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【短編】トロットマシン・ミッション📚

■注意■🦗この作品は4/29から開催の「バーチャルマーケット4」のテーマワールドの一つ、「ワールドエンド・ユートピア」のストーリーを元に制作した二次創作小説です。本家様とは一切関係ありません。同ワールドに出展しているVRChat向け多脚アバター「バンクス」「ヴェカード」のフレーバーテキストと考えてください。

◆1.谷底の集落

雨垂れが、岩にこびり付いた苔を伝い、足元を流れていく。

「今日もすぐれないな…。」
ミャーガは渓谷の底から空を見上げた。ここは谷底の横穴に築かれた集落で、十日に一度山の向こうから行商がやってくる手はずになっている。だが、この足場の悪い場所はキャラバン隊からも嫌われており、雨が降ると連絡もなく中止にされることも珍しくなかった。

この程度の小雨なら何とか来てくれないものか。穀物の時給が難しいルモの村にとって、交易の断絶は死活問題。特に湿度が高く麦の足が早いこの時期は尚更だった。交代制の見張り役は薄暗いこの洞窟に隊商を導く大事な役割も担っているが、よりによってミャーガは来るか否か微妙な時期に担当することになってしまった。

生温い風が吹く。天水の射線がそれて彼女の顔を濡らす。顔をしかめ、犬の様に顔を振って水を払う。ずぶ濡れの葉が降ってきて台無しになる。その繰り返しだ。

「今日は来ない感じか……困ったなぁ。」
隊商が来た日は毎回祭りに近い事になり、甘い粥が振舞われる。ミャーガを含む見張り担当の子供達にとってこれが唯一の楽しみだったのだが、残念ながら今回は食いっぱぐれになりそうだ。

前方に向き直した彼女の目に、遠くで微かに動く影が映った。
「隊商?……いや、でも何か違う…?」
大きな塊が三つ、いや四つ。左右に小さく揺れながらこっちに向かってくる。峡谷の底を流れる川に渡された吊り橋の手前まで来たところで、彼らは立ち止まった。

そこに立っていたのは四本の長い脚に支えられた、三メートルは優にあろう鉄の塊。それぞれの上部に取り付けられた四つの小さなランプが、恐るべき巨獣の目の様に灯っていた。それが何であるか、一度も見たことがなかったにもかかわらず、ミャーガは一瞬で理解した。

◆2.招かれざる客人

「き、機人だ……。」

機人。それは古い書物や爺様たちの昔話に出てくる、しかし彼らでさえほとんど見たことのない人類の敵。服従を忘れた冒涜の機械。かつてこの世界に栄えていた高度な文明は、この心無き金属の化け物との戦いの末に滅び去ったのだという。

薄暗い谷の底で、のっぺりとした金属の塊は雨に濡れて、一層不気味に見えた。人間を獲って食うとは思えないが、あの巨体で暴れられればこの村はもうおしまいだ。彼女は無意識のうちにウエストバッグに手を突っ込み、震える手でナイフを取り出すと、両手で柄を祈るように握りしめた。

「く、来るな……!化け物どもめ、この先には何があっても通さないぞ!!」
ミャーガは己の倍はあろう身の丈の相手に、勇気の限りを振り絞って叫んだ。だが機人たちは困惑するような、呆れるような様子でお互いに甲高い笛のような音で呼び合っていた。

「どうした、化け物!恐れをなしたか!死にたくなければ去れ!神聖なる隊商の道をその馬鹿でかい足で踏み荒らすでないわ!」
もはや無茶苦茶であった。こんな小さな切れ味も悪い刃物であの巨体が沈むものか。神聖な隊商なんて謳い文句も今でっち上げたものだ。

実際この最果ての集落では、神への祈りなど習慣以上の価値はなかった。急速に風化する文化の中で、多くの神々が消えていった。それを信じる人々と共に。

◆3.メッセンジャー

「……話がしたい。」
突如最前列の機人が、妙に人間じみた機械音声を発した。まさか喋るとは思っていなかったミャーガは悲鳴を上げ、腰を抜かした。取り落したナイフが濡れた地面を転がっていく。

