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最後の場所

新聞のテレビ番組についてのコラムに、『風のガーデン』について書かれたものがあった。
『風のガーデン』は倉本聰さんの富良野3部作の最後の作品ということだが、『北の国から』があまりに大作で長期間にわたって放送されたので、3部作の1部が思い出せない。『昨日、悲し別で』だったろうか。ドラマの背景になっているイングリッシュガーデンは、4年前倉本さんが偶然に訪れたレストランのガーデンが気に入って、ガーデンの設計者を探し出し、富良野プリンスホテルのゴルフ場だったところに2年という契約で造ってもらったのだそうだ。それが上野砂由紀さん。10年ほど前、父母が『農村の風景を魅力的なものに』という志を立てて、休耕田をガーデンにする計画を進めていた。それと呼応するように砂由紀さんはガーデンを学ぶために英国に渡り、9か月後に帰国すると農場の一角で庭造りを本格化させたという。細かく手入れされているのに人為的な感じがなく、自然のままのような素晴らしいガーデンだった。
ドラマの主人公は家のことも子どものことも妻に任せきりにしていたが、妻は重圧に耐えきれず自ら命を絶ってしまう。母親が妻の死を知らせに行った時も、同僚の女性と一緒で、帰ろうとはしなかった。「父親の資格がない。二度と富良野にはもどってくるな」と父親に言い渡されて富良野を出た主人公が、末期の膵臓がんの宣告を受け、何年も帰らなかった富良野に戻ってくる。そして遠くから子どもたちの姿を見つめる。主人公が帰ったことを知ったかつての同級生たちは、歓迎のつもりで同級会を計画する。末期の癌であることも知らず、『生前葬』を行い、大笑いの同級会だった。何年も往き来もないのに、昨日の続きのように接してくれた故郷の友は、ただ温かった。
 父親がいなくなった後、残された姉と弟は祖父母に育てられる。祖母の死後は、祖母が手掛けたガーデンを守りながら、医師の祖父と姉と自閉症の弟と穏やかな毎日だった。ある朝、亡くなった祖母がかわいがっていた犬が、ガーデンの中にあるグリーンハウスの近くで死んでいるのを見つける。いつも生活している家とは4kmも離れたところで死んでいたことを不思議がる姉弟に、祖父は「ここが自分の最後に来るべき場所だ思ったからだろう」と話す。子犬の頃から祖母にかわいがられ、グリーンハウスで過ごした日々の思い出が、弱り切った体を動かしたのだろうか。主人公もそこが自分のたどりつく最後の場所と感じとって、追い出されたはずの富良野に戻る気持ちを抑えることができなかったのだろうか。死という重い課題を掲げながらも、穏やかなガーデンの風景が暗さを感じさせない。ガーデンにはよく風が流れる。いろいろな出来事の最後に吹いてくる風が、辛さや悲しさや重苦しさを運んでいってくれるのかもしれない。
人が最後にたどり着く場所は、それぞれ違うと思う。今が幸せでその場所が最後の場所と思う人も、昔幸せだった場所や、自分の人生の転換期になった場所、と様々だろう。自分が最後にたどり着く場所と考えても、今はまだ心に浮かんでくる場所がない。そんな場所を見つけておくことも大切なことかもしれない。
                        (H20.12.1)

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