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10月のツクツクボウシ

もう10月だというのにツクツクボウシが鳴いていた。
市民会館近くのマンションの、高い壁から叫んでいた。
今年の9月後半は天気が悪く、すっかりセミの姿も見なくなった。
月見バーガーも食べたし、燃える夕陽を見て泣きそうになったりと、日本人らしい夏の終わりのノスタルジーも一通り感じ終えたところだった。
セミはオスしか鳴かず、鳴くことによってメスを呼び寄せているという。
こんな時期にメスのツクツクボウシはいるのだろうか。

近所のアウトレットモールは、すっかりAWの品揃えになり、あんなにたくさんあったサンダルやTシャツはどこかへ追いやられてしまった。
外はまだ30度を超えるほど暑いのに。
おれはまだTシャツが欲しいのに。
ファッション業界と日本の季節のずれは、年々大きくなっているように思う。
主に日本の気候がずれているせいだけど、ファッションはいつも季節を押し付けてくるし、歳を重ねてますますそれが辛く感じる。

日本の伝統の一つである茶道では、季節によって茶室の掛け軸やお花が変わる。
風炉から炉に移り変わり、単衣の着物から袷の着物になる。
しかしその伝統でさえも、少しずつ変わってきている。
今の10月に袷は暑すぎるし、汗だくでおもてなしするのは美しくないと、単衣の着物を許容したりと流派や先生によって柔軟に対応しているようだ。
伝統を変えるほど、今の夏は長くて暑い。

しかしセミにそんなものは関係ない。
7年前の親セミが巡り合ったタイミングと、自分の成長具合と、土の中から感じる季節感だけを頼りに、地上へと現れる。
カレンダーを見ながらそろそろ月見バーガーの時期だな、なんてセミは思ったりしない。
セミは地上に出た年に死ぬ。
全てが初見のセミからすれば、今日は遺伝子に刻まれた夏の姿そのままだ。

そんなことを考えながらセブンイレブンに入ると、レジのおそらく60近いお姉さんが、素敵なシルバーのチェーンのピアスと、大ぶりなビーズのブレスレットをつけていた。
リンゴジュースとプリンをスキャンする動きに合わせて、揺れるチェーンのピアスに見惚れてしまった。
思わず「素敵なピアスですね。実は僕もジュエリーを作っているので、よかったら見てみてください(ショップカードを手渡す)」と声をかけそうになったが、流石に気持ち悪いのでやめておいた。
今ショップカード持ってないし。
ビーズブレスレットは悪く言えば女子高生がつけるようなデザインのものだったが、そんなことはどうでもいい。
お姉さんは魅力的だった。

おれも今年はそろそろビーズアクセサリーを作る季節も終わりかなと思っていた。
今年ハマっていたターコイズや赤サンゴに夏を感じていたからだ。
でもあのツクツクボウシはもうしばらく鳴くし、お姉さんはきっとずっとあのブレスレットを付けているだろう。

この空気と暑さ、セミの声と高い空。
カレンダーとAWを売りたいファッション業界以外に、この夏日を否定するものはなんだろう。

好きな時に好きなものを、日々瞬間の季節を感じて。

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