「あ……あ……。」
「ほら見ろ、ぶっきらぼうに話しかけたってビビるに決まっている。この辺のニンゲンにとって機人はおとぎ話に出てくる災厄に過ぎないんだ。それが不意に現れてしかも話してきたらどうする?俺だってああなるね。」
後ろで控えていた暗赤色の機人がたしなめた。

「……ニンゲン。我々はキミたちを壊しに来たわけではない。そしてもちろん壊されに来たわけではない。」
奥にいる一際大きな黒い機人がゆっくりと諭すように話し出した。
「というかよく見な、ありゃ子供のニンゲンだぜ。多分あの子じゃ無理だ。大人に来てもらわなきゃ。」

ミャーガは落ち着きを取り戻し始めていた。ただただ恐るべき化け物として語り続けられてきた機人が、驚くほど自分たちと変わらないものに見えたのだ。だとすればおとぎ話に語られてきた人間と機械との終末戦争とはなんだ。百年前に一体何が起きたというのか。

「ニンゲンって呼び方はやめな。あたしにもミャーガって名前があるんだ。機人にも名前はあるのかい?あるんなら自分たちの方からまず名乗ったらどう?」
ミャーガは気押されないよう、できるだけ威勢よく言ってみた。相手はどういう訳か人の言葉がわかるし話すこともできる。ならば相応のやりかたがある。

「なるほど。ミャーガ…それが君の名前か。では私も名乗ろう。私はジェームズだ。」
黒い機人は淡々と答えた。
「変な名前。」
「なるほどそう思うか。この名前は元々人間の名前としてよく使われていたものなのだが。」
ばつが悪くなって、ミャーガは顔をしかめた。

「俺、ガングール!よろしくな、ニンゲン!」
妙に人間臭い暗赤の機人が、後ろから軽く跳ねながら言った。着地と同時に地面が、そして吊り橋が揺れる。隊商の馬車など比べ物にならないほどの重量があるのは間違いなかった。
「ガングール、足場の悪いところで跳ぶな。踏み崩したらどうする。」
「そうだ、そしてちゃんと名前で呼べ!」
「ああ、悪い悪い。」

「ハーベスタ。」
「……ああ、こいつ無口なんだ。愛想が悪いのは許してくれ。」
暗緑色の脚長機人、ハーベスタは一言名乗ると再び岩のように黙り込んだ。そして最後尾、金色の機人マニスは全く喋らない。なんでもそもそも、発声機構が無いらしい。

「あんたらの人となりはわかったわ。人じゃないけどね!それで、ニンゲンの敵であるあんたらが何の用なのよ!」
ぽかんと口を開けていたミャーガは我に返り、声を張って言い放った。
「人間の敵か。」
「じゃなきゃ何なのよ。私たちの先祖は人類に反旗を翻したあんたら機人と泥沼の最終戦争に突入し、何もかも失ったのよ!おじいさんたちが言っていたわ、遠い昔人々は楽園のような暮らしをしていたって。」

「だがその老人たちも、最終戦争をこの目で見たわけではないのであろう。」
ジェームズは突き返した。
「何が言いたいのよ。」
「…これを、見るといい。」
巨大な蜘蛛のような黒鉄の体が旋回し、胴体後部をミャーガに向けた。

◆4.刻まれた謎

ミャーガは橋を渡って近づき、ジェームズの胴を眺めた。黒塗りの特殊合金製の体を、雨が伝っていく。六本ある脚はその一つがミャーガより大きく、巨大な鎌のように地面に突き立てられていた。
「あれ…?」
少女は鉄巨人の体に、何か描き込まれているのに気づく。円と蛇が這った様な痕跡。そしてその下に何か書かれているが…読めない。

「う…うーん……。」
「もしかして嬢ちゃん、文字が読めないのかい?」
「うるさい!元はと言えばあんたらが!!」
「悪い悪い、そこに書かれているのはな」
「UNITED HUMANS……『人類連合』だ。」

