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【Legacy Ocean Report】#06 地の底の宇宙へ

「総移動距離1.7km、通信断絶、深度不明、現実係数2.00348…。」
闇の中を、三つのサーチライトが探るように伸び、地面を撫でては壁を擦る。その根元、焦燥した雰囲気の探検家が三人。ここは、ヨルムンガンド・システムの未踏破区画だ。


遡る事4時間前、ラビリンスガーデン第4区画に集結した探査団の姿があった。彼らの目の前に広がるのは巨大な洞窟、区画はその影響で半分近くが侵食されていた。さながら大きく口を開けたかのようなその入り口からは、生温いような冷たいような、形容しがたい感触の風が微かに流れてくる。吐息を吹き掛けられるような気味の悪さを、メンバー全員が感じていた。

事前の打ち合わせで、探査範囲や重点調査項目、そして部隊構成が決定された。基本作戦としては、練度や得意分野を加味して編成された12組の探査チームで、ヨルムンガンド・システムに進入する。隣接する区画の調査隊は連絡を取り合い、何か障害が確認された時点で即撤退する。今後、より大規模な調査を行うための第一陣として今回の調査は位置づけられていた。現在判明している範囲でも、ゴーレムのような既存の対電子生物戦闘の常識が通用しない相手が見つかっているのだ。

12チーム45名の調査隊とラビリンスガーデンで待機する指揮、連絡部隊。そして緊急時に突入するトライデントの精鋭機動部隊。合計70名近い大所帯だ。その中でも異質を放っているパーティがあった。第12番調査隊、通称「アヌビス」。

亜人型スケープゴートからなるチームだ。

複合型エイ魚人のレイ、植物系亜人のジャスミン、そして多足型ロボットにしか見えないボストーク。戦闘能力や環境適応性を基準に数百人のスケープゴートから選抜された。今回の探査への参加は、スケープゴートの機動部隊、ヴァリャーギ計画へのモデルケースとしての意味も兼ねるという事で決定されたものである。

「外の世界が見たいとは思ったが、入り口の時点で薄気味悪いな…。」
レイは武者震いした。
「入ってみればまた気分も変わるかも分からない、しかし確かに生理的に受け付けないタイプの違和感がする。」
ボストークは長い首を持ち上げ、洞窟の奥を見遣る。真っ暗だ。探査チームが一つまた一つ、この闇の中に吸い込まれるように踏み込んでいった。もうすぐ自分達の番だ。ジャスミンはといえば、我関せずとでも言わんばかりにボストークの首にぶら下がってみたり、後方の補助アームを掴んでみたりしている。
「…なあ、こいつ役に立つのか?こないだの会合の時も寝てたんだぞ?」
「人間と違って見た目で力量は測り難い、まあ社会適合力が弱いのは否定できないが。」
ボストークは補助アームでゆっくりとジャスミンの頭を撫でつつ、全身を洞窟に向けた。
「…次だ、11、12番は同時に発つ。」

11番調査隊「モール」は廃棄コンティネントの探査を生業として来た者達の集まりだ。パイ生地のようにぎっしり詰まった区画を潜り抜いてきたチューブ型空間調査のエキスパートで、23番ボイドホールシステムから生還した実績を買われ参加している。レイ達は彼らに途中まで同行する。

合計7名が境界線を越え、洞窟へ踏み込む。その刹那、ボストークは一瞬電流が走るような妙な感覚を覚えた。他のメンバーに気付かれないよう、そっと補助アームの一本を入り口の外に伸ばす。やはり一瞬電流のような感覚と、ゼリーを押すような軽い抵抗感がある。だが程なくアームの先端は違和感の薄膜を貫通し、外まで到達した。

「…ポータルを抜けたわけではないな。」
ボストークは首をかしげた。
「…どうしたの?」
彼に跨がったジャスミンが尋ねる。
「…何でもない、行こう、遅れてしまう。」


入り口から10mも行くとあたりは夕暮れのように暗く、外部から照射している筈の大型指向性ライトも殆ど届かない。
「総員、ヘッドランプ点灯。光度4に設定せよ。」
前方、11番隊から指示が来る。12番隊は分岐点までは、基本11番隊の指示に従う手はずになっている。
「これだけ暗いのに、ランプはちゃんと点くんだな。」
レイが頭の形に合わせて特注で設計された探査ランプを灯す。
「……どうやら、入り口付近に光を吸収する何らかの領域があるようだ。通るときに妙な違和感があった。支援投光器の効果が薄いのはそのせいだが、逆に言えばこれ以上弱くはならないだろう。」
もっと投光器の光度を上げてもらうこともできただろうが、どのみちすぐに曲がり角が来る。補助アームが展開したホログラムには、蛇行を繰り返す全長2kmの道のりが示されていた。

