発展してしまうかもしれない。それだけはなんとしても阻止したいのだけれど、僕にそんな権限がある訳ではない。権限があるのは、兵庫県警だ。これ以上考えても仕方がないし、とりあえず今日はもう寝ることにした。

 懐かしい夢を見た。
 沙織ちゃんと一緒にゲームセンターで太鼓の達人を遊ぶ夢だった。もちろん、中学校の制服を着ていると風紀委員の先生にバレてしまうので、私服でゲームセンターに来ていた。流行りの曲を「かんたん」でしか演奏できない僕だったけど、なんとかフルコンボは達成した。沙織ちゃんは拍手をしていた。
「アヤナン、意外とすごいね。アタシには無理だよ」
「いや、難易度が『かんたん』だったらこれぐらい普通だろう。流石に『むずかしい』と『おに』は演奏出来ないけどな」
「ところで、アヤナンって女の子なのになんで男っぽい話し方なの? 自分のことも『僕』って呼んでるし」
「ああ、なんとなく。僕は生物学的には女性なんだけど、どうも『私』という入れ物の中に当てはまらないみたいだ。だから、僕は自然と男っぽいモノに惹かれるようになった。ちなみに、恋愛感情を抱くのは男子だから、別にレズビアンという訳ではない」
「へぇ。アヤナンって、何だか近寄りがたい印象があったけど、実際にそばにいると面白い人だね」
「そうか? 僕は面白いのか?」
「学校でのアヤナンは暗い顔をしてるけど、こうやってプライベートで話しているときのアヤナンはとても明るい。学校でもそれぐらいの顔が出来ないの?」
「ごめん。僕、学校が苦手なんだ。小学生の時は不登校だったし、養護学級に編入させてもらってからも学校に行けない日は多かった。中学生になって気分を変えようと思ったけれども、矢っ張り無理だった。でも、沙織ちゃんといると僕は安心する」
「なるほどねぇ。こんなアタシで良ければいつでも付き合うけど……あっ! 逃げないと」
「どうした?」
「吉岡先生がこっちを見てる」
 大柄なスキンヘッドの先生が、こっちに近づいてくる。彼が風紀委員の吉岡雅史先生である。
「コラァ! 今日は土曜日だからって、子供だけでゲームセンターに行くのは禁止だッ!」
「すみません」
「ごめんなさい……」
「アレ? 神無月か。お前にも友達がいたんだな」
「それの何が悪いんだ」
「神無月も西澤も俺の担任だが、学校で2人の付き合いがあるところってあまり見ていなかったような気がする」
「それはあなたが気づいていないだけなのでは?」
「そうか」
「ほら、アタシとアヤナンには好きな小説家が京極夏彦であることと好きなアーティストがhitomiであることという共通点がある。でも、授業中にそんな話をする訳にもいかないじゃん」
「確かに、授業中の私語は禁止だが……それはともかく、ここは北中生だけでの立ち入りが禁止されている。内申点にも響くぞ。ほら、帰った帰った」
「すみませんでした」
「反省してます」
 結局、僕と沙織ちゃんは吉岡先生に目を付けられてゲームセンターから出ていくことになった。

 ああ、夢か。あまり考えたくないが、一連の事件の犯人が吉岡先生だとしたら、僕たちが通っている中学校の生徒を狙っているのだろうか。補導と称して誘拐して、どこかに監禁している。まあ、そんな事があっても困るし、僕の通っていた中学校の評判にも影響する。その考えは一旦捨てよう。
 それにしても、朝か。沙織ちゃんに「豊岡へ向かう」って約束しちゃったし、行かざるを得ないな。とりあえず、顔を洗って、食パンを焼いた。朝食を食べ終わってすぐに、僕は黒いライダースジャケットを身に纏った。そして、部屋の鍵をかけて、駐輪場に停めてあるカワサキグリーンのバイクに跨った。
「よし、向かうか」
 僕は、バイクのギアを入れた。行き先は、もちろん豊岡だ。そこで何が待ち受けているのかは分からないけれども、沙織ちゃんのためなら僕はなんだってする。そう思いながら、僕は芦屋インターへと上がった。

