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浮力を生む「風」を起こすもの——櫻坂46『僕は僕を好きになれない』

冒頭の黒い蝶は、黒い衣装をまとった彼女自身。羽の一部をちぎりとられ飛ぶ力を奪われた彼女が、空を透かし見る(屋内だから空は見えないけど)ところから曲がはじまる。
センターの村井優は、最近のインタビューで当初“オールラウンダー”のキャラを掲げていたが、グループにはもっとすごい先輩や同期がたくさんいることを思い知らされたことを語っていた。それは彼女にそれなりの挫折感と低迷をもたらしただろう。「三期生ドキュメンタリー『私たち、櫻坂46三期生です』」では卓越したダンススキルがあるのに「言葉で伝えるのが苦手」で率先してリーダーに立候補できなかったと彼女本人が認めているように、アイドルには若干不向きな性格もあるだろう(もともと彼女にアイドルという選択肢はなかった)。

みんなに嫌われないように
取り繕うとして
醜いものを隠してる
愚かな見栄の世界

僕は僕を好きになれない

蓄積された「醜いもの」は、どんどん嫌いな「僕」をつくっていく。村井優といえばピュアでポジティブなイメージだが、それが「見栄の世界」だとしたら、かなりこの「僕」とシンクロする。
このままだとデッドエンドにいってしまうところだが、村井は9th期間のどこかのタイミングで変化のきっかけを掴んだのではないかと思う(『自業自得』『引きこもる時間はない』)。というのも、MVでは無表情で虚勢を張る「僕」(井上)と、もがきのたうちまわる内面(村井)の対比が描かれれ、1サビ後についにベールをはがすメタファーとともに感情を剥き出しにしていくのだが、ここのシーンと、『引きこもる時間はない』で村井が駆け出すところが妙にダブってみえてくるからだ。
彼女が感じる挫折・閉塞感とそこからのブレイクスルーが羽化の物語として描かれる。それは、彼女自身の“Start Over!”でもある。

見栄張るな カッコつけるな
冷めたら二束三文のプライド

Start over!

つまらないプライドのために虚勢を張ってるのは実は「情けない」し「カッコ悪い」。また、後半の歌詞にもあるように見栄を張ることは周りに合わせて主張をしないことでもある。どこかで適当に憂さ晴らしできればよいのだが、特に村井はそういうことができないタイプだろう。
『Start over!』では藤吉が文字通り壁を打ち壊してくれたが、本楽曲では藤吉のようなトリックスターは存在しない。このままでは「心にある扉」を開けることができない。

扉を開ける鍵はどこにある?

僕は僕を好きになれない

本楽曲で「僕」を導くのは誰か。
2Aパートからで緑色の幼生衣装のメンバー一人ひとりがリレーしながら大きな流れをつくっていくが、シーンが変わるところでブリッジになっているのが小池・上村・齋藤である。彼女たちは迷路のような和風建築の回廊を這いずり回りながら、次第に大きなうねりとなって「心にある扉」を決壊させる。心に暴風雨をもたらす加速装置になっているのが一期生たちである。一期生センター曲には『風の音』『隙間風よ』そして『僕のジレンマ』の冒頭部分など「風」がよく出てくる。もっと遡れば『風に吹かれても』もあるし『誰がその鐘を鳴らすのか?』も鐘の音を伝えるのは風だ。ちなみに二期生はどっちかというと都会・人工的である(『コンビナート』)。

僕は僕を好きになれない 2'08"あたり
僕は僕を好きになれない 2'16"あたり
僕は僕を好きになれない 2'16"あたり

風(空気)は、時に優しく包み込む緩衝材になるし、背中を押す力にもなる。上村・齋藤にとって最後のMVで、映像には見えないけど彼女の再生=羽化を導く大きな力になっている、と勝手に想像する。目に見えず形もないのに、確かにそこにあるもの。それは「本質的な」なものでもある。

村井は自分そのものが風になったかのように舞う。ウインドミル(風車)まではしないけど、回転系のダンスが多いのは風のイメージだと思う。空間を切り裂くような山下のダンスとは対照的でもある。そして、その浮力を生むのも、また風である。最後に舞う蝶は、冒頭の蝶とは違う煌めきを持っている。

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