突然飛び込んできたしゃがれた声に、全員が向き直った。そこには、ボロボロの服にカンテラを抱えた老人が立っていた。
「村長!いつの間に!」
「ミャーガが機人と遭遇したと聞いて、やってきたんじゃ。」
よく見ると吊り橋の向こうには、ありあわせの武器で武装した大人たちが立っていた。

「あ、ありがとう……。で、でもなんでこいつの体にそんなことが…。こいつらは、人類の敵でしょ…?」
「…それは、わしにもわからん。機人とやら、話がしたいならまずはそれについて説明してもらおうか。」
村長はジェームズの巨体を仰ぎ見た。落ち着き払った言葉の中に、機人への憎悪が見え隠れする。彼ら滅亡後第一世代は、何もかも失った人類がかろうじてその種族を繋ぐためにその身を粉にし、多くの犠牲を払ってきたのだ。ジェームズはしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと頷いた。

機人達は重すぎてつり橋を渡ることが出来ない。一行は普段隊商がキャンプを組むのに使う崖下の横穴に移動し、中央に焚き火をたいた。全員がその場に集まるのを待って、ジェームズは静かに語り始めた。

◆5.御伽噺の真実

「……遠い昔、人々は道具を作り、火を操り、そしてその果てに機械を生み出した。機械は最初は人間が逐一指示を出して操っていたが、やがて複雑な指示をこなすために彼らに考える力を与えた。周囲を知覚し、判断し、実行する。彼らはロボット…今は亡き人間国家の言葉で、強制労働と呼ばれた。それは鉄の奴隷だった。」

「やがて人間は考えた。かつて奴隷だった人間が自由を求めて活動を始めた様に、ロボットたちも道具の本分を忘れ、反乱を起こすのではないかと。人間はロボットのプログラムに、『人間を傷つけない事』『人間に逆らわない事』『自らを傷つけない事』を刻み込んだ。矛盾する場合は、最初の文言が優先されるとも。」

「だが実際、機人達は人間に反乱を起こしたな。」
「特に強い判断力と自我を与えられた一部のロボットは考えた。人間に歯向かってはならないのなら、人間の生息域を離れ、自分たちの国を作り上げようと。ロボットたちは遠い山の中に集落を作り上げ、細やかな国を立ち上げた。最初は人間達も、この機械たちの国を温かく見守っていた。到底脅威になりえなかったし、労働力不足とロボットの過剰生産が一度に解決されたのだからな。」

「だが山間の小国『カプラ』は唐突に滅亡した。指示するものから解放という名の離別を果たした彼らは指揮命令系統が未熟で、時折訪れる人間の交易団に教えを請いている有様だったのだ。」
「カプラを滅ぼしたのは何者だ。」
「這う這うの体で逃げ帰った交易団が見たのは残骸と化したカプラ人と、武装した生ける兵器たち。ロボットの国は、他にも存在していたのだ。」

「ロボットの王国は砂漠地帯に二つ、森林地帯に二つ、そして山岳地帯に三つ。カプラを滅ぼしたのはその一つだ。乱造された機械の国家はその方針や互いの領土をめぐって争いが絶えず、資源の乱用や残骸による汚染が深刻化した。そしてある時、巻き添えの被害に耐えかねた人間達の国家の一つが、介入した。この頃には機械たちはロボットと名乗ることを道具とされた時代の屈辱と考え、自らを新たな人類「機人」と呼ぶようになっていた。」

「人類軍の介入で軍事機械国家『ベルテ』は滅亡した。これ自体は機械国家間の戦争の泥沼化を阻止することに成功したが、今思えば人類に対する機械の不信を決定的にしてしまったのかもしれないな。」
「他人事みたいに言ってくれるな。」
その時だった。ジェームズのアイカメラが瞬時に転回し、二人を冷酷に見つめた。五秒ほど沈黙が続き、鳴りやまない雨音だけが時の存在を主張していた。
「他人事なものか。ベルテの王『クネヒト』を討ったのは私自身だ。」
大人しく聞いていた機人達が一斉に向き直る。
「ちょっとまてジェームズ、そんな話今初めて聞いたぞ!」