第2章

 芦屋から豊岡までは、阪神高速から播但連絡道路に抜けて進んでいく。更に和田山から北近畿豊岡自動車道へと抜けて、そのまま終点までずっと高速道路に乗りっぱなしである。ぶっちゃけバイクなら下道を通ったほうがいいのは分かっているのだけれど、矢張り文明の利器には敵わない。
 相変わらず、豊岡という街は衰退の一途を辿っている。神戸や西宮、明石への人口流出もあるのだろうけど、その風景は、僕が子供だった頃よりも寂れて見える。郊外にある店舗も、チェーン店のレストランよりもパチンコ店の方が賑わっているのが現状である。嘗ておもちゃ屋さんだったモノの建物には、色褪せた「貸店舗」の看板が取り付けられている。僕が今通っている道と言うのは、所謂「ファスト風土」と呼ばれる場所の一種である。昔は大きなスーパーマーケットやファミリーレストランがあって、休日の度に出掛けていたのだけれど、今は寂れた街の一つにすぎない。辛うじて、携帯電話ショップにはたくさんの車が止まっているのだけれど、恐らくスマホが上手く使えないお年寄りが来店しているのだろう。
 そんなファスト風土の中にある消防署の角を曲がって、住宅街へと入っていく。ここだけ見ると神戸の住宅街と対して変わらないのだけれど、矢張り家には「入居募集中」の看板が多い。母校の小学校の側を通って、昔ながらの家が立ち並ぶ通りへと抜けた。

「えーっと、新垣……ここだ」
 僕の名字は神無月だが、芦屋へ引っ越す時に姉に家を譲ることにした。結婚相手の名字が「新垣」だったので、姉の名前も必然的に「新垣麻衣」になる。僕は、家のチャイムを押した。
「お姉ちゃん、僕だ。絢奈だ」
「あら、絢奈ちゃん。どうして急に戻ってきたの?」
「事情は後で説明する。まあ、もうニュースで見ていると思うけど」
「あぁ、アレね。分かってるわよ。それより、丁度クッキーが出来上がったところだけど、食べる?」
「有り難く頂く」

 新垣麻衣。神無月家の唯一の血縁者で、僕の姉だ。僕と同じくショートボブの髪型をしているので、親戚の集いや冠婚葬祭の場では善く間違えられる事が多い。見分け方としては、僕は右目の下に黒子がない。麻衣は右目の下に黒子がある。これで見分けが付くと思っている。まあ、僕と麻衣とは小学生分の年齢差があるので、麻衣の方がちょっと老けているのだけれど。長年名古屋で中学校の教師として働いていたが、数年前に豊岡へと戻ってきた。理由としては「旦那が豊岡で起業したいと言ってきたから」である。ちなみに、担当教科は理科だ。

 僕は、焼き立てのクッキーを頬張りながら麻衣と話をしていた。
「それで、豊岡で子供が相次いで消えてるっていう不穏な事件が起きてるから調べに来たってところ?」
「そうだ。善く分かったな」
「アンタの野次馬気質は昔っからよね。箕面トラック運転手殺人事件の時も真っ先に見に行くって言ってきたし」
「ああ、アレは事態が大きくなってしまったからな。流石に見ざるを得なかった」
 箕面トラック運転手殺人事件とは、凡そ20年前に発生した殺人事件だ。事件が発生したのは文字通り大阪の箕面という場所なのだが、犯人が住んでいたのが豊岡だったのだ。そして、その犯人は自殺を図った。当時は豊岡でもインターネットが普及して間もなかったので、インターネットを利用した事件に対する推理が流行っていたのだが、僕は正直乗り気じゃなかった。なぜなら推理という名の誹謗中傷が多かったからである。結局、犯人が利用していたと見られているレンタルビデオ店は心無い人物からの誹謗中傷によって廃業せざるを得なかったのを覚えている。今となっては胸糞悪い事件の一つである。それと同時に豊岡という村社会の閉塞感を示す事件だったことも覚えている。

