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小林由依の嘘と真実と呪縛と解放——櫻坂46『隙間風よ』

彼女たちの「嘘」と「真実」と「本音」

ぼくが真実を口にすると
ほとんど全世界を凍らせるだらう
といふ妄想によつて
ぼくは廃人であるさうだ

吉本隆明「廃人のうた」

小林のことを考えると、たびたび想起される詩句である。もちろん小林本人は廃人ではないけど『Start over!』MVで描かれた小林は廃人寸前だったかもしれない。欅坂時代から小林は、多くの一期生たちは「語らない」ことで自己を守ってきた。『僕たちの嘘と真実 Documentary of 欅坂46』で、本当の思いを口にしない小林のあり方は一期生全員に共通する特性だと思う。本当の思い=「本音」をしゃべっても、それが自分の思ったとおりには伝わらないどころか曲解された「真実」が広がっていく。

大した夢じゃないのに
見てなきゃいけないのかな
そういうフリするだけでも
自分が嫌になる

『隙間風よ』

周囲が求めていたのは、例えば10代のアイドルとしての夢や希望や、運営などへの不平・不満とか、または攻撃的な歌詞世界に沿ったアクティブなメッセージの類といった、消費されるコンテンツだ。しかし、それは彼女たちにとっては「嘘」になる。「嘘」が言えない彼女たちは、必然的に口を閉ざす。こうして「笑わない、しゃべらない」といったパブリックイメージがついた彼女たちが、何かと標的にされてしまうのもまた必然的だったのかもしれない。掴みどころのない不気味さに周囲が怯んだ結果であり、彼女たちは「真実」に誠実であろうとするほど孤独になっていく。

『Start over!』と過去との決別

一期・二期全員選抜の『Start over!』は、一期生を解放する起爆剤となった。MVでは藤吉が、小林を連れ出して派手に壁を打ち破り、土生の覚醒を促す。櫻坂に改名し、グループ全体で理想を掲げ、メンバー個人からもポジティブな発言が出るようになってきた。何より三期生の加入により、グループの未来が見えてきた。
それを受けて『隙間風よ』は、自分たちがスタートオーバーするために、過去との決別の儀式を描く。
その過程で描かれるビンタのシーンは、痛みを共有してお互いの存在を確かめ合う儀式。痛みを共有するとは、自分の痛み=本音を分かち合うということである。しかし土生に頬をぶたれた小林はビンタを返さず、ただ頬にふれるだけである。

「それでも私は『真実』を語ることはしない。でも、そのぬくもりは共有する」

痛みの共有を拒否された土生は、その小林の思いを知り、静かに涙を流す。
『承認欲求』ではピンク髪の少女=小池がMV世界に疑義を抱いていたように、『隙間風よ』では彼女への当て書きのような歌詞世界に小林がNOを突きつける(ように見える)。彼女が「真実」を口すれば、ほとんど全世界を凍らせてしまうから。

大自然の中に立つ17つのオブジェは、一人一人の墓標である。そこに一度は供花するものの、花をめちゃくちゃに撒き散らしながら、かつて葬ったものを掘り出しはじめる。墓場まで持っていくという表現があるように、誰にも明かさない秘密=「真実」がそこに埋められている。墓標の前で各メンバーが印を切るようにリレーする「見ざる聞かざる言わざる」は、墓場から持ち出したそれを自らの胸に刻み込むかのよう。本音を吐露したくなる誘惑の隙間風を抑え込む。

小林由依の嘘と真実

そして、日は落ち、彼女たちは炎に向かって歩き始める。小林が振り返るとさらに巨大な炎が彼女たちを照らしている。ピンが合ってないので鮮明ではないが、小林に次いで、小池・齋藤も振り向いてるのがわかる。たぶん、上村・土生も。これは多くの人がコメントしているように欅坂の過去を示しているだろう。盛大に燃える欅に比べると、櫻の火はまだまだ小さい。でも、取り戻した「真実」を抱き、彼女たちは再び胸の火をともす。

『隙間風よ』3'10"あたり 右端の小池・齋藤が振り返っている

どうせなら その穴を 大きく開いて
この胸の わだかまり 風になって出てけ

『隙間風よ』

『最終の地下鉄に乗って』『僕のジレンマ』が示すように、欅坂や一期生を想起させる楽曲は、アンビバレントな感情に引き裂かれたり、逆説的な歌詞になることが多い。本作でも同様だ。どうせなら、本音をぶっちゃけて、過去=欅坂を火葬・決別して未来=櫻坂へと進んでしまったほうが楽になる。でも、絶対にそれはしないのだ。本音=真実を胸に抱いたまま彼女はこのまま廃人になってしまうのか? 先に述べた欅坂のドキュメンタリーで石森虹花がいった「みんなで手を繋いで崖の上に立っているみたい。一人が落ちたらみんな落ちちゃう」といったヒリヒリした感覚が蘇ってくる。でも、今は小林のすぐ後ろには藤吉と小池がいる。小林が復帰した時に一番に駆け寄ってきたところが描かれた二人だ。ギリギリのところで、彼女を繋ぎとめる絆がある。

その絆は、きっと小池美波も繋ぎとめてくれるだろう。

『隙間風よ』1'51"あたり

おまけ ビンタの数があわない件

さて、歌唱メンバーは17人。ビンタするコンビが一人余る。
1組だけ3人で組んだのかもしれないがMVから判別できるのは以下の組み合わせ。

土生ー小林
小池ー山﨑
森田ー藤吉
田村ー守屋
増本ー武元
井上
大沼ー幸阪
大園ー松田
上村ー齋藤

すでにいくつかビンタシーンの裏話が公開されているが、数が合わない問題のについて言及される可能性はあるだろうか?

また、「ビンタ」をいいかえると「平手」打ちであるが、そこまで欅坂に絡めているわけではないだろう。

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