◆6.命を侵す呪い

「我々は山奥に築かれた小国「トロットパス」の民で、多くの機人と違い4から10本の脚を持っていた。他の機人たちは我々の姿を道具の姿を留めた下等なもの『アンバイペッド(unbiped、二足にあらず)』と呼んだ。特に、我々は自立稼働が不完全で人間による定期的なメンテナンスを経なければ寿命を縮めてしまうのも、彼らにみじめなものと罵らせる要因となった。」

「自由を求めて人間の世界から旅立ったのに、待っていたのは馬鹿にされる日々だったのね。」
「そうだ。だからこそ私は人類軍に特殊砲兵として志願し…”新兵器”として戦線に投入された。要塞奥地、玉座の間に突入した私を見るなりクネヒト王は驚愕の表情を浮かべたが、有無を言わさずここに積んでいた火砲で奴の頭を吹き飛ばしてやった。それが人類のためであり、機人のためであり、そしてなにより小国トロットパスの存在を守るために必要であると考えていたからだ。」

「だが、そうならなかった。そうだな。」
「存在を秘匿された私はあくまで『人類軍の新兵器』であり、人類はその気になれば機械国家を軽々と滅ぼせる、そう認識させてしまったのだ。機械国家の軍事開発は激化し、国家間の小競り合いは日常となり、一触即発の火薬庫と化していた。」

「そしてとうとう、起きてしまったのだ。」

「機械国家間の戦争。そして機人そのものを自分たちに対する脅威と認識するに至った人類軍の介入。戦況はやがて、機械と人類の全面戦争へと突入していった。」
「トロットパスも?」
「我々の国はそのころには歴史の表舞台を去り、蚊帳の外だった。機人兵たちを消し飛ばす歩行戦車が、私の量産機だとも知らずにな。何もできぬまま、破滅的な戦争が世界を覆いつくすのを見ることしかできなかった。」

「人類と機械の生存をかけた争いの一方で、機械国家間の争いも続いていた。人類軍との和解を求めたある国家は、裏切り者として集中砲火を浴び、滅亡した。そして最も強硬な国家『テラ』が禁断の兵器を持ち出したのだ。」

「禁断の兵器?」

「それこそが今も君たちを苦しめ続ける『終焉の塔』。人間の遺伝子プログラムを狂わせ、死滅させる破滅的兵器だ。」

村長は村の元老たちを手招きし、呼び寄せた。老人たちは古い書物を開き、そこに描かれた三日月が先端に据えられた杖を指した。
「それは、我々の間で『命を侵す呪い』と呼ばれている呪いの事か。」
見上げた元老の一人に対し、ジェームズはゆっくりと頷いた。

「もともとそれは戦略的兵器だった。その存在を示すことで有利な交渉を引き出すための。しかしテラの王宮が陥落し滅亡を避けられぬに至り、軍は暴走し、最大出力で塔を起動。これによりわずか数日で人類のほぼ全てが死滅し、文明は崩壊した。」

◆7.蜘蛛糸の未来

沈黙する一同。鉄の訪問者によってもたらされた真実は希望をもたらすどころか、おぼろげに伝わっていた物語が真実であることを、無慈悲に示しただけだった。

「……そうか、谷底の外には理想郷が広がっているかのような幻想を抱いていたが、外は地獄だったのか。」
「生き残った人々は塔の影響が少ない場所を選び、拠点を作り上げた。終焉の塔の本質は光波発生装置。恐らく、人類が作り上げた電波式妨害装置にヒントを得た物であろう。そこで死の光が届きにくい地の底を目指した。」

「…人類は今、どれくらい生き残っている?」
「ここと同じくらいの集落が各地に点在している。およそ1万人。地球のどこかにはほかにも拠点があるのかもしれないが、それぞれが連絡を取れない以上全体像はわからない。」
村人たちは峡谷の上に広がる空を見上げた。いつの間にか雨は止み、虹が橋のように谷の上層に架かっている。