 僕も、豊岡という村社会からはみ出した人間の一人である。僕は何かと周りから「ズレている」事が多くて、正直生きづらかった。一部の人間にしかカミングアウトしていないが、所謂「発達障害」と呼ばれる人間である。故に周りの目は冷たく、小学生のときは殆ど不登校だった。4年生の時に養護学級に編入させてもらって、少しずつ登校できる日は増えてきたのだけれど、矢張り学校という環境が辛くて仕方なかった。さらに、中学生になってからは虐められることも増えてきた。だから、友達らしい友達というのは殆ど出来なかった。でも、そんな僕にも唯一と言っていいほどの友達が優しくしてくれた。それが西澤沙織である。そもそも沙織ちゃんと友達になった理由は単純だった。音楽の授業で隣の席になって、好きなアーティストを聞かれたので「hitomiが好き」と答えたら「私も好き」と言われたのがきっかけだった。それから、携帯電話の電話番号とメールアドレスを交換した。1年生の時と2年生の時はクラスが同じだったのだけれど、3年生の時にクラスが離れ離れになってからは連絡が疎遠になってしまい、機種変更した時に電話帳のバックアップを忘れてしまったので結局僕の記憶から沙織ちゃんの電話番号とメールアドレスは消えてしまった。しかし、ユースタグラムで沙織ちゃんが突然連絡を入れてきてから、僕の中で「何か」が変わろうとしていたのは事実である。

「なるほど、西澤沙織ねぇ。アンタにも友達いたんだ」
「そりゃ、学校に通っていたら友達は自然とできる。仮令それが一人でも、僕にとっては大切な友達である事に変わりはない」
「そうね。アタシはアンタと違って友達が多いけど、矢っ張り『子供が産まれました』という報告を聞く度にちょっとムカつくわ」
「結婚していない僕に対して言うセリフじゃないだろ」
「ゴメンゴメン。ともかく、アンタは誘拐事件を調べるために豊岡に戻ってきたってことでいいのね」
「そうだ。ちなみに事件の仔細は事前に調査してある。でも、共通点らしい共通点が見当たらないんだ。お姉ちゃんは何か考えがないのか」
「ネットの情報をあまり鵜呑みにしちゃ行けないんだけど、SNSによると誘拐されたのって全員北中学校の生徒らしいのよね。アンタもアタシと同じ北中学校の生徒でしょ?」
「それは……そうだけど……」
 合併する前の豊岡市を基準とすると、中学校は大きく2つに分かれる。それが北中学校と南中学校である。僕はそれぞれの校区の中間地点に住んでいたので中学校が選べたのだけれど、南中学校は当時非行で荒れていて、更に教師に対する殺人未遂事件が新聞沙汰になるほど、南中学校に対する評判は悪かった。だから、僕は北中学校へ行くことを決意した。中学1年生のときは若干不登校気味だったのだが、2年生になるとクラスの先生や部活の顧問の先生に恵まれていた事もあって、登校する日はグンと増えた。確か、2年生と3年生の時に担任だった葛葉先生がとてもイケメンでいい人だったのを覚えている。ちなみに葛葉先生の担当教科は社会科で、社会科で3以下を取ったことが無かった僕は夏休みの宿題で山内一豊のレポートを提出して善く褒めてくれたのを覚えている。まあ、結局のところ大河ドラマの受け売りだったのだけれど。ちなみに、学力テストは上位をキープすることが多かったのだけれど、一部の先生が僕を善く思っていなかったみたいで、内申点はべらぼうに低かった。だから地元の進学校に進めず、結局養護高等学校で妥協せざるを得なかった。それで僕の人生は終わったようなモノだった。だから、僕の人生のピークは北中学校時代に全て集約されていると言っても過言ではない。

