衝撃のコールド負け…名門は屈辱を乗り越えられるか/高校野球ハイライト特別篇・近江
後出しジャンケンと言われればそれまでだが、近江の連覇が止まるなら今年かもしれないと思っていた。
おそらくグラウンドへ行った回数は過去1番多い。華々しい栄光の裏側で、苦しむチームを半年間ずっと見てきた。
センバツ甲子園では西山恒誠が169球の熱投を見せるも、延長タイブレークの末にワイルドピッチでサヨナラ負け。熊本国府とは違う、別の何かと戦っているように見えるほどベンチの空気は重かった。「勝つなら1対0。西山の完封しかないという思いにとらわれ、後手後手に回りすぎた」と多賀章仁監督は悔やむ。打線の核がいないことは、この時からチーム共通の認識だった。
春の県大会では3回戦の伊香相手に9回2アウトまでリードを許す展開。なんとか逆転したものの、ネット裏で見ても完全な負け試合だった。
閉塞感を打開するため、多賀監督は大幅なメンバー変更を決断する。春の決勝はショート吉田大翼、レフト箕浦太士の1年生コンビ。スタメンには山中悠斗や森島海良どころか、大石尚汰主将の名前すらない。連覇やセンバツで培った経験を投げ捨てたゼロからのリスタート。滋賀学園の高橋俠聖に完封され、悲壮感を漂わせて取材に応じる大石を横目に、多賀監督が振り切れた笑顔を見せていたのを思い出す。
第2シードとして迎えた夏。最大の計算外はヒジの不調によるエース西山の離脱だった。投手の核まで失う絶望的な状況。経験豊富な河越大輝が投手陣の中心を担い、手負いの近江は総力戦で滋賀大会を勝ち上がっていく。準々決勝の伊香戦では春に続いてリードを許しながら、8回の大逆転につなげてみせた。ただ劇的な勝利を経ても、チームに勢いが生まれなかったのが本当に悔やまれる。
「顔」が見えづらかった今年の近江において、あえて象徴を挙げるなら嶋村隆吾だろう。天才型に見えて、努力で這い上がってきた苦労人でもある。
守備自慢の内野手として入学するも、外野コンバートを言い渡された。「実は足も肩も自信がない。打撃でレギュラーを獲れる気がしなかった」。生き残るために何をすべきか小森博之コーチに相談し、出した結論は四球を取り、小技を決めること。フリー打撃では逆方向への意識を高めるためにショートゴロ打ちを繰り返した。
改めて成績を見ると、去年の夏は四死球5つ。今年は7つ。憧れである住谷湧也のような華やかさはなくとも、高い出塁率で打線のキーになり続けた。試合終盤のユニフォームはいつも泥だらけ。多賀監督が嶋村を表現した「努力の人間」は、最高の褒め言葉だと思う。
青いユニフォームを着ているだけで野球は上手くならない。先輩がどれだけ実績を残しても、いまの選手が偉くなったわけではない。結局のところ誰もが嶋村のように努力を重ね、実力を付けていくしかない。
森島海良は代走要員として、大石はユーティリティな存在として、西山はスタンド応援団の1人として、歯を食いしばりながら奮闘した夏。連覇を止めてしまった責任感、活躍できなかった悔しさから3年生が流した涙を、試合に出ていた下級生はどう見ていたのか。綾羽に喫したコールド負けは消えないが、この屈辱を乗り越えない限り、新たな歴史は作れない。
吉田や箕浦が掲げた5季連続の甲子園という目標は、1回目の大会で潰えてしまった。もう失うものは何もない。だからこそ来年の夏、生まれ変わった近江ブルーを私は待っている。