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    不思議な木のはなし

  人の悲しみや泣き声を聞いて育つ木があるという。沖縄にあると那覇生まれの詩人山之口獏(ばく)さんがかいているそうだ。
  木としての器量はよくないが 詩人みたいな木なんだ
       いつも墓場に立っていて
       そこに来ては泣きくずれる
        悲しい声や涙で育つといふ
「世はさまざま」という詩の一節だそうだ。本当にあるのかどうかは分からないが、沖縄にあるといわれると、なんだかありそうな気がする。
 本土決戦と状況も考えず息巻く軍部の犠牲になって、第二次世界大戦をくいとめた沖縄は、どれほどの苦しみや悲しみを背負ってきたかと思う。きっと泣き声や涙で育つ木が何本も何本もあり、古いものは大木に育っているだろう。映画やテレビドラマで見る沖縄の最後は、画面で見るだけでも辛いのに、体験した人達は話すのを頑なに長い間拒み続けたほどの辛い苦しいものだったのだろう。
 戦後はアメリカ軍にわがもの顔にふるまわれ、米兵に暴行されても泣き寝入りするしかなかった悔しさや、酔った米兵にひき逃げされても訴えようのない悔しさ、表面には出ない陰の犯罪にも泣いてきたことだろう。私はささやかな抵抗ではあるが、ハイビスカスやブーゲンビリアの咲き乱れる沖縄、パイナップル畑やさとうきび畑の広がる沖縄に行ってみたいとは思っても、思うだけで行く気にはなれなかった。私一人がそう思ってもどう変わるわけではないが、未だに基地があちこちにあり、学校の上空を戦闘機がすれすれに飛び交う沖縄に住む人達に、申し訳ないと思う気持ちを捨てることができない。戦争の記憶も遠くなり、、敵味方の意識も消え、友好の輪が広がっている今だに、心の片隅で沖縄の人々に申し訳ないと思う気持ちを消せずにいる私は頑なな古い人間なのだろうか。
                                                                             (H24.1.27)


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