 麻衣は話を続けた。
「まず、1人目に誘拐された新田鎧亜という生徒がいたでしょ。彼って北中学校でもあまり評判のいい生徒じゃなかったらしいのよね。なんというか、ヤンキー? それで先生の目に付けられることが多くて、あのゲーセンにも通っていたらしい。2人目に誘拐されたのは宮島花音だったよね。彼女も問題行動が多くて北中学校では不良の烙印を捺されていた。最近は緩くなったらしいけど、北中学校の頭髪検査って相変わらず厳しいでしょ? それで敢えてパーマをかけて登校して風紀委員の先生を困らせたっていう悪評持ちよ。3人目に誘拐された古澤龍太は……妙なのよね。ネットに流出した写真を見る限り、問題行動も無ければ頭髪や身だしなみもキチンとしている。所謂真面目な生徒らしいのよね。なぜ、彼が誘拐される必要があるのかが、善く分からないのよね」
「確かに、僕も妙だと思った。犯人はランダムに狙っているのかな」
「その可能性は考えたほうが良さそうね。でも、わざわざ北中生を狙う理由は何なんだろう」
「怨恨とか?」
「あぁ、その線はありそうね。北中学校に対して恨みを持っていて、ゲーセンで待ち伏せして誘拐した……そんな安易な展開ってあるのかしら?」
「そうだよなぁ……」
 色々考えながら麻衣と話をしているうちに、クッキーの入っていたお皿が空っぽになった。
「あっ、クッキーが空っぽになっちゃった。缶のクッキーで良ければおかわりする?」
「ああ、構わない」
「じゃあ、ちょっと待っててね」
 麻衣がクッキーを補充している間に、僕はスマホのロックを解除した。SNSからしょうもないアプリまで、大量の通知が入っていた。そういえば、バイクに乗っている間からスマホを触っていなかったな。善く見たら、沙織ちゃんからのメッセージが入っていた。

【チャットアプリから送ってみたけど、見えてるかな? それはともかく、今どこ? サオリ】

 しまった。沙織ちゃんの家に行こうと思っていて忘れていた! 僕は急いで返信した。

【豊岡に着いたところだ アヤナ】

 どうせ怒られるだろうな。そう思いながら沙織ちゃんからの返事を待っていたけど、その返事は意外なモノだった。

【豊岡にいるのね。今晩、飲みに行かない? サオリ】

 その答えは、分かっていた。

【もちろんだ。場所はどこだ? アヤナ】

【チェーン店の居酒屋よ。分かるでしょ? サオリ】

【ああ、あそこか。駅前のショッピングセンターの地下にある居酒屋だな アヤナ】

【そうそう。ちなみに割り勘だから、そこは分かってよね サオリ】

【だと思った。当分は豊岡で過ごすことになりそうだし、お金は結構持っている。心配するな アヤナ】

【じゃあ、今日の19時に待ってるから サオリ】

 沙織ちゃんと会うのは大方15年ぶりか。僕は、何だかソワソワしていた。果たして、僕は沙織ちゃんと上手く話せるのだろうか。コミュ障の僕でも、好きなアーティストがhitomiであることと好きな小説家が京極夏彦であること、そして応援しているサッカークラブがビクトリア神戸であることぐらいは話せる。でも、それ以外はからっきしダメだ。あまりにも緊張していたので、僕はトイレへと向かうことにした。

 トイレの中で、改めて状況を整理することにした。今、僕は豊岡にいて、これから沙織ちゃんに会う。当面の拠点は実家で、僕は事件の情報に関して収集を行う。これって、本来は刑事さんの仕事だと思うんだけど、まだ兵庫県警もそこまで重大な事件だとは思っていないのだろうか。まあ、ネット上で噂になっているぐらいだから、それなりに有名な事件なのだろうけど。

 トイレから出ると、麻衣がコーヒーを淹れていた。
「クッキーには、コーヒーでしょ」
「確かにそうだな」
 コーヒーを飲みながら、僕は改めて麻衣としょうもない話をしていた。仕事のこととか、恋愛はどうなっているかとか、そんなような話だった気がする。

