タクシーごっこ
小学校低学年の頃、色んな遊びで休み時間を過ごした。
一輪車、虫取り、お絵かき、縄跳び、ドッヂボール。中でも、短い休み時間にもできる遊びは重宝された。その一つにタクシーごっこというものがあった。
タクシーごっこは至ってシンプルな遊びだ。
廊下の適当な所で誰かが「ヘイ、タクシー!」と叫んで手を挙げる。なんとなくタクシー役だと思った人が走っていき、「お客さん、どちらまで?」と聞きながらおんぶする。
それだけで楽しかった。
数人で始めたが、結局よくやっていたのは僕と、クラスの男子2人。
1人はユウ。いつも眠そうなタレ目がトレードマーク。髪は長めでサラサラ、色は少し茶色っぽかった。人にも自分にも優しい性格で、体育終わりには「つかれたぁ〜」と言いながら男子の腰に捕まって、引きずられながら廊下を進むのをよく見た。
もう1人はアキラ。スポーツ刈りにされた黒髪と大きな二重の目がキリッとした印象の子だ。いつもムッとした口元をしていて、はっきりした物言いも多く一部の女子からは「怖ーい」と言われていたが、裏表のない性格で発言力がありクラスの中心にいる子だった。
僕は、頻繁にタクシー役になった。
当時から運動神経が悪く、足が地面についていないと不安になる僕は、おんぶされると上手くバランスをとることができずぐらぐらするのでタクシー役が走りにくそうだった。
小学校低学年というのはまだまだ男女における身体的な差が少ない。ユウやアキラをおんぶすることは簡単だった。2人も、僕におんぶされることに抵抗はないようだった、というより、僕たちの間で“そういう”疑問が提示される気配がなかった。
しかし女子は男子の数倍大人だ。
タクシーごっこはお気に召さない様子で、「女子が男子をおんぶして遊ぶなんておかしい」と何度か苦言を呈された。
いいじゃん別に、と鼻を鳴らしていた僕はその真意に気づかないままで、2学期が過ぎようとしていた。
僕は、女子の形成する高度な社会についていけない落ちこぼれだったのだ。
肌寒くなってきた学校の廊下で、不意に言われた
「どうして“ユウくんたちと”タクシーごっこしてるの?」
この言葉でやっと気づいた。ユウとアキラは女子からの人気が高い男子なのだ。
そしてタクシーごっこが変なのではなく、僕がかっこいい男子をおんぶして遊んでるのがおかしいのだとも。
2人とも、特にお付き合いしてる子はいなかったが、とにかく、僕が目障りなのだということはわかった。
このことを2人には相談しなかった。
なんとなく、「タクシー飽きたからやめる」と伝えたような気がする。2人でタクシーごっこをするのは疲れるので、”一旦中止“となった。
タクシーごっこをしなくなっただけでそれ以外は特に変わらないまま、僕たちは3学期を迎えた。田舎の冬は寒い。僕の小学校は女子も冬だけズボンの制服着用が許可されていた。
けれど女子用のズボンはポケットがフェイクになっていて、代わりに可愛い刺繍が施されていた。それがとても嫌だった。
僕はその年の冬、母や先生を巻き込んで1つ相談をした。
「男子用のズボンが欲しい」
周りに“僕は女の子じゃない”って伝えるには、と考えた。着るものが変わればいい。きっと見た目が大事なんだ。スカート履いてるからおかしいのだ、と。
ズボンにポケットがないと不便だから、という意味のわからない理由でごねて、無事わがままが通った。
僕は嬉しくてしょうがなかった。
念願の、本物のズボンに足を通す。でも埃まみれの鏡には、ただズボンを履いてるだけの女の子が映っていた。
当たり前のことなのに。僕は何を期待していたのだろう。悲しくてポロポロ泣いた。
タクシーごっこは再開されなかった。