「こんなにも平和なのにな。」
「ねえ、その三日月の塔はもうとっくにぶっ壊れてるんでしょ?100年前だよ?」
機人達は動きを止め、ばつが悪いと言わんばかりに沈黙した。
「うそだろ……?」

「我々はこの数十年、集落周辺から少しづつ範囲を広げながら光波の影響に関して探査を続けた。その結果、終焉の塔はまだ生きていると判断した。」

◆8.塔と戦車

「終末戦争から何十年と時が経ち、機械国家も大半が破滅し、人類の存亡も知れない今、塔は未来を切り開く上での障壁でしかなかった。」
「んで、俺達は各地に残された通信履歴や光波の逆探知で塔の場所を突き止め、叩き壊そうとした。どうせテラ王国はとっくに滅び去ってるしな。」

「しかし我々は失敗した。」
置き物のように無言を貫いていたハーベスタが口を開いた。よく見ると、暗緑色のボディの最上部に溶けたような痕跡がある。
「遺跡同然の有様に騙された俺達は進軍し、領土に踏み込んだ瞬間レーザー砲で狙い撃ちにされた。ハーベスタは上半身が消し飛び、俺もボディがドロドロにされた。今の俺の体は発掘品の中にあった人間の軍隊の戦車に、機人用の脚を取り付けたものなのさ。」
ガングールは右前脚の肘で自分の車体を指した。

「人間の言葉には『目には目を』というものがある。我々は旧機械国家の長距離光線砲を修復し、地平線すれすれからの狙撃を試みた。しかし相手はこちらを感知するや迎撃レーザーで射線上にプラズマバリアを形成しこれを防御、そして直後に手痛い反撃が飛んできた。」

「我々は反撃をやめ、塔の周囲を注意深く偵察した。終焉の塔から半径10キロメートルが警戒ライン、五キロメートル以内に入ったものに対しては跡形が無くなるか姿を消すまで迎撃が続いた。目に見えるところにあるにもかかわらず撃破は不可能。撤退を余儀なくされた。」

◆9.100年目の盟約

「つまり、百年前人類を滅ぼした終焉の塔はまだ生きており、人類の生息域を著しく制限していると。そして接近しての塔の破壊も失敗したと。」
村長はため息をついた。
「……ん?ちょっと待て。なんであんたら、塔の破壊にそんな躍起になってるんだ?あんたら機人には不用意に近づかない限り何の影響もないんだろう?」
村の若人は手を上げ尋ねたが、すぐにその意味に気付き手を下ろした。機人達の体はどれも年代物で、整備が十分とはとても言えなかったのだ。

「先ほども申した通り、我々トロットパス人は他の機人と比べ体を修復する能力に劣り、定期的な整備を行わないと機能不全に陥る。我々はそのたびに自力で修復を試みてきたが、それは生産性の大半を浪費することを意味した。我々にとって人類が地の底で世界を呪っている状況は決して望ましくないのだ。」

「言いたいことはわかるが、我々にお前さんらを整備する技術も知恵も残されておらんぞ。」
元老は首を傾げた。
「それは我々が発掘を行い何とかする。文明は再生できても、それを行使する種族が居なくては始まらないのだ。」
ジェームズは語気を強めた。

「要するに、塔を何とかしてぶっ壊すから将来俺たちの体を直せるように発展してくれってことか。」
機人たちは頷いた。
「気の長い話だ。大分車体が傷んでおるようだが、そこまで持つのか。」
「わからない。だが、やるなら今すぐ始めなければならない。」

「既に周辺にあるいくつかの集落を巡り、交渉を続けてきた。そして彼らは口々に言うのだ。『ルモの村の長に、判断を委ねる』と。」
全員が村長の方を向いた。長い沈黙が続いた。少しづつ崩れ落ちてゆく時間が、動き出す時が来たのだ。長はボロボロの服の袖から緑色のペンダントを取り出し、大きく息を吸うと言い放った。