 やがて、沙織ちゃんと会う時間が近づいていた。
「そうだ、さっき沙織ちゃんと会う約束したんだ」
「じゃあ、夕飯はいらないんだ。もし良かったら、送るけど? どうせバイクで来てるだろうから、このままだと飲酒運転になっちゃうだろうし」
「そうだな。送迎を頼むよ」
「じゃ、時間になったら送ってあげるから、それまでゆっくりして」
 テレビからは、鬼退治のアニメが流れていた。時間帯的に、恐らく麻衣が録画したモノだろう。そういえば、僕はそのアニメに登場する気弱な剣士にシンパシーを感じていたな。その剣士は寝ると強大な力を発揮するのだけれど、起きているときは本当にチキン。まるで僕をトレースしたようなキャラクターだったのを覚えている。そして、テレビに映っているのは正しくその剣士が鬼の首を斬り落とすシーンだった。それにしても、すごい速さだ。僕も、母親から「やれば出来る子」と言われていたのを覚えている。でも、学校という環境がそうさせてくれなかったのは確かだ。今は発達障害に対する偏見も減ってはいるが、矢張り豊岡には居づらい。だから、数年前に母親が死んだのを機に芦屋へ引っ越したのだけれど。

「絢奈ちゃん、時間だ。車に乗って」
「分かった。ちょっと待ってろ」
 僕は、とりあえずタンスから適当な服を見繕って、纏った。流石に、ライダースジャケットは暑い。ならば、Tシャツだろうか。タンスから引っ張り出した髑髏柄の黒いTシャツを身に纏った僕は、麻衣が運転する茶色い日産ルークスに乗った。

 件の居酒屋の前で、沙織ちゃんが待っていた。
「アヤナン、全然変わってないね」
 僕は、少し返事に対して戸惑ってしまった。
「……まあ、背はそれなりに伸びたけどな」
「そりゃ、大人になったら背は伸びるって。まあ、まずは飲みましょ」
「分かった。すみませーん、とりあえず生ビール2杯下さい」
 注文した生ビールはすぐに来た。そして、お通しをつまみながら色々な話をした。それぞれの近況とか、中学生時代の話とか、何気ない話が多かった気がする。
「あの時、本当に修学旅行が中止になると思ったの? そんな訳ないじゃん」
「でも、僕は校則違反を犯した生徒が赦せなかったのは事実だ」
「だからって、キツく言い過ぎだよ。確かに中学校へのお菓子の持ち込みは禁止だけど、そこまで責める必要は無かったんじゃないのかな」
「まあ、今となっては感情的になりすぎたのは反省している」
「そうね。これ以上昔の話を蒸し返すのは止めましょ」
「そうだな。それで、本題に入りたい。例の誘拐事件についてだ」
「そうね。多分ネット上でもリークされてるけど、今回誘拐された生徒は全員北中学校の生徒よ。名前は知ってるよね」
「ああ、知っている。新田鎧亜と宮島花音と古澤龍太の3人だな」
「そうそう。それでね、宮島花音っていう生徒はアタシの友人の妹なの。覚えてない? 宮島愛梨ちゃん」
「なんとなく覚えている」
「愛梨ちゃんは結婚して名前こそ石田愛梨に変わったけど、妹は変わってないのよ。ちなみに部活動は女子バスケットボール部だわ」
「そういえば、沙織ちゃんも女子バスケ部だったな」
「そうね。県大会に出たこともあるからよく覚えているわ。顧問の先生は……今でも吉岡先生なのかしら」
「吉岡先生って、1年生の時の担任だな。風紀委員も勤めていて、僕たちにブラック校則を押し付けていたのを覚えている」
「そうね。校則に関してはアタシたちの時代が一番厳しかったかしら。確か、同時期に南中学校で生徒が先生を刺殺しようとした事件があったの、覚えてる? それで北中学校側も結構ピリピリしてたのよね。それで校則が厳しくなったって専らの噂よ」
「そうだったのか。南中学校の刺殺未遂事件のことは知っているが、まさか北中学校にも影響を及ぼしていたのは知らなかった。お陰で僕たちは真面目な中学生だったのかもしれないけどな」
「それはともかく、今の段階でアタシの口から言えるのはこれが全てだわ。アレ? 杉本先生?」
 少しふっくらとした体格の眼鏡をかけた男性が、カウンター席でハイボールを飲んでいる。男性は、僕たちに声をかけてきた。
「おっ、絢奈ちゃんじゃないか。まさかこんなところで会うとは奇遇だな。沙織ちゃんと2人だけの同窓会?」
「まあ、そんなところだな」