足元は砂利道で、歩く度ザクザクと音を立てた。まるで廃線跡のような光景だ。
「なあ、ゴーレムどころか生き物の姿が草一本見えねぇんだけど。」
レイがつまらなそうに石ころを持ち上げては横に投げ捨てると、11番隊の一人が振り返り答えた。
「500m程進むと次のスポットに入り、状況が変わってくる。そこから先はお前たちの隊の独自行動になるが、先の報告を見る限り面白いものは見られないかもしれんな。」
ボストークはホログラム地図上に各隊の調査ルートと危険予想図を重ねる。自分たちの調査ルートは危険性レベル2。ゴーレムと死闘を繰り広げる展開はなさそうだ。
「ただ、それはあくまでも先のbot探査情報だ。未知の危険や発見は記録し、そして何としても生き延びなければならない。」
本部と連絡が取れれば、最悪でもトライデント隊を投入できる。特にアバターと意識が一体のスケープゴートにとって、強制リスポーンブロックが発動しないこのエリアでの帰還不能は避けたい。

砂利道は唐突に途絶え、行き止まりから左右に大小二つの穴が開いていた。
右の大きな穴は直径3m程、この先5kmの道のりを11番隊が担当する。報告レポートでは泥地や1m近く水に浸かったエリアもあるとされ、行き止まりにある大きな空隙の生態系調査がフルサクセスとされる。
一方左の直径2m程の穴はこの先1.3km程で行き止まりとなる。主な調査内容は壁面の組成調査で、レイたち12番隊はこちらを担当する。

レイの足元を、ネズミほどの大きさのウサギに似た生き物が駆け抜けていく。ジャスミンがボストークの背に乗ったまま袖口から素早く蔦を伸ばし、このミニウサギを捕らえた。毛並みはウサギというより馬に近く、後ろ足は蹄だ。そして何より、額から一本角が生えている。
「アルミラージか、この洞窟内では一般的な動物のようだ。」
ボストークの説明を聞くと、ジャスミンはつまらなさそうに角ウサギを放り投げた。ウサギは猫のように体を翻して地面に着地すると、そそくさと逃げていった。

「進行距離1.4km。換算深度70m。だいぶ深くまで来た。」
道中で見たのはアルミラージの群れが三つと鳥型生物2種、地虫型が4種に魚型が一種類。いずれも洞窟全域で見られ、珍しい種類ではなかった。
「珍しくないというのは上辺の話かもしれない。斑紋の設計や生態上の差異まで含めて確認する必要がある。決して無駄にはならない。」
ボストークは調査の重要性を説いたが、レイもジャスミンもこの拍子抜けするほど退屈な旅に飽き始めていた。
「すごいはっけんもないし、あるきづらいし、つかれちゃった…。」
ジャスミンはアームを掴んでぶら下がりながら愚痴をこぼした。
「確かに退屈だがお前歩いてないだろ。」
レイは振り向き、ため息をついた。

二人をよそにボストークは歩きながら、コンティネントスキャナを起動させ続けていた。これは一種のハッキングツールで、電脳都市の隠れたギミックを見抜くためにアイアンメイデンのギルドで開発されたものだ。不正使用の可能性が指摘され表向き使われなくなったあとも、廃棄都市の安全な攻略のために一部で開発が続いていたのだ。
……前方、3mの所に円形の反応がある。事前のドローンbot調査ではここからバイパスや横道の報告はない。
「レイ、止まれ。お前の後ろに何かあるようだ。」

「大体お前さっきから何の役にも…え?」
そう言いかけた所でレイの左足が円の内側を踏み…抜いた!
円形の反応の正体は穴だった、しかも次の瞬間穴は一気に拡大して3人を飲み込んだ。
「!!!」

「こなくそ!!」
レイは左腕からテールソードを実体化させ、壁に突き立てる。
しかし穴は一気に拡大し壁面はたちまち飲み込まれ、無駄な抵抗に終わった。ジャスミンは慌てて大量の蔦を周囲に伸ばしたが、掴んだ壁はどれも剥がれ落ちてしまう。
「まずいぞこれ!」
ボストークは背中の小型VLSから救難コマンドbotを射出、続いてブースターを全開に噴かした。
「おかしい、最大推力にしているのに浮上できない!何か上から押さえつけられているような感覚がある!」
「だんだんさがってるよ、だいじょぶ!?」
ジャスミンは長さ4mはあろう巨大な粘着蔓を飛ばし、今度こそ壁面を捉える。
「トライデント到着まで持ちこたえられそうか?」
その時、上から不可視の大きな衝撃が3人を襲い、奈落の底へ叩き落した。3人の頭上では無情にも、穴が閉じていくのが見えた。

それからどれだけ経っただろう、レイはジャスミンが頭をぽんぽんと叩くので目を覚ました。
「うう……。」
頭をもたげると、辺りは相変わらず岩塊ばかりの洞窟が広がっていた。
「よかった、目を覚ました。……目を覚ましたくもない光景かもしれないが。」
「……ここはどこだ?バイパスか?」
「わからない、未踏破地域なのは間違いないが通信が全く繋がらない。」

幸いランプをはじめ機器類は動作した、本部と連絡が取れないことを除けば。
「救難信号を撃ったが、穴が閉じてしまった以上助けに来れない可能性が高い。」
ボストークはコンティネントスキャンを周囲全域にかける、ノイズがひどいが円筒状の空間が前後それぞれ少なくとも1km近く続いているようだ。
自分たちが踏んだのは、既存の探査範囲から別のチューブ状空間に偶発的に空いたポータルか、あるいは侵入者を捕らえるトラップなのか。
「どっちに向かったらいいかさえわからない。」
無限の闇の中、ヘッドランプの光がか細く照らしていた。