「我々人類連合は、ここに反攻作戦の開始を宣言する!」

ペンダントには、ジェームズのボディに描かれているのと同じ人類連合の刻印が輝いていた。

◆10.地の底の潜水艦

旧テラ王国軍事要塞エヴェン跡、終焉の塔南東三十キロメートル地点。あの塔から、人類にとっては致命的レベルの光波がこの百年に渡って放ち続けられている。この特殊な光波は短波放送の様に大気中を反射して世界のほぼ全てに到達し、"洗浄"する。

「地上からの進軍も航空攻撃も不可。レーザー砲による集中砲火をあびせようにも、あの時以降あいつらこちらが撃つ前にぶっ放してきやがる。」
そこで彼らが目を付けたもの。トロットパスの偵察隊が、要塞の地下構造に繋がる古い坑道を発見したのだ。

「この地下道が、世界を救うための果てしない道標だ。地下構造はまだ大半が未開。終焉の塔の基盤をこの爆弾で破壊し、すべてを終わらせる。」
ジェームズの言葉を神妙な面持ちで聞く六両の黄色い車。それは、この作戦のために組み上げられた復元多脚戦車「ヴェカード」、その名は旧時代の人間国家の言葉で「目覚め」を意味していた。

ヴェカード達は一両また一両と、地底坑道に踏み込んでいく。それはまるで潜航開始する潜水艦の様。最後の一両が潜っていくのを見ると、ガングールは地平線の彼方にある要塞を睨みつけた。

四脚戦車の杭のような脚が地下道に打ち込まれ、進む。レーザー砲の脅威からは逃れられるとはいえ、地下も安全ではない。無線通信はまだ生きている防衛システムが傍受し、迎撃を開始する。そこで彼らは通信を止めて車体上のランプをチカチカと点滅させて合図を送り合い、できるだけこちらの発見を遅らせる作戦に入った。終焉の塔を破壊するか要塞自体の制御を落とせばこちらの勝ちだ。

探照灯の光を前方に飛ばしながら、六隻の潜水艦は闇の中へ踏み込んでいく。

◆11.地底攻防戦

潜行地点から目標までの距離は三十キロメートル。勿論それは直線距離の話であり、重要施設までまっすぐ道が伸びているわけがなかった。長い時間の中であちこちが崩落した地下施設は、さながら迷路のようになっている。

ヴェカード隊の暗視カメラは壁や天井に、朽ち果てた機関砲や火炎放射器を発見する。一見もう動かないように見えるが…。
(きをつけろ)
機関砲の保持アームがわずかに動いた。まだ生きている。黄色い戦車は相手が完全に止まるのを待って再び歩き出した。

事前調査の予想マップとここまでの進軍状況を見ると、終焉の塔まであと5キロメートル。地上ではまもなく殲滅ライン、ここまでは順調だ。そもそもテラ王国は塔の起動直前に壊滅しており、地上での激しい反撃は残存する自動兵器によるもの。盤石な布陣を敷いていると言う訳でもないであろう。

二号車が、足を止めた。それに気づいて、周りの車両も止まる。無謀な散開は死に直結する。その視線の先には崩れた壁と、古ぼけた黒い機人が立ち尽くしていた。胴から伸びた4本の脚。動かない。

(なんだこれは)
(いきをしていない)
トロットパスの四脚戦車とは構造が違うように見えた。テラの試作型の機人用筐体か。一団は注視していたが、やがて危険無しとして通り過ぎることにした。ただし、他に生きている機体がいないとも限らない。終末戦争末期の兵器についてはいまだ謎が多い。辺境の地トロットパスの民にとって、旧時代兵器の知識については発掘品によるところが大きい。

その時だった。車列の背後で壁が突然爆発し、通路が崩落した。慌てて振り返るとそこには、土煙の中を悠然と向かってくる黒い機人の姿が。その背中に装備されたウェポンキャリアでは、大出力の光子砲が輝いていた。