 杉本恵介。3年間で僕の担任を受け持っていた訳では無いが、部活の顧問の先生だったのは覚えている。僕の部活は広報部で、中学校のホームページを作成していた。作成したホームページは、県のコンペティションで大きな賞を獲ったことを覚えている。もちろん、広報部で行っていたのはホームページの作成だけではない。簡単な言語のプログラミングも行っていたのだ。 僕は杉本先生から気に入られていたのか、僕に対してプログラミングの極意を叩き込むと同時に、近くのコンビニで買ってきたお菓子をこっそりともらっていた。当然、他の部活のメンバーには内緒である。ちなみに、3年生の時に沙織ちゃんの担任を受け持っていたのも彼である。担当教科は数学だ。

「それにしても、こんなところで杉本先生に会うなんて、何だか懐かしいですね」
「そうだな。それよりも、沙織ちゃん、絢奈ちゃん、さっきの話をこっそり聞いていたけど、もしかして例の事件の事を追っているのか?」
「ああ、バレてしまったか」
「杉本先生、その通りです。私とアヤナンで例の誘拐事件について追っているのは事実です」
「まあ、そうだろうな。3人目に誘拐された古澤龍太くんは僕の担任だ」
「そうだったんですか。それで、自棄酒ですか?」
「いや、そういう訳じゃないんだけどなぁ。まあ、せっかくだし、3人でこの事件を追うのも悪くないと思わないか?」
「賛成だ。沙織ちゃんはどうだ?」
「いいですね。正直、私だけでは不安でしたし」
「じゃあ、明日、午後6時に北中学校の校門の前で待っていろ。これは絢奈ちゃんと沙織ちゃんだけの課外授業だ!」
「分かった」
「分かりました」
 こうして、僕と沙織ちゃん、そして杉本先生の3人で一連の誘拐事件の謎について追うことになった。しかし、その矢先に僕たちのスマホに非情な通知が入ってきた。

【速報 兵庫県豊岡市で中学生の遺体が見つかる。一連の誘拐事件との関係性は調査中】

「マジかよ……」
「嘘でしょ……」
「ホンマかいな……」
 僕たちは、思わず絶句した。そして、テレビにもニュース速報としてそのニュースは伝えられていた。アナウンサーが淡々と伝える中で、居酒屋の客席は一斉にテレビの方向を見つめていた。ざわめきが起こる中で、僕はスマホで麻衣からのメッセージを受け取っていた。

【あの事件、とうとう死者が出てしまったわね。探偵ごっこはいいけれども、あまり首を突っ込むと碌な事にならないわよ マイ】

 僕は、すかさず返事を返した。

【分かっている。それよりもそろそろ飲み会はお開きだ。迎えに来てくれ アヤナ】

 これでいいのだろうか。若干不安だったが、僕は麻衣の車を待ちながら言葉の真ん中に「殺人」が付くことになった誘拐事件のニュースを見ていた。そして、飲み会はそのままお開きになった。

「今日はありがとう。思わぬゲストが来たり、ハプニングが発生しちゃったりしたけど、楽しかったわ。明日、午後6時に北中学校の校門で待ち合わせだから、忘れないでよね」
「そうだな。僕も明日向かうつもりだ。もしかしたら、殺人事件が発生したことによって北中学校に刑事さんが来るかもしれないな」
「その可能性は考えている。そして、僕が事情聴取を受けることも想定済みだ。まあ、僕は一連の事件に関してシロだから安心してほしい」
「そうだな。杉本先生はいい人だ。それは保証する」
「そうね。杉本先生が犯人だったら、アタシがこの手で平手打ちよ」
「沙織ちゃん、それは止めておいたほうがいいぞ……」