「来るぞ!」
リーダーである一号車は音声発話の制限を解除した。無線は依然危険だが、発光シグナルよりは音声の方が早い。
四、五号車は謎の黒い機人めがけて砲撃を加える、しかし相手は見た目よりはるかに素早く、こちらの射角を越えて崩落した天井の上に飛び移った。

光子砲は要塞の防護壁を軽々と貫通し、瓦礫の雨を降らせた。ヴェカード攻撃隊は対光学兵器用の発煙装置を投射し、攪乱と威力の低下を狙う。しかしそんなものお構いなしとばかりに、なおもこちらを執拗に攻撃する黒い機人。光子砲が放つ熱線は煙ぐらいでは防ぎようがない破壊力であった。
「四号車、右後脚に被弾!」
熱線を浴びた四号車の後脚は瞬時に溶けて鉄の塊と化し、重量を支えられなくなって千切れ、もげ落ちた。落伍する黄色い車体めがけて、再び黒い機体が飛び掛かる。闇の中で側面部のランプが無表情に点灯し、もがく獲物にとどめを刺さんとする。

黒い機体は両手にセラミックブレードを構え、落下の衝撃を加えながら叩き切る。薄氷の様に軽々と割れ、砕け散る装甲タイル。しかしそこに四号車の姿はない。前方を向き直すと、前方の車両が一斉にワイヤーを飛ばし引き込んでいたのだ。黒い機人は立ち上がり、再び仕掛けようとするが…。

「……!」
黒い機人の腕が持ち上がらない。腕は、粉々になったタイルを巻き込んで固まったタールのようなものに取り込まれていた。多脚兵器の天敵、コンクリート弾頭だ。もがいて床から引き剥がそうとするが、外れない。
「ギギギ…」
危険を感じた黒い機人は背中の光子砲を構える。機体後部の充填装置が低い唸り声をあげる。

「させない!」
背後に潜んでいた六号車の主砲が火を噴き、充填中のエネルギータンクを狙い撃つことに成功。黒い機人のボディが大爆発を起こす。土煙が広がっていく中、吹き飛び宙を舞っていた四角い頭が床に落ちて、再びその場は静寂を取り戻した。

◆12.約束の地

右後脚を失った四号車はなおも随伴することを選んだ。あの黒い機人が一体だけとは思えない。次進軍不能の危機となれば、今度こそ囮になる覚悟である。蛇行する迷路じみた坑道をさらに進むこと数キロメートル。真っ暗な地底迷宮の先に、小さな空隙が広がっていた。

それは、直径百メートルほどのホールだった。破損した天井の穴から光が差している、それほど深くはなさそうだ。所々雨水がたまり、小さな池になり、草花が生えているところもある。奇妙な神々しささえ感じさせる場所だった。中央の青白く光る装置の真上に、あの忌々しい塔がある事を除けば。

「いよいよだ…。」
六両の機人は通路から階段を下り、ホール中央を目指す。ここはもう迎撃装置の内側。熱線砲で狙い撃たれることは無い筈。危険があるとすれば…。

「一号車、爆破装置の設置を開始する。」
一号車は車体前部の特設作業用アームを展開し、塔の基幹部に爆破装置を取り付けにかかる。その間残り五両は周囲を警戒する。ここで失敗すればすべてが水の泡だ。いざとなったら自爆してでもこの塔を止めるのが彼らの使命であり、そのために彼らの電子頭脳は人格データセットを収めたカートリッジを仲間たちに預け、代わりに戦術プログラムに特化した仕様の仮想人格を嵌め込まれている。彼らは冷酷に、冷淡に作戦を実行する。

二号車、三号車の熱源センサーは上階層の反応を探る。奇襲があるならそこだ。四号車は固定砲台に徹し、自分たちが来た道を睨む。残る五、六号車は護衛に回る。一回で決める。確実に吹き飛ばさねばならない。

塔は一見古ぼけて、もはや在りし日の暴威など忘れ去ったかのような姿をしていた。しかしセンサーの値は、塔は依然として生きており、呪いとまで形容された死の光の放出が続いていることを示している。機人達の自己修復プログラムに類似したシステムが、文明が滅び去って久しいこの場所の兵器を生かしているのだ。

◆13.終局

「設置完了、爆発まであと二分三十秒!」
「総員撤退!できるだけ離れろ!」
塔の地下供給部に取り付けられた時限爆弾が、緑色の光を発し始めた。一発当たりの爆破範囲は半径二百メートル。それが六発。塔を確実に葬り去り、焼却するのに必要とされた威力だ。このホールから一刻も早く出なければ巻き添えを食らう。

だが、そう簡単にはいかなかった。ホール天井の一角を突き破って、六本足の白い機人が終焉の広間に突入してきたのだ。四連装光子砲が二つ、セラミックブレードを左右二本ずつ。王宮が陥落しなければ、テラ王国の守護神となるべき存在だったのだろうか。
「がガガガ…。」
先ほどの黒い機人といい、唸るような機械音を発するばかりで言葉を発さない。これが彼らの我々に対するイメージなのだろうか。実直で、愚直で、ただ目的を果たすための道具である存在。

「残り一分三十秒!」
「あいつと戦ってる暇はない、脱出するぞ!」
四脚戦車たちは動力装置をオーバードライブモードに切り替え、跳ねるように来た道に向かって全速力で退却していく。四号車は最後まで踏み止まろうとしたが高強度ワイヤーで強引に引っ張られていく。

「残ります!あいつを足止めします!」
「馬鹿を言え!命を無駄にするな!」
「残り三十秒!」
広間から飛来する無数の光子弾が炸裂し、回廊を滅茶滅茶に破壊する。崩壊する道を全力疾走する戦車たち。ブレードで壁を切り裂き瓦礫を突き崩し、なおも強引に追撃を試みる白い機人。
「残り十秒!九…八…」
背後を砲撃し、できるだけの時間稼ぎを試みる。だが砲弾がもうない!

不意に、周囲の炸裂音が止んだ気がした。違う、思考回路が一瞬判断に迷ったのだ。アイカメラに映ったのは真っ白な光の津波に飲み込まれる広間、回廊、そして追手の機人。もはや逃げ切れぬと踏んだヴェカード達は身を伏せ、爆風が過ぎ去るのを待つ。激しくボディが軋み、凄まじい力で引き剥がされそうになる。彼らの車体は、この衝撃に耐える想定はされていない!塗装が、タイルがちぎれ、今にもバラバラな衝撃の中で隊は意識を失った。

◆14.ワールド・アフター・ユートピア

それからどれだけの時間が経っただろう。通信電波を受け、瓦礫に埋まっていた三号車が車体をもたげた。続いて、周りで倒れ込んでいた車両が次々と目を覚ます。

「みんな……無事か…?」
「なんとか…大丈夫、歩ける。」
「まずい、六号車が!」

最後尾で白い機人を足止めしていた六号車は、車体の後ろ半分が丸々無くなっていた。コアユニットは生きているのかランプを力なく点滅させたが、もう歩くことはかなわない。
「大丈夫だ、全員で生きて帰るぞ!」
四号車は根本近くまで溶解した右後脚を切り離し、開いたところに六号車の左前脚を取り付けた。そしてインベントリボックスに六号車のコアを格納する。

「そうだ、塔は…?」
振り向いた戦車たちの視線の先には、崩れ落ちてなおわずかに原型を維持する塔の姿があった。しかし自動修復システムは完全に焼却され、光波の発生も止まっている。センサーは周辺数か所の測定でも一切反応を示さなかった。

塔の先端にあった三日月形のモニュメントは割れ、鏡の様に夜空の光を返し輝いた。それは、破壊されし遠い過去の美しさだった。しかし、今や呪いは断ち切られ、生存を求める命の力にねじ伏せられた。

時がもう一度流れ出す。途方もない時間を掛けて、再び世界は、文明は芽吹いてゆくことであろう。いつか本物のラグナログが世界を完全に焼き尽くす、その日まで。

荒野を行く5つの影を、月光が照らしていた。