 帰りの車の中で、僕は麻衣と話をしていた。
「それで、沙織ちゃんとはどんな話をしたのよ」
「まあ、近況報告とか、中学生の時の思い出とか、例の誘拐殺人事件のこととか……」
「最後はともかく、結構楽しい会だったのね。良かったわ」
「まあな。途中で先生が乱入してからますます盛り上がった」
「アンタも31歳だし、先生と対等な関係で酒が飲める年齢だから、そりゃ盛り上がるわね。あっ、そろそろ家に着くわ」
「ありがとな。今日は疲れたし、シャワーを浴びて寝ようかな」
「そうね。あっ、お風呂の中でリスカしちゃダメよ」
「はいはい、分かってるってば」

 シャワーを浴びている間、僕は色んなことを考えていた。これまでのこと、これからのこと、そして、あの誘拐殺人事件のこと。僕はこのままでいいのだろうか。そんな事を思っていると、突然心臓の鼓動が早くなった。このままだと、僕はリストカットへの衝動に駆られてしまう。そして、鏡の向こうである「幻覚」が見えたような気がした。「幻覚」の自分は、右手に剃刀を持って腕に傷を付けていた。そして、「人殺し」と口走っていた。
 ――僕が人殺し? それが、今の僕なんだろうか。そんな事を考えても仕方がないので、僕は急いでシャワーの蛇口を閉めて、バスルームから出た。そして、パジャマに着替えてそのまま布団の中へと入った。

 ――その後のことは、覚えていない。


「えーっと、遺体の発見場所は竹林の中ですか。それにしても、豊岡って不思議な場所です。同じ住宅街でも、六甲山や芦屋とはまた違いますね。なんていうか、昔ながらの家と竹林が同居しているんですね」
「浅井刑事、私語を慎め」
「警部、すみませんでした」
 浅井仁美は兵庫県警捜査一課の新米刑事である。ちょっと前まで生田署に巡査として配属されていたが、この春に生田署から兵庫県警本部に異動。とある事件で組織犯罪対策課の刑事にこき使われたのが功を奏して、晴れて捜査一課の刑事となった。ちなみに、生田署時代に仁美の相棒だった組織犯罪対策課の刑事は兵庫県警の中でも「鬼の善太郎」と呼ばれているぐらいの鬼刑事である。

「そういえば、豊岡市って中学生を狙った連続誘拐事件が発生しているんですよね。因果関係とかどうなんでしょうか」
「それは私も気になっている。確か、あの連続誘拐事件は現時点で3人が連れ去られている。しかし、今回の殺人事件が誘拐事件の関連事件だとしたら、なぜ殺害する必要があったのかが分からない。それに、誘拐された中学生がどこにいるのかも分かっていない状態だ」
「そうですね。色々当たってはいるんですけど……」
「浅井刑事、林部警部、少しいいでしょうか」
「鑑識か。どうしたんだ」
「遺体の身元が分かりました。殺害されたのは黒崎英玲奈という女性で、北中学校という地元の中学校に通っていたそうです」
「そうか。矢張り、今回の殺人事件は一連の誘拐事件と因果関係があると見ていいのか」
「そうですね。近辺の住民に聞いたところ、遺体の制服は北中学校の制服と同じだそうです。林部警部、浅井刑事、これは一刻も早い事件の解決が求められますね」
「分かりました。私、頑張ります」
「浅井君、やけに張り切っているな」
「刑事になってから初めての事件ですからね。張り切りますよ」
「くれぐれも、被疑者に命を狙われるということは避けてほしい。我々捜査一課の信頼に瑕が付く羽目になる」
「分かっていますよ。では、ちょっと北中学校まで聞き込みに行ってきますね」
「よろしく頼んだぞ」

 仁美は、北中学校で聞き込み捜査を行うことにした。果たして、彼女は成果を上げられるのだろうか? 林部警部はそれが